24.帝国の皇帝陛下

 先の夜会から数日後、私は皇妃様からお茶会に招かれた。お茶会とは言うが出席者は私と皇妃様だけ。実質は面談だ。そんな怖いお茶会出たくは無いが、皇妃様のお招きでは断れ無いよね。まぁ、私からも聞きたい事が色々あるから丁度良いか、と思って行くことにした。


 気張らない格好でいらしてね、という事だったので、薄い緑の軽めのドレス。コルセットもしない。このところ暑くなってきたので昼間のお茶会はドレスコードが緩い事が多い。エルグリアを従えて帝宮に向かう。もっとも、エルグリアは招かれていないので侍女服を着ての同伴だ。エルグリア無しで王妃様と面談なんて無理だよ。


 帝宮には王妃様主催のお茶会で既に何度か来た。しかしこれまで一回も皇帝陛下とはお会いしていない。皇帝陛下がおいでになるのは帝宮の執務接見区域かプライベートスペースで、公爵邸の配置から考えれば中央館か東館だが、王妃様がお使いになる談話室は大体西館か庭園に点在する別館だから私は皇帝陛下の居る辺りには近付かないのだ。そもそもお茶会に亭主が挨拶に来ることはほぼ無い。


 が、今回招かれたのは東館の談話室。非常にプライベートエリアに近い談話室だった。それを車寄せで馬車を降りてから聞いた私は一瞬硬直した。私は後ろを歩くエルグリアをちらっと見た。彼女も目が丸くなっている。


「エルグリア。その談話室、分かる?」


 エルグリアは帝宮で働いていた事もあるから詳しい筈。するとエルグリアはそっと私の耳元で呟いた。


「皇帝陛下が非公式の会談などでお使いになる談話室です」


 の~!これはあれだよ。決定だよ!私は回れ右して逃げたくなったが、そんな事が出来る筈が無い。ずるいよ皇妃様。反則だよ。私は脳内で七転八倒しながら案内の侍女に付いて廊下を歩いた。


 中に入ると窓は大きいがあまり特徴の無い談話室だった。かなり古い様式の装飾と家具で構成されているのが趣向と言えば趣向で、こんな軽い格好では無くもっと格式高い格好の方が似合いそうな重厚な部屋だ。王妃様は立って出迎えてくれた。


「ごめんなさいね」


 と言ってふふふと笑う。ごめんじゃありませんよ。だまし討ちですよこんなの。とは言えずニゴ・・・っと笑う。


「どうしてもアルステイン様を抜きでまずお会いしたいというものですから」


「なぜでしょう」


「アルステイン様はあなたが絡むと珍しく感情的になるからじゃないかしら」


 なるほど。確かにアルステイン様は私が絡むと暴走しますね。国一つ滅ぼしちゃいましたからね。あの人。


 仕方なく王妃様とお茶を飲んで待っていると、侍女が「お見えになりました」という。王妃様と私は立ち上がり、王妃様は頭を下げ、私は跪く。ドアが開き、一人の人物が入って来た。


「御前にある事を御許し頂けますならば、ご挨拶をさせて頂けますでしょうか」


「許す」


「ありがとうございます。わたくしはシュトラウス男爵令嬢、イルミーレ・ナスターシャと申します。以後お見知りおきを」


「私は帝国皇帝、ハイランジアだ」


「皇帝陛下のご尊顔を拝した奉り恐縮至極でございます。遠きフレブラント王国よりアルステイン・サザーム・イリシオ様との縁あってこの地に参りました。最も尊きお方であり大女神のお力の代行者である偉大なる皇帝陛下に拝謁を賜る事が出来るとはこれ以上の幸せはございません。これぞ大女神ジュバールのお導きでございましょう。女神への感謝と、カストラール帝国の永遠の繁栄と皇帝陛下の御代の弥栄を祈念して、大女神ジュバールと七つ柱の大神に祈らせて頂きます。神に祈りを」


「感謝を。イルミーレ。表を上げよ」


 私はゆっくりと顔を上げる。


 カストラール帝国皇帝。ハイランジア一世その人が私の前に立っていた。


 身長はさほど高くは無い。私より少し高いくらいだ。ずば抜けた長身であるアルステイン様の兄としては思ったよりも低い。それよりも肩幅の狭さ、袖から除く手首の細さ、首の細さが気になった。キラキラした銀髪。アルステイン様と全く同じ色の髪を肩の辺りまで総髪に伸ばして切りそろえている。その髪艶もアルステイン様と比べると非常に悪い事が分かる。エメラルドグリーンの瞳もまるで同じ。顔立ちもそっくりなのに、全体的にアルステイン様より青白く元気が如何にも無さそうで、どうにも兄弟というイメージが出て来ない。何しろアルステイン様は溌溂としているので。


 皇帝陛下は直ぐに皇妃様の手を借りてソファーに座り込むと、私にも着席を命じた。


「聞いてはいたが、古式の挨拶をこうもスラスラと奉られると驚くな。今日は不意を突いての謁見だった筈だが」


「陛下とお会いする日のために練習しておきました」


 まぁ、いずれお会いする日が来るのは確定だったし。エルグリアと準備しておいて良かったわ。


「まぁ、良い。それより其方に幾つか聞きたい事があってこの席を設けた。アルステインは外したかったのでな」


「どのような事でもお尋ね下さい」


 私が言うと、皇帝陛下はふむ、と少し考えるような素振りをした。少し疲れているように見えた。見ると、皇帝陛下の服装は白いだらりとした衣装で、どことなく部屋着、寝間着の雰囲気がある。本来は今日は休日で休養していたのだろう。


「まず、其方がアルステインと婚約したのは何故だ?」


 変な事を聞かれた。私はパチクリと目を瞬きながら慎重に返答した。


「私とアルステイン様が愛し合っているからでございます」


 そう言い切ると皇帝陛下は額を押さえて上を向いてしまった。何だろうか?


「其方が何かを企んでいるからでは無いのか?」


 私は今度こそ首を傾げた。


「何を企むのでございましょう?」


「男爵令嬢でしかない其方がどうして公爵夫人の地位を望む?過大な地位であろう。何か目的があってその地位を目指していると考えるのが自然では無いか?」


 私はどうにも皇帝陛下が言っている事が理解出来なくてちょっと考えてしまった。・・・考えても分からないので、仕方なく正直に答える。


「私は公爵夫人になるのを望んだのではなく、アルステイン様の妻になりたいのです」


「同じ事では無いのか?」


「違います。私はアルステイン様がたとえ平民でも逆に皇帝陛下であろうとも、アルステイン様がアルステイン様であれば同じように妻になる事を望んだでしょう」


 皇帝陛下は今度は俯いてしまった。何だか凄く疲れたような声で言う。


「・・・見事にアルステインと返答が被るのはどうしたわけだ。二人で打ち合わせでもしたのではあるまいな」


 どうやら皇帝陛下はアルステイン様にも同じような質問をしたらしい。そうしたらアルステイン様は私と同じ返答をしたらしい。アルステイン様!さすが!私とあなたは一心同体!などと心の中で浮かれ騒いでいると、皇帝陛下が溜息を吐かれてしまったので慌てて現実に舞い戻る。


「其方の気持ちは良く分かった。私の弟をそれほど愛してくれた事にまず礼を言おう。無礼な質問も許すが良い。その上で私は其方に覚悟を問わなければならん」


「覚悟・・・、でございますか?」


 すると皇帝陛下は侍女、侍従に退席を命じた。エルグリアも私を心配そうに見ながら出て行ってしまう。いや~一人にしないで~。


 内心私があわあわしているとも知らず、皇帝陛下は私をしっかりと見て言った。


「私は、アルステインに位を譲るつもりでいる」


 ・・・え?私は流石に声に出しては咄嗟に返答出来なかった。なんとか陛下の言葉を咀嚼して慎重に言う。


「いつで、ございますか?」


「アルステインが結婚したら。あるいはその子供が生まれたら。それを機会にしようと思っていた」


 ・・・その両方に私が重大に関わるんですけど。あ、だから私が呼ばれたのか。というか譲位って・・・。


「アルステイン様はご存知なんでしょうか」


「何度も言っているが本気にしていないし、その気も無いらしい。だが、結婚を遅らせていたのは皇位を継ぎたくないから、という事も理由だったようだな」


 ふんふん。アルステイン様は皇位を継ぎたくなくて結婚を渋っていたと。で、今回私と出会ってようやく婚約した。


「ようやく婚約した相手が男爵令嬢で、貴賎結婚だったものだから皇帝陛下は困っておられるわけですか」


 なるほど。アルステイン様の嫁が男爵令嬢だと、結婚と同時に位を譲ると男爵令嬢がいきなり皇妃になる事になる。公爵夫人になるだけならギリギリ貴族界の話なので公爵家の醜聞で済むかもしれないが、いきなり皇妃ともなれば帝国貴族界の秩序の問題になってくる。


「公爵夫人に男爵令嬢がなるのは70年前にギリギリ例があるが、流石に皇妃になった例は無い。最低でも子爵令嬢で、しかもその皇帝はそれを理由に帝位を追われている」


 女にだらしない快楽公爵と呼ばれた放蕩者の公爵の七番目の夫人が男爵令嬢で、その時はあまりの公爵のダメさ加減に誰も反対しなかったそうな。そのため、今回アルステイン様が私を妻にしても「あの時は反対が無かったじゃないか」という理由が使えない事も無い。


 しかし皇妃となると14代皇帝マーモリアン帝が大恋愛の末、子爵令嬢を皇妃にしたのだが貴族界からの反発が強く、3年後に甥に迫られて退位する理由になっている。それは歴史の授業でトマスに習った。


 その歴史を繰り返すわけにはいかない。まぁそうね。しかし私は首を傾げた。


「であれば、譲位を諦めて頂くしかありませんね?」


 皇帝陛下が溜息を吐いた。


「其方もそう言うのか・・・」


「はい。私がアルステイン様を諦めるなど、もう有り得ませんもの」


「それも全く同じ返答か。よくよく仲が良いのだな」


 皇妃様がクスクスと笑っている。いや、私は笑っている場合ではない。何しろ皇帝陛下のご意向を真っ向から蹴飛ばしたわけだから。今。流石にそれはまずいとは分かっているよ!本当だよ!でも譲れないんだから仕方が無い。


「別に皇帝陛下が御代をお続けになればよろしいではありませんか?アルステイン様は全力で支えて下さいますでしょう?」


「そうもいかない」


 皇帝陛下は苦笑し、皇妃様が顔を曇らせた。


「もう私の身体がもたない」


 皇帝陛下の言葉に私は胸が詰まる様な気持ちがした。


「最大の理由は私の健康だが、他にも理由はいくつかある」


 皇帝陛下が言うには、皇帝陛下の健康は激務でどんどん悪化し、最近では週の半分を静養しなければならないし、夜会にも全く出られていないという。皇帝陛下が出ないと皇妃様は夜会に出られない。夜会は貴族界では政治の一部に含まれるのに皇帝夫妻が出られないのは大問題なのだ。


 その結果、夜会を通じて宰相閣下の勢力が伸長して増大しているらしい。まぁ、宰相閣下は皇帝陛下の忠実な家臣ではあるので、今はとりあえず問題にはなっていない。しかし、宰相閣下が力を付け過ぎるとアルステイン様を軍権から遠ざけ、軍縮を断行されてしまうかもしれない。それはペグスタン皇国との均衡を破る事になるのだそうだ。実際、ペグスタン皇国は宰相に接近し働きかけをすると同時に、国境で蠢動して小競り合いを起こしているらしい。


 後継者の問題もある。皇帝陛下夫妻はもう8年近く子供が出来ていない。これは明らかに皇帝陛下の健康の問題らしく、これから先ももう望めないだろうとの事。現在、皇族は残るはアルステイン様しかおらず、血の近い臣籍の親戚もいない。つまり皇統は消滅寸前で、そんな事になったら帝国は分裂消滅の危機なのは言うまでも無い。全ての期待がアルステイン様に掛かっているのだそうだ。


 これら全ての問題が、アルステイン様に譲位するだけで解決する。アルステイン様が皇帝になれば宰相閣下は従わざるを得ない。アルステイン様も宰相閣下を高く評価しているから、宰相閣下が忠誠を誓っているなら上手く使って上手くやるだろうとの事。そしてアルステイン様は健康そのものだから、子供も多く望めるだろう。そのためにも早い結婚が熱望されているのだそうだ。


 その国家のために必要な譲位の大障害が私、という訳だった。


「其方とアルステインが愛し合っている事は良く分かったが、国家と恋愛のどちらを優先するか分からない訳ではあるまい?」


 皇帝陛下が私をじっと睨んだ。うむ、流石に帝国の皇帝陛下の眼力ですよ。背筋が寒くなります。しかし、私はここまで聞いて陛下の嘘に気が付いていたので別に怖くは無かった。微笑で受け流す。


「であれば私をどうしてここに招いて下さったのですか?」


「?それは事情を話して其方を説得するためだが?」


「そんな迂遠な事をせずに私を消してしまえば良いではありませんか。この」


 私はお茶のカップを優雅に取り上げて、水面に軽く息を吹きかけた。


「ここに一滴毒を入れれば全て解決です」


 私はそのままお茶を一口飲んだ。皇帝陛下と皇妃様が揃って目を丸くなさる。


「其方を私が殺せばアルステインが怒って譲位はご破算になる。そんな事はしない」


「皇帝陛下と皇妃様がお招き下さったお茶会で私が説得されても同じ事ですわ。アルステイン様は怒り狂い、譲位どころか公爵の位を捨ててでも私を娶るでしょう」


 私が自信満々に言い切ると、皇帝陛下がまた頭を抱えた。この貴族らしからぬ大きなリアクションはどうやら呆れているらしい。


「もう其方たちの惚気は聞きたくないものだ」


「であれば早く本題にお入りください。皇帝陛下をこれ以上お疲れさせるのは本意ではありませんもの」


 私がそう言うと皇帝陛下がさすがに驚いた様子を見せた。


「どうしてそう思う」


「どうにもこうにも、皇帝陛下から伺った事情を総合するといくつかおかしな点がございますもの」


 まず、皇帝陛下は覚悟を問うと最初におっしゃった。私とアルステイン様の結婚を諦めさせようとしているのであれば不自然だ。


 次に、アルステイン様への譲位のタイミングだ。なぜ結婚するか、子供が生まれてからかなのか。別に独身だろうが何だろうが今すぐアルステイン様に譲位すれば良いのに。アルステイン様が結婚していなければならない理由があるのだろう。


 それと、宰相閣下との確執についてアルステイン様から伺っていた時に不思議に思った事なのだが、こうも皇統が消滅寸前の状態になっているのに、宰相閣下が執拗にアルステイン様を皇位から遠ざけようとしているのがおかし過ぎる。まして、色々な人がアルステイン様を事実上の皇太子と認め、皇帝陛下がアルステイン様本人に何度も譲位の話をしているのである。皇帝に忠実で有能な宰相であれば、アルステイン様が皇帝になった時の事を想定して、アルステイン様と協調出来るようにすべきだろう。


 更に、宰相は夜会で私とアルステイン様を面罵しする事までして私とアルステイン様の結婚に反対している。あれもおかしい。アルステイン様を皇位から遠ざけたいなら、私たちの貴賎結婚を認めてしまった方が良い。公爵は良くても皇妃はダメだという明確なラインがあるのだから。


 これらの事から判断するに、どうも私のまだ知らない事情がまだ隠されていると考えざるを得ない。私が説明すると皇帝陛下はちょっと呆然としたように言った。


「ヘラフリーヌ。君が言ったのはこの事か?」


「まぁ、その一つではございますね」


 何を言われたのだろう?私が首を傾げると皇帝陛下は苦笑いしながら言った。


「其方はどうも只者では無いと言われたのだ」


 なんでしょうかね。人を化け物か何かのように扱わないで頂きたい。皇帝陛下は諦めたように私に言った。


「表面上の理由で諦めてくれれば楽だったのだがな。ここから先は聞いたら後戻りが効かなくなる。其方は皇族から逃れられなくなるぞ?」


 ・・・聞きたくはありませんけど、アルステイン様を諦められないんだから仕方がありませんね。という意図を込めてニッコリと笑うと、皇帝陛下は話して下さった。


「実はアルステインと私は実の兄弟では無い」


 は?それはなかなか衝撃の事実だった。


「しかも、母親でなく父親が違う」


「え?」


 アルステイン様が先帝の子ではない?それはとんでもない話ではあるまいか。私は背中に嫌な汗を流しながら尋ねた。


「それは確かなのですか?」


「確証は無い。しかし傍証はある」


 まずアルステイン様と皇帝陛下の体格の違いだ。顔立ちは良く似ているので見逃されがちだが、身長と身体付きが大きく異なる。それと健康面だ。帝室はここ100年以上、おそらくは近親間での結婚をし過ぎたせいで健康な子が生まれず、血統が細り続けてきた。そこに突然生まれた健康優良児。それがアルステイン様だ。確かにそれは怪しい。


 先代王妃様は現在公爵邸になっている離宮を好み、アルステイン様をそこで生んでいる。先帝とはその頃にはもうあまり共にお過ごしで無かったという事で、いつ妊娠の機会があったのか当時も少し疑われたらしい。明確になっている愛人はいらっしゃらないまでも、疑わしい殿方はいたそうだ。


「もっとも、母上は元々皇族だったし、もしも父親が違ってもアルステインは明確に皇族の血を引くし、先帝も問題無く認知なさった。だからアルステインは私の弟で皇子である事は疑い無い」


 が、疑惑は消せないという訳だった。


「だからアルステイン様は帝位に就けなかったのですね」


「そうだ。誰がどう見ても健康で軍での功績も高いアルステインが皇帝に相応しかったにも関わらず、疑惑がある故に宰相以下反対する貴族がいた。そしてアルステインも帝位を望まず臣籍に降下する事を望んだ」


 そして宰相は疑惑を知る故に、先帝、帝室に対する忠誠心が厚い故にアルステイン様を敵視するのだろう。なるほど、あれほどあからさまな敵意の理由が分かったし、アルステイン様は自分に対する疑惑を知っているから宰相にあまり強くは出られないのだろう。


 ではアルステイン様が結婚、もしくは子供が出来れば譲位が可能だというのは?


「血統に疑惑があっても、アルステインは間違い無く皇族だ。結婚して子供が出来ればその子供は最後の皇族の後継者となる。その子に帝位を継がせる事に誰も反対は出来ない。そして、その子にスムーズに帝位を継がせる事を理由にすればアルステインに譲位し易くなる」


 なるほど。これも納得だ。皇帝陛下に子が無く、他の皇族も全滅状態なら、アルステイン様が例え先帝の血を引いていなくとも、その子が一番濃い皇族の血を引いている事になるのは間違い無いのだから。


 そんな事態に耐えられない宰相はアルステイン様を結婚させたくないのだ。それが例え私の様な貴賎結婚の相手であっても。う~む。思ったよりドロドロして闇の深い話だった。ただ、まだ少し疑問は残るのよね。でも、それは皇帝陛下に聞かない方が良さそうだ。


 つまるところ、皇帝陛下は自分の健康と政治情勢が手遅れになる前にアルステイン様に結婚してもらって子供を産んでもらい、譲位したいのだ。つまり、私とアルステイン様の結婚に反対する理由が無い。皇妃様があっさり私とアルステイン様の婚約を認めた理由がここにあるのだろう。


「陛下も私とアルステイン様の結婚をお認め下さるのですか?」


「ああ。其方とアルステインの気持ちと覚悟は嫌というほど確認した。其方を逃したらあ奴は当分結婚すまい。公爵の内に結婚してしまえば貴賎結婚については過去の例で強弁出来る。子供が出来てしまえばその子が皇統の最後の希望になるのは誰の目にも明らかだから、其方が皇妃になる事に反対してもどうしようもない。それに、どうもあの弟はとんでもない女性を連れてきたようだからな」


 そりゃあたしの事ですかい?そうなんでしょうね。どうも皇帝陛下に変な評価をされてしまったようですね。


「ここまで話したのだ。秘密は守ってもらうし、もういずれ皇妃になる事からは逃れられないと思うが良い。其方がだ」


 私は流石に顔が引きつった。どうやら私の事情を皇帝陛下はご存知らしい。その上であんな話までして、皇族に迎え入れると言って下さったのだ。私は立ち上がり、ゆっくりと跪いた。


「私は生涯をアルステイン様と帝室に捧げる事を、大女神ジュバールと、偉大なる皇帝陛下に誓います」


「婚約の勅許は程無く出す。弟をよろしく頼むぞ」


 そう言い残して皇帝陛下は談話室を後にされた。

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