お金まごころ

1 お金という概念

 十世紀の中国で最初の紙幣が使われ始めたという。


 物々交換は大変だから、と生み出された概念であるわたし。

 きっとわたしの創造主は賢くさぞや心が綺麗だったことでしょう。




 今のわたしは人から人の手へと渡り渡って、経済の途方もない海原を流れていた。


 柔らかな子供の指先に触れられることもあれば、銀行員の男性の唾液のついた指だったこともあった。


 手袋越しにケースに収められたこともあれば、自動販売機の下に転がったこともあった。


 貯金箱の中に入ったこともあれば、ATMから引き出されたこともあった。


 わたしは紙幣だったり、貨幣だったり、百枚の札束だったり、一枚の硬貨だったり、仮想通貨だったり、様々に変化できた。


 概念なのに価値そのものではない。




 悲しいのはそうやって働いていても誰も称賛してはくれないことだった。


「不潔だ」とほとんどの人間に見下され、それなのに「ああいいわよ、消えますよ」と自棄やけになりたくても誰も許さない。


 人間の生活を支えた何十年。治療費、交通費、食費、光熱費、通信費、……。


 あちらからこちらへ飛び回って、時に循環した。




 時折わたしは隠し事、下心の汚い象徴となった。

 賄賂、口止め料、借金……。

 人間の醜さの権化と化した。


 けれど、嘆かわしい事ばかりではなかった。

 上手く魅せれば真心の象徴ともなれたから。


 お布施、お年玉、お参り、お小遣い……。

 表向きなら親切の表れとなる。


 いつしか、わたしは不幸だとは思わなくなった。





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