私は忘れない...。

白薔薇

椿

私が生まれたのは、お父様が十歳の時だった。


お父様がアニメが大好きで、アニメのような綺麗な絵を描きたい!と願ったのがきっかけだったそう。


お父様が私の輪郭を描いて、目を、そして鼻を口を描いていく。

私は少しずつ私になっていく。


初めて描かれた私は、とても上手とは言えない出来栄えだったように思うけれどお父様は

私に向かって微笑んで、色を付け始めた。


モノクロだったお父様に色が付いて見えて、

なんだかとても嬉しかったのを覚えている。


色塗りまで完成した私を光に翳した。

少し熱かったけど、輝いている私を見て満足そうな表情を浮かべるお父様はただカッコよかった。


お父様は私に『椿』とそう名付けた。

青い髪に黄色い瞳の私は『椿』という名前には似合わない見た目だとも思ったが、

お父様が付けてくれた名前は心地よかった。


「椿完成!」


お父様は私を壁に貼った。

初めて自分で生み出したキャラクターである私に嬉しそうに毎日語りかけてくれた。


私は応えることも頷くこともできないから

それを楽しそうに聞くくらいしかできない。


お父様は話が終わると宿題をした。

お父様の持っている紙に書いてある文字はよくわからない。私は人じゃないから。

お父様はそんな難問を悩むことなく終わらせると携帯を眺めて、ご飯に呼ばれてお風呂へ行って暫くぼーっとした後に眠る。


私にとって、お父様が家にいる全ての時間が

神から与えられた祝福だ。





そんな日々は暫くすると終わりを告げた。

小学六年生にもなるとお父様は私を壁から外して机の中にしまった。


きっと恥ずかしいのだろう。

自分の絵に語りかける子なんてもう少ない年齢になってきたから。


私は悲しかったけど納得した。

机の中からはお父様は見えない。

勉強する音を聞いて、以前と変わらぬ生活をしていることを確かめることしか私には出来ない。


『椿』と呼ばれることも、何年かに一度になっていた。






やがて何年か過ぎてお父様は思春期を迎えたのだろう。

イライラしているような荒々しい音が聞こえる。

お父様のお母様の怒ったり悲しんだりする声からも、お父様が不安定なことがよくわかった。



ある日机が開いた。

お父様は机の中身を全部投げた。

相当荒れているようだ。


当然私だって丸められて投げられた。

痛かった、それでも破られなかっただけで幸せなんだ。






お父様の机の下に丸まった私が入り込んでしまってからまた何年か経った。

お父様は何やら私の名前を呼んだ。


「椿」と。


その美しい声で。


机の下にいた私は見つけ出され拾い上げられた。


とても嬉しかった。

もう死んでも良いくらい。



「ここのデザインはこうだったのか...。」


お父様が荒れていた理由がわかった。

イラストレーターになることがお父様の夢だったらしい。


それをお父様のお母様に反対されたことが揉めた原因。


お父様とお父様のお母様が話しているのを聞いて知ったことだけれど。



お父様の絵はとても上手くなっていて、

私より可愛い子達が沢山、しかもデジタルの世界にいた。









お父様は無事にイラストレーターになった。

私以外の様々な子を生み出して、おばあさんの私なんて入る隙もないくらいに彼の世界は華やかになっている。









お父様が私を忘れても、私は忘れない。

生み出してくれたことへの感謝も短かくて楽しかった日々も。

そしてこれからも続く貴方の人生を私の後輩たちが彩ってくれるのを願ってる。



お父様.......








           愛しています。




だからどうか、新しい私達を愛してあげてね。

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私は忘れない...。 白薔薇 @122511

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