自動販売機の誇り

自動販売機

 冬の夜。年の暮れ。星もない曇り空。


 バス停の待合所の自動販売機。三台が横並びに佇んでいた。


 寂れて赤褐色のさびが見えている箇所もあった。

 長年ここで稼働してきた様を思わせる錆だ。


 隣のゴミ箱には缶と空のペットボトルが積み上がり、溢れて地面にまでいくつか転がっていた。


 待合所を照らすのは、道路を挟んで反対側のコンビニの明かり、たまに横切る車のヘッドライト、そして自動販売機それ自身の商品棚の蛍光灯。




 辺りには冬の冷気が満ち、不思議な静けさが漂っていた。


 自動販売機は時々ビーという低い電子音を発する他は、微動だにせず鎮座していた。


 それは独特の静けさだった。

 何人も立ち入れない鬱蒼と茂る深遠の森の静寂とは違う、長い歴史を誇る大図書館の保つ沈黙とも違う。


 その静けさの前では、べたべたと張られた広告も華やかさは鳴りを潜めていた。




 コンビニの賑やかな明かりを通り過ぎ、ひとりの少年が歩いてきた。


 ダウンジャケットに包まってこの待合所を目がけてきた。


 学生らしき様子で試験勉強の合間に出てきたのか寒そうに二の腕をさすりながら自動販売機の前で立ち止まった。


 自動販売機は客に歓喜を表すのでもなくただ淡々と仕事をこなした。


 少年は温かい紅茶を選び、自動販売機はガランと音を立てて飲み物を受け口に落下させた。


 彼はそれを取り出し、「はあ」と白い溜息を吐くと、よほど寒いようで足早に立ち去った。


 その足音が遠ざかるとともに再び静寂が漂った。




 年明けに向かう夜。曇り空。


 車道を危なっかしく横切って、男が歩いてきた。


 だらしないよれよれの背広姿の男が、酒臭を漂わせ、自動販売機を睨み付けた。


 男は何事か喚き立て、自動販売機はそれを黙して聴いた。


 男は自動販売機の側面を蹴りつけ、ブラックコーヒーを購入した。


 自動販売機は男に対しても手を抜かず仕事をした。


 男はコーヒーの缶に口をつけ、直後「あっつ……!」とアスファルトに落とした。


 男は罵倒しながら立ち去った。


 雪時雨が降り出した。


 アスファルトに広がったコーヒーは雨と共に排水溝へと流された。


 自動販売機は次の客を待っていた。




 自己主張をすることもなく誰に対しても平等に、自分のやるべきことをやるだけ。


 特別なことをしているのでもなく、何かに感謝されるのでもなく、だがなくなっては日常が成り立たない。

 いつもそこで誰かの当たり前を支えている。


 今日も変わらず自動販売機はそこにある。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自動販売機の誇り @kazura1441

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ