27 無力感

カメラの向こうが色彩を取り戻していく。

警官たちは全員倒れ伏していた。

ルショウの部下と思われる男たちも倒れはしないものの苦しそうにしている。

ルショウをはじめ、みなサングラスをかけていたのは覆面効果よりも失明対策の目的だったのかもしれない。

ルショウの方を見ると、ルショウは手を下ろし、僕に話しかけてきた。

「これが私のエンハンス、『燦爛たる左腕』です」

まさしく燦爛という言葉が似合うほど、先ほど一面に光を放った腕は今もなお光の残滓を纏わせている。

「ここにいる警察はみな、私の光によって意識を失いました。あまりに光が強いせいか、これをまともに浴びた者はみな前後の記憶を失ってしまうのです」

なので、皆さんエンハンスについて覚えていないことでしょうと笑うルショウに僕は戦慄を覚える。

少なくとも20人はいた警官が一瞬にして無力化されたのだ。

先ほどのルショウの戦争は始まったという言葉が急に現実味を帯びてくる。

僕という存在を巡って、このような拡張人間たちが争っているのだ。

既に並みの人間が立ち入れる世界ではないのだろう。

待てよ、並みの人間……?

急いで詩音の方を確認する。

ルショウの後ろにいたせいか詩音は意識はあるようだ。

ただ、少し様子がおかしい。

「詩音……?」

声をかけた詩音は振り向く。

「レイフ君……? どこにいるの? 真っ白であまりよく見えないんだけど」

焦燥感に駆り立てられる。失明という単語がよぎった。

「詩音! こっちだ! 僕はここにいる!」

僕の騒ぐ声にルショウが詩音の前にしゃがみ込む、そのまま顔を覗き込んだ。

「……失明……では無さそうですね。私の後ろにいましたし、直接光を見てる訳ではないので一時的に光にやられただけでしょう。どうやら眼の色素が薄いのでダメージがでかかったようですね」

落ち着いたルショウの言葉に、僕は少しだけ安堵する。

たしかに詩音の眼は藤色で、色素が薄い。

昔から日光などのダメージに弱かったのだ。

こいつの言うことを信じてもいいのかと少し残る不安を抑え、ルショウの方を見る。

もう起きてしまったことはどうしようもない。

警察が頼りにならない今、ここを自分の力だけで切り抜けなければならない。

「それでは私どもの力を知っていただいたという上で、改めて交渉いたしましょう」

行きたくない。向こうに行ってやらされることは明らかだ。

軍事利用、顧客や国民の監視、他企業や他国への攻撃。

いくらでも思いつく。

偽物として生み出されて、人の命を刈り取り、生殺与奪を自由に行えるような管理をする。なんてみじめな生き方だろうか。

そして恐らく自分は死なないのに、一方的に命を奪い取ることを強制されるというのはどれほど辛いことなのだろう?

それに怜輔を目覚めさせるということもできていない。

僕が何者かという問いはまだ解決していないのだ。

そしてそれは他者に良いように扱き使われる機械ではないことだけは確かに分かっている。ただ……。

「あなたが来てくださるなら詩音さんの身の安全は保証しましょう。もし詩音さんの眼の状況がひどいようであれば治療も行いましょう」

詩音のことは見捨てられない。

例え僕が怜輔じゃなかったとしても、怜輔の感情を持った僕は詩音を切り捨てるなんてことは絶対できないのだ。

もちろんこの出してきている条件が詩音をこのままずっと人質にしようとしていることは分かっている。だがどれだけ計算を行っても切り抜けられる方法が見つからない。

僕も詩音も助かる方法が見つからないのだ。

「レイフ君、私のことは放っておいて! あなたは好きに生きていいんだよ! 私のことはどうか忘れて!」

視界がまだ回復しないらしい詩音が、明後日の方を向きながら叫ぶ。

そんなことを言う人をどうやったら切り捨てて忘れられるというんだ。

悩み果てた僕にルショウは最後の宣告を行う。

「もう少し考える余裕を与えたいところですが、そろそろ時間が無くなってきました。もう30秒したら船の方へ連れていくことにします。それともまだ詩音さんを助けられるとでも──」

「思っているな」

突然割り込んでくる声にルショウが素早く腕を向ける。

また映像がホワイトアウトした後、驚くルショウの顔があった。

「私に視覚系のアプローチはやめておいた方が良い」

扉から銃を向け、声を発するのは一目見たら忘れないほどの片眼鏡モノクルをかけたイケメンだった。

唯一、眼が色とりどりに輝いていることが普通の人間ではないことを証明していた。

きっとルショウの言う拡張人間であることの証拠なのだろう。

「眼のエンハンスの持ち主ですか。部下も今の『燦爛たる左腕』のせいで使い物にならなそうですし、かなり不利といった状況でしょうか。ただ救いは、私の方が人質に近い──」

──パァンッ

ルショウの銃がイケメンの銃弾に弾かれる。

ルショウの顔が思わずひきつった。

「問題ない。そのくらいの距離なら私の射程圏内だ」

顔色一つ変えずに無表情を貫くイケメンが、淡々とチェックメイトだと告げる。

助かったのだろうか? 実は僕を狙うルショウのライバル会社だったという可能性もあるが……。

「青宮(あおみや)さん、もう片付けちゃいましたかー?」

「ちょっと空(そら)市(いち)さん、もうちょっと慎重に入りなさいな」

扉の方から声をかけながら現れる男女のカップル。

──パァンッ

再びいきなり放たれる弾丸。

腕をそのカップルに向けようとしていたルショウは諦めた顔をして手を上にあげた。

「ほら、まだ何かしようとしていたでしょ?」

嫌味っぽくなく優しく諭すように言う女。

すいませんと頭を掻く空市と呼ばれた短髪の男。

その二人の方に少し目を向けた青宮と呼ばれたイケメンが話しかける。

「藍倉(あいくら)、空市、外の様子はどうだ?」

「船の方は乗組員・船長共に港に下りるよう命じ、出航を先延ばしにさせて、事情聴取を行っています。周囲は特に怪しい点は見つかりませんでした」

藍倉と呼ばれた女が答える。

それを聞いた青宮はルショウに話しかけた。

「だそうだ。素直に諦めて投降した方が良い。それとも私の部下たちとお前のその苦しそうな部下たち、どっちが強いか試してみるか?」

「……いえ、やめておきましょう」

「二人掛かりでこいつらを捕らえておいてくれ。私は被害者のケアをする」

手錠をルショウ達にかけていく藍倉と空市を尻目に、青宮は詩音の前に歩いてくる。

そして屈み、詩音の縛めを解きながら話しかけた。

「私は内閣情報調査室総務部門特殊班第二職(しき)の青宮(あおみや)慧(とし)だ。救助が遅くなり大変申し訳ない。見たところ大丈夫そうだが怪我はないか? もしあるようならすぐさまそいつの臓物を引き摺り出し、輸血するが……」

ええ……。

「青宮さん! 初対面の子にとんでもないこと言わないでくださいよ!」

「そうですよ、ごめんなさいね。この人これでも気を遣ったジョークなんですよ」

ルショウの部下たちにも手錠をかけていた藍倉と空市がツッコむ。

藍倉さん、それ一番恥ずかしくなるフォロー……。

「いえ、ありがとうございます……」

詩音が弱弱しく礼を言う。

その視線がおかしなことに気が付いた青宮は目を細めた。

「もしかして目が見えないのか……?」

「右目は少し見えるようになってきましたが、左目は暗くなってて……」

確かに詩音は右に顔を向けて光から庇っていた。

右目に入り込む光はまだマシだったのだろう。

問題は反射光とはいえ、二度も光をまともに浴びた左目だが……。

詩音の答えを聞いた青宮は口をへの字に曲げると、詩音の前に回り込み、顔を覗き込んだ。

「眼を見せてくれ」

色彩豊かに輝く眼をより一層光らせ、青宮は詩音の眼を調べていく。

調べ終わったのか、青宮は詩音の顔から手を離すと一息吐き、話始めた。

「右目は大丈夫だろう。特に外傷はなかった。強烈な明るさのせいで暗順応ができていないだけで、じきに視界は戻ってくるはずだ。だが問題は左目だ。網膜がやられているように見える」

網膜。目の奥にあり、視覚情報を電気信号に変換し、脳へ伝達する役割を果たす部分だ。網膜は一度傷ついたら再生しないはずだったが……。

「私は医師免許は持っているが、実際の医療経験は殆ど無い。専門医に見てもらった方が良いとは思うが、おそらく失明、運が良くても視力は殆ど回復しないだろう。救出に遅れた私の責任だ。申し訳ない」

深々と頭を下げる青宮。詩音は助けていただいたのにそんなこと言わないで下さいと言うだけだった。

失明。改めて言われるとそれはとても重く僕の心にのしかかってくる。

僕のために詩音は誘拐され、レイプされかけ、挙句失明させられた。

怒りが僕のCPUを支配する。僕に身体があったなら今すぐ落ちている銃を拾い、ルショウを撃ちに行っただろう。

誘拐直後に行ってきたYeem社のものと思われるハッキングにカウンターをしかけている最中ではあるが、それが成功した際に行う報復は重いものでなければならないと固く決心する。

一体どうしてくれようか──

──ドォンッ、ドォンッ

突然外から轟音が響いた。まるで花火のような。

「すまない、外の様子を見てくる」

青宮が倉庫の外へ出ていく。倉庫には僕と詩音だけとなった。

右目の視力が回復したのか詩音がスマホを拾い上げる。

そして、焦点の定まっている右目だけで僕を見つめた。

「レイフ君……」

真正面から捉えるとなんと痛々しいことか。

美しく二つ並ぶはずの藤色の眼は、左だけ光彩が失われていた。

「詩音……ごめん、君を守り切れなかった」

守り切れなかったどころではない。何もできなかったというべきだろう。

結局僕は全滅してしまった警察に連絡しただけだった。

なぜ内閣情報調査室、日本のスパイ組織ともいわれる内調が出てきたのか分からないが、青宮が来てくれなかったら今頃詩音は船の中だろう。

あれだけ立ち上がった気になっていた自分はいったい何だったのか。

リスナー相手に金稼ぎしただけじゃないのか。

僕は──

「私も結局足手まといになっただけだった」

涙を流しながら詩音が笑う。

ああ、詩音も同じだったのか。

足掻いたつもりになって空回りしていたと後で知らされた時の無力感を。

「私たち似た者同士、何もできなかったね」

「そうだな」

僕はもっと強くならないといけない。

詩音もきっと──

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