第二章

茅葺きの家 0-2


 

 気づけば、赤く染まる空を見ていました。


 赤焼ける空に、大小さまざまに連なり浮かぶ雲が斑らに染まる様はまるで、ぼこりぼこりと空が煮えたぎるようで、上に向かって手を真直に伸ばすだけで皮膚はじくじくと爛れ、やがて薄い肉は溶け落ち、終には剥き出しになった骨さえも崩れ、赤茶けた粉塵となって瞬くことでしょう。

 何処もかしこも赤く染まる景色を、ぼうっと眺めておりましたら耳に遠く近く、蟲の、ざむざむと這い回るような音が重なり聞こえ、何かとその方へ顔を向ければそれは、風が黄金に色づいた稲穂の上を次から次へと渡り歩くものでありました。

 風に嬲られるまま諾々と、鎌で斬られるのをこうべを垂れ待つばかりの稲穂は、身動きさえ儘ならない自身のようで、堪らず、首に手を添え腕を持ち上げたところで、途端、身体の不自由な重たさは肩に喰い込む負ぶい紐と、赤ん坊を背負っていた所為であると思い出しました。

 子守りに満足したのか、あるいは泣き喚くにも飽いたのか、背中の赤ん坊は、ぐっすりと眠っているようです。

 家の方を見れば、前と寸分違わぬ様子で母親は背を向け土間にしゃがみ込み、田を見れば、祖父母と父親は稲穂の中で何かを待つかのように、奇妙に、じっと立っているばかり。

 庭にいるのも飽いてしまいました。 

 歩く度に揺れる、だらりとして力ない赤ん坊の、むちむちとした白い肉を腰の両脇にぶら下げ、畦道まで出てみれば、祖父母や父親のいる田んぼの向こうに、空の色を映した赤い川が流れているのが見えます。

 空の色に染まる小川には、彼方あちら此方こちらを跨ぐ、やけに不似合いな朱塗りの弓形の木橋が架けてありました。

 いつの間に、誰が、橋を架けたのか。

 森から覗く黯く翳るものがある彼方あちら此方こちらを繋ぐ、橋を。

 しかし、橋が突然、現れたとして何だというのでしょう。思い煩うことは無いのです。村の不思議は、すべてが祠の有り難い御利益なのですから。

 どこからか、鶏の鳴く声が聞こえます。

 新しい家に、人の姿は、まだ見えません。

 このところ狼が村に現れるのだと、誰かが言いました。

 鶏を狙っているのでしょうか?

 

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