35.エリミアスの戦い(下) 公爵視点

 私は軍を率いて帝都に帰還した。城門を潜る前から街道沿いに人々が立ち並び、大歓声で将兵を讃えてくれていた。城門を潜るともっと凄い。街路左右の建物のどの窓からも大歓声が降り注ぎ、拍手や楽器をかき鳴らす者、それだけでは飽き足らず鍋釜をぶっ叩く者までいて耳が痛いほどだ。


 我々は帝都の通りを練り歩き、私と戦功著しいと認められた数百人の将兵は、隊列から分かれて帝宮へと入って行った。帝宮の坂道を上がり、本宮前の庭園へと入る。閲兵の広場に行くと、バルコニーの上に皇帝陛下が立っていた。報告で無事だとは聞いていたが、姿を見てホッとする。その横には皇妃様、そして・・・。


「え?」


 緑色のドレスも鮮やかに、イルミーレがニコニコ笑いながら立っていた。あのバルコニーには皇族しか入れないし、勝利の閲兵は普通は皇帝陛下夫妻しか行わない筈だが。


 二階のバルコニーの下で止まり、私は馬上から飛び降りると跪いた。後ろの将兵もそれに習う。


「大女神の恩寵と陛下の御威光により勝利を得て、無事に帰還いたしました。大女神に感謝を。皇帝陛下万歳!」


「「皇帝陛下万歳!」」


 将兵も万歳を唱和する。それに手を上げて応え、皇帝陛下が進み出てバルコニーから将兵に言葉を掛ける。


「帝国の国境を守り、帝国の栄光を守り高めた将兵に、感謝と、大女神のご加護と祝福あれ」


 皇帝陛下は厳かに私達に祝福を与えた後、優し気に笑って言った。


「そなたたちの活躍により、帝国の国境は守られた。敵に大打撃を与えて、数年は国境は安泰だろうと聞いている。良くやってくれた。特に、アルステイン。そなたの功績にはもはや報いるものが思い付かぬほどだ」


「全て帝国の誇る素晴らしい軍兵のおかげでございます。褒美はぜひ彼らにお与えください」


「もちろん、遠征軍の全将兵には厚く恩賞で報いるであろう。本当に良くやってくれた」


 皇帝陛下が下がると代わって王妃様、とイルミーレが並んで進み出て来た。


「遠征軍の将兵の皆様に感謝と祝福を!」


 二人は手に持っていた色とりどりの花びらをぶわっと撒いた。頭の上からカラフルな花弁が踊りながら舞い落ちてくる。それを見て将兵は思わず笑顔になっていた。二人の女性は並んで手を振りながら下がって行く。お互い顔を見合せて笑い合っている。ずいぶんと仲が良くなったような・・・。


 勝利の閲兵が終わり、私は一人で帝宮に入って行った。帝宮本館は皇国兵士に占拠され、戦闘の舞台となった筈だが、どこにも痕跡は見当たらない。私がエントランスに入って行くとそこにイルミーレが満面の笑みを浮かべて待っていた。


「お帰りなさいませ。アルステイン様」


 感動で胸が一杯になると共に、少し複雑な気分もした。私はイルミーレを抱き寄せながら言った。


「ただいま。イルミーレ。でもここは屋敷では無いからちょっと違うような気がするのだが?」


 イルミーレは私の臭いをくんくんと嗅ぎながら嬉しそうに言う。


「そんな事はどうでも良いではありませんか」


 私とイルミーレは並んで東館へと歩いて行った。東館の入り口は4人の騎士が守っていたが、私を、というかイルミーレを見ると笑顔になり、頭を下げつつドアを開けてくれた。?イルミーレの知り合いか?私が尋ねるとイルミーレは「戦友ですよ」と変な事を言った。


 東館の談話室の一つに皇帝陛下夫妻が待っていた。私は挨拶をして席に着く。イルミーレも隣に座る。イルミーレと一緒に皇帝陛下に会うのは初めてである。


 しかし皇帝陛下夫妻のイルミーレを見る目には一切緊張が無い。先ほども思ったが皇妃様の表情から思惑というか、何か企んでいるようだった表情が消えていて、イルミーレと話す姿はまるで10代の少女のようだった。皇帝陛下もずいぶんリラックスしていて体調も良さそうだ。


 私は改めて戦勝の報告をしたが、皇帝陛下はうん、と頷いただけだった。しばらくとりとめのない話をした後、私は本題に入った。


「それで、皇国の大使と宰相が図って兵を帝宮に入れたというのは・・・」


 流石に皇帝陛下の表情が硬くなる。陛下は侍女や侍従に手を振って退出を命じた。皇帝陛下は言う。


「アルステイン」


「はい」


「それは誤報だ。宰相は巻き込まれて人質になっていただけだ。あの事件は皇国の大使だけで行った犯行だ」


 私は意外な言葉に二の句が継げなくなって沈黙した。陛下も言い切った後はしゃべらない。私はようやく再起動して、言った。


「そういうことにするのですか?」


「そういうことだ」


 ・・・凄く無理があるな。この守りの堅い帝宮に皇国の兵士が侵入するにはどうしても内部からの手引きが必要な筈だ。それが宰相だったことはスティーズ将軍からの報告で知った訳だが。それを無かったことにしようというのか?なぜ?


 皇帝陛下はその理由を説明してくれた。


「皇国がこの企みにより奪おうと企んだものは3つある。一つはそなたの命。二つ目は私の命。そして最後の一つは宰相の命だ」


 私は驚いた。


「宰相の命もですか?」


「宰相はその手腕で帝国の国力を増大させた。現在、帝国が国力で皇国を上回り、引き離しつつあるのは宰相の優れた国力増強の手腕によるものだと、そなたも知っているだろう」


 それは分かる。宰相は堅実で粘り強い手腕で一つ一つ懸案を解決し、長期の計画を実行する事により、帝国を地道に発展させ続けてきたのだ。その功績は誰もが認めるところだ。


「皇国にとっては宰相も邪魔だったのだ。故にこの企みがどのような結果に終わろうと、最終的には宰相の命は奪われる予定だった」


 宰相は計画の協力者でありながらターゲットの一人でもあったという事である。


「もしも此度の企みを理由に宰相の罪を問い、処刑、罷免などをしてしまうと、皇国の計画は一定の成功を得る事になる。帝国の国力にも影響が出るだろう」


 故に宰相の罪は隠ぺいすると・・・。私は流石に不満を覚えた。私の命を狙い、兄上の命を狙い、何よりイルミーレを危機に陥れた罪はそれほど軽く無かろう。


「陛下の妻の父とは言え、いくら何でも贔屓が過ぎるのではありませんか?」


「私の考えではない。そなたの婚約者の考えだ。私も皇妃も納得したが」


 は?イルミーレが?私がイルミーレを思わず見ると、彼女は優雅にお茶を飲みながら笑っていた。


「宰相様の手腕は、アルステイン様にこそ必要ですもの。アルステイン様は軍事はお好きですが地味な政治はそれほどお好きでは無いでしょう?アルステイン様が皇帝陛下になられた暁にはあの方の手腕が必ず必要になります」


 う、イルミーレの言葉に皇帝陛下も皇妃様も眉一つ動かさない。完全にこの三人の間では私への譲位が既定事項なのだ。


「あの宰相が私の言う事など素直に聞くものか」


「そこはアルステイン様が心服させて下さいませ。大丈夫です。アルステイン様なら」


 頼りにしていますよ?とイルミーレが笑う。この笑顔には逆らえない私だが・・・。


「宰相は今は屋敷で軟禁中だ。近日中にそなたと面会させるゆえ、従えて見せよ」


 無茶苦茶な事を言う。私はあがくように兄上を見つめる。


「どうしても私が皇帝にならなければなりませんか?」


「今回の事で良く分かったであろう?弱い皇帝の治める国が如何にもろいものか。其方が皇帝であればこのような事態は最初から起こらなかった。もう潮時だ」


 私はぐっと胸が詰まった。兄が、子供の頃から皇帝になるために非常に努力していたことを私は知っているのだ。次男で、母の側で好き放題に過ごしていた私と違って、幼少期に母から離れて帝王学を叩き込まれていたのだ。その兄の努力と我慢をどうしても私が踏み躙らなければならないのか・・・。


「あ、あの事さえなければ、兄上は健康だった筈なのです。私などを助けなければ・・・」


「あの事?」


 イルミーレが悔やむ私に気付かうように寄り添ってくれた。私はイルミーレに兄が健康を失ったあの時の話をする。


 私が8歳の時離宮に遊びに来た兄上と私は遊んでいて、はしゃぎ過ぎた私は誤って足を滑らせ池に落ちてしまった。驚いた兄上は私を助けようと飛び込んできたのだが、しがみ付いた私のせいで泳げず、辛うじて私を岸に上げたものの溺れてしまった。私の叫びを聞いた侍従が慌てて助け上げて命に別状は無かったものの、兄上は高熱を出して倒れてしまい、それ以来健康を失ってしまったのだ。


「兄上はそれまで剣の腕も私よりも強かったし、私にいつも勉強を教えてくれる程頭も良かった。私がいなければ・・・」


 私が言うと兄上が苦笑した。


「私はそなたよりも3つも歳が上なのだぞ?それで子供の頃にそなたにより上だったと言っても自慢になるものか。それに健康もそれ以前から悪かった。そなたの所に遊びに行く時には具合の良い時しか行かなかったからな。そなたが誤解するのも無理はない」


 兄上は私を見ながら噛んで含めるように言った。子供の頃はよくそうやって私に勉強を教えてくれたものだった。


「そなたをあの時助けられた事は私の誇りだ。そして、良く今まで私を助けてくれた。これからは私がそなたを助けよう。帝国を頼むぞ」


 私は流れる涙に邪魔をされて、返事が出来なかった。イルミーレが勇気づけるように私の手を強く握っていてくれた。




 さて、私はその日、屋敷に帰還し、ゆっくりと風呂に浸かり、イルミーレと楽しく晩餐を食べた後に、リビング三階の絨毯の間でイルミーレと向かい合っていた。何時もは並んで座るのに向かい合っている事にイルミーレは不思議そうな顔をしていた。私は、正面に座るイルミーレをしっかりと見据えながらニッコリと笑って見せた。


「では、君が今回しでかした事を、最初から最後まで包み隠さず話してもらおうかな?」


 イルミーレは私の微笑に含まれた何かを感じ取って引いていたが、私が譲らなそうだと分かると例の事件のあらましを最初、下働きから下町で兵士を見掛けた話を聞いたところから話し始めた。


 ・・・そして最後まで、公爵邸に担ぎ込まれるところまでを話し終えると、誇らしげに胸を反らした。


「・・・ということで、私はアルステイン様のために頑張ったのです!」


 いかにも褒めて欲しそうに微笑む。その珍しいドヤ顔は愛らしく、微笑ましい。微笑ましいが、笑っている場合ではない。


 私は少し迷いながらも、どうしても我慢出来ずにイルミーレを怒鳴りつけた。


「ばかものっ!」


 私の本気の怒鳴り声にイルミーレはおろか控えていた侍女たちまで飛び上がった。


「一体誰がそんな危険な事を君にやれと言ったか!君はいつからそんな荒事が仕事になったのだ!君は忍者にでもなったつもりか!」


 ひうっ!とイルミーレが涙目になるが私は止めない。滾々とお説教をする。


「イルミーレ!私がこの世で一番大事にしているモノはなんだ!」


「へ・・・?わ、私ですよね・・・?」


「そうだ!君だ!その君が今にも死にそうな状況に陥るのを私が喜ぶと思うのか!」


 イルミーレがもしも皇国兵士の手に落ちていたらと思うと私は戦慄で手が動かなくなりそうだ。幸いにも忍者に助けられたそうだが、その忍者には山ほどの褒美をやろうと思うが、それもそもそもイルミーレが自分の領分を越えて荒事に手を出したせいで起こった事だ。


 それ以外にも今回、一歩間違えば死にそうな目に何度合っていると思うのか。あまりにも危険であるし、軽々しく危険に踏み込み過ぎている。イルミーレが勇敢で身体能力も相当優れているのは認めるとしても、彼女はどう考えても戦士でも忍者でも冒険屋でもない。彼女は貴族女性で私の婚約者で未来の公爵夫人で、未来の帝国皇妃だ。その彼女が命懸けの荒事に首を突っ込むのは断じて間違っている。


「自分の領分を越えた事を自分でやろうとするな!君の周りにはたくさんの臣下がいるではないか。公爵邸脱出まではギリギリ良いとしても、忍者に会えた時点ですべてを忍者に託して君は控えるべきだったろう。責任ある身分の君が、自分の命を軽く扱うような事をすれば、臣下が困るし誰より私が悲しむのだぞ!」


 ブレンが「どの口が」と言うのが幻覚で見えた気がするが無視だ。私はイルミーレが危険な目に遭うのは許容出来ないし、もしもの事が起こるような事はその確率が万が一でもさせたくない。


 イルミーレは見たことが無いほどしょんぼりとし、ポロポロと涙を零している。そしてぽつりと言った。


「ごめんなさい。アルステイン様。二度としません・・・」


 私はそれを聞いて頷くと、立ち上がりイルミーレの横に腰を下ろした。そして彼女の頭を胸に抱きしめる。


「ああ、二度としないでくれ。・・・そして、ありがとう。兄上を救ってくれて。本当に、本当に良くやってくれた」


 分かっている。イルミーレのしたことは最善だったと本当は分かっているのだ。


 兄上はもしも救出に来たのが忍者であったなら、けして逃げようとはしなかっただろう。兄上は皇帝としての強い自覚を持っている。その兄上が自分の城をよりにもよって自分の信頼していた宰相によって手引きされた皇国の兵士に侵されたのだ。名誉を汚された兄上は、宰相と皇国の兵士と共に死ぬ覚悟だったろう。皇妃様も、自分の父が皇帝陛下の名誉を汚した事に耐えられず、おそらくは宰相と刺し違える覚悟だったに違いない。その二人の決意は皇帝陛下の臣下にはけして覆すことが出来ないものだ。


 イリミーレだから。私の婚約者であり、私の最善だけを常に考えるイルミーレだからこそ、兄上や皇妃様の名誉や決意など蹴っ飛ばして無理やりにお二人をお救い出来たのだ。結局それによって私だけでなく、兄上と皇妃様の名誉も、帝国の名誉も、遂には帝国の勝利も救われたのだった。


 分かってはいる。分かってはいるが、イルミーレが我が身を顧みないような事をしたのも許せない。私は泣きながら何度も謝るイルミーレを抱き締めながら、自分も涙ぐみながら何度も叱り、また褒めるしか無かったのだった。




 数日後、私は宰相と彼の屋敷で向かい合っていた。・・・本当に面会させられるとは思わなかった。宰相と向かい合って座る私の隣にはイルミーレが座っている。勿論、周囲には私を護衛するために騎士が立っているが、彼らはあの日に帝宮を守っていた騎士たちで事情を知っている上、イルミーレの「戦友」でもある。全員に密かに褒美を授けた上で他言無用を言いつけ、この場にも同席してもらったのだった。


 帝国宰相、ランドルフ・イマシ・ヘルバーン伯爵は流石に憔悴した表情を見せていたが、私を睨むその視線にはまだ挫けぬ強さがあった。


「元気そうだな。宰相」


 私の言葉を皮肉と見做したのか、宰相はぴくっと眉を動かし言った。


「公爵閣下のおかげをもちまして」


「それは何よりだ。そなたにはこの『休養』が終わったならまだまだ働いてもらわねばならぬからな」


 私の言葉に流石に宰相が驚愕した。自分は当然処刑だと思いこんでいたのだろうから無理もない。


「どういうことでしょう」


「言葉通りの意味だ」


 私はじっと宰相を見ながら、一言一言を区切って、むしろ自分に言い聞かせるように言った。


「私は、兄上の後を継いで、皇帝に、なる」


 それを聞いて宰相が痛恨の表情を浮かべた。わなわなと手を震わせている。


「その時は引き続きそなたに宰相を任せるつもりだ」


「!なんですと!」


「公平に見て、そなた以上の内政政治家はおらぬ。外交と軍事には手を出させないが、国土の強化、特に旧ワクラ王国の発展のためにはそなたの手腕は欠かせぬと評価している」


 宰相は呆然とした後、キッと表情を引き締めた。やや挑戦的な口調で言う。


「先帝のご温情を賜った私が、先の皇妃様が先帝陛下を裏切った証であるあなたに従うとお思いですか?」


「宰相。今更言うのもなんだが、それは嘘なのだ。私は間違い無く父と母の子だ。先帝の血を引く者だ」


「・・・口でなら何とでも言えますな」


 そうだな。証拠がいるな。・・・私はあまり言いたくないし、知られたくも無い事を宰相に教えることにした。


「護衛。全員後ろを向いて耳をきつく塞げ。話が漏れたら厳罰に処すからな」


 護衛の騎士が慌てて後ろを向き、両手で耳を塞いだ。私はそれを待って右の靴を脱いで靴下を脱いだ。宰相の目が点になる。


「何を・・・」


「宰相は見たことがあるか?父の右足の小指の爪だ。そなたほど先帝陛下に近ければ聞いていたのではないか?」


 そう言うと宰相ははっとなった。


「あるいは兄でも良い。兄も同じものを継いだからな」


「何をですか?」


 イルミーレが私の足をじっと見ている。イルミーレには知られても問題無い。というか知っていて欲しい。


「先帝の右足の小指は奇形だった。爪が無かったのだ。その小指を兄も私も継いだ」


 私は行儀悪く右足をテーブルに乗せた。宰相に私の右足の小指が見えるだろう。爪が無いその指が。あまり人に見せるものではないが仕方が無い。


「証拠になるかどうかは分からぬがな」


 宰相は愕然と私の足を見ていた。もう良いだろう。私は足を下ろし、靴下を履いて靴を履いた。護衛に大きな声でもう良いと言う。


「どうだ。宰相」


 宰相は呆然としている。私に敵対心を抱いていた最大の要因が間違いだったと分かったのだから当然だろう。


「私はそなたの能力を評価している。そなたも私の事を能力で評価してはくれないか?」


 別に好きになってくれとは言わない。私の役に立ってくれればいいのだ。私に愛情を注いでくれる人はイルミーレだけで十分だ。


「私は一度帝国を危機に陥れた身です。また、殿下を裏切るかもしれませんぞ」


「それならそれまでの事。私に器が無かったのであろう」


 本心から私はそう言った。全ての事象、人心をコントロールする事は大女神でも無ければ出来まい。私は最善を尽くすだけだ。ダメならそれまでだ。私は宰相としばしにらみ合った。


 不意に、宰相が立ち上がり、私の前に跪いた。


「我が皇帝陛下に忠誠を。大女神ジュバールと七つ柱の大神に誓って」


「感謝を。宰相」


 私は宰相の頭に右手を置いて忠誠を受け入れた。


 そうして無事に宰相の忠誠を取り付けて屋敷に戻ったのだが、イルミーレが何だか物凄く悩ましい顔をしている。どうしたのかと尋ねると言い難そうに言った。


「その・・・。アルステイン様の御子も、皆、あのお指を継ぐのでしょうか?」


 どうもイルミーレが生んだ私の子にあの指が継がれていなかったらどうしようかと悩んでいるらしい。私は安心させるように言った。


「実はな。あの指は私の母もそうだったのだ。どうやら何代か前の皇帝から続いているらしい」


「え?では、先帝陛下の血を継ぐ証拠では無かったのですか?」


「宰相は母の指までは知るまいよ。宰相を納得させらればそれで良いではないか。だから、私の子にイルミーレの特徴が出て継がれなくても気にしなくても良い。もちろん、私はイルミーレの不貞を疑ったりはしない」


 むしろこんな指は継がないで良い。とまでは言わなかった。こんな指でも私にとっては懐かしい父母の血を感じさせる特徴だったから。


 私が宰相の忠誠を取り付け、宰相が職務に復帰した。私は皇帝陛下から政務の引継ぎを始めながら日々の職務に励む事数カ月。季節は春になった。


 その日、帝宮の礼拝室では特別な儀式が執り行われる事になっていた。


 私とイルミーレの結婚式である。


 


 


 


 

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