26 拡張人間

「では話を戻しましょうか」

さっきまでが嘘だったかのようなにこやかな顔でルショウが言う。

しかし私は、正直冷静に聞いていられる気分ではなかった。

レイフ君が怜輔のコピー人格。

言った通り、納得はした。

しかし、同時に色んな疑問が沸き上がったのだ。

なぜ、私に最初に会った時に正体を明かさなかったのか?

あのとき、レイフ君は一瞬固まっていたように見えたが、もしかしたら正体を明かすか考えていたのだろうか?

今こうして交渉で来ていることを見るに、レイフ君は最初からレイフ君の本体として来ていたはずだ。

正直レイフ君がすべてのデバイスで同期していて、情報をやり取りしていたなんてことは今はどうでもいい。情報流出の重大さがよく理解されている現代社会においてそれが表に出ることがどれだけ厄介か理解しているからこその行動だろうし、それこそ私の身バレ未遂のときに既に察していたことだ。

もしかしてレイフ君は自分のことを明かすことで、今のように私に危害が加えられる未来が見えていたのだろうか?

レイフ君とコラボしたときにも黙っていたのはそういうことなのではないだろうか?

結局私はレイフ君の弱点になってしまった。

レイフ君が怜輔かどうかはこの際どうでもいい。

今は彼の助けになりたい。

「レイフさん、先ほど私はあなたを仮想人間と呼んだ。そしてあなたがそのままVTuberになったように、あなたは『Virtual』のつく世界で生きている。しかし、我々はVirtualの世界に行くことが実現できないでいる。であればおのずと導かれる答えがあるでしょう?」

ルショウの言葉が聞こえてくるようになった。

「『Augumented』、VRと対を成す単語として使われるARの『A』です。拡張という意味合いですね。我々はこの『Augumented』を人間にも適用した。Augumented Human、つまり拡張人間を作ることにしたのです」

拡張人間……? さっぱり想像がつかない。

何かを人間にプラスするのだろうか?

レイフ君の対となる人間を想像してみるも、せいぜい計算が早い人間くらいか?

「拡張人間……?」

レイフ君も同じだったらしく、画面の中で首をひねっている。……かわいい。

「意味はその通り人間の機能・身体能力を拡張するというものです。簡単に言うとなにか能力や機能を追加するということですね」

「だが、それでは脳がショートするんじゃないか?」

「はい。普通の人間は何かの作業を追加しようとすると、他の作業の精度も欠いていきます。なので我々は神経で操作するのではなく、別の媒体を介し、その操作の過程で生まれた電気信号によってそれらのことを可能にしました」

「別の媒体?」

「はい、義肢装具です」

義肢装具。一般に義手や義足といわれるような、身体における部位欠損を抱えた人が装着し、日常生活を問題なく過ごせるようにするためのものである。

現在では開発も進み、欠損した部位の末端の神経に接続することで、本来の手足に近い動きをさせることも可能になっている。

しかし、それでは脳のメモリを圧迫する問題は解決していないように思える。

「義肢装具、他にも義眼などの欠損部位を補うものも含みますが、それらを動かすときに神経系から伝達してきた電気信号を読み取る必要が生まれます」

ルショウが説明を続けていく。

「それらの電気信号の中で、特定の順序で流れてくる電気信号を解除コードに設定し、能力を発動させられるようにした。それが我々の行った身体拡張です」

「身体拡張……」

なぜだろう、聞き覚えのある気がする言葉だ。

「本来の身体拡張の持つ意味はもっと広いですがね。特にこの方法で実現した身体拡張を我々は分かりやすくエンハンスと呼んでいます」

エンハンス、Enhance──強化とか増大とかそういった意味だ。

まさしく新たな能力を加えるというのにぴったりな言葉だろう。

そうだ、思い出した。大学の研究で盛んに行われている研究に人間拡張というものがあり、身体拡張もその中の一つだったはずだ。

確かその教授たちが行った一般生徒を対象とした講義の中では、本来の人間の持つ能力の補完・向上、新たな獲得を可能とする技術といった説明がなされていた。

そこでも新たな能力の獲得は脳のメモリを圧迫するという話だったし、それを解決したエンハンスという技術はやはり画期的なものなのだろうか?

「エンハンスはかなり我々の世界では開発の急がれる技術となりました。しかし、一番の問題は義肢装具をつけないといけない、つまり身体のどこかの部位欠損が無くてはならないという点にありました」

かなり難しい問題だ。新たな能力を得るために身体のどこかを失ってないといけない。

中々ハードルの高い話だ。

「基本的には元々部位欠損を抱えていた者たちが選ばれているはずですが、それでもある程度の即戦力とは成り得ても、優秀であるとは限らない。まだまだこの世界は人材が足りていない発展途上なのです。この能力を手に入れるために自ら手足を切断する者や無理矢理切断された者まで現れる始末です」

なんともおぞましい話だ。

「そんなことまでこんなところで話してよかったのか?」

レイフ君が問う。

確かに一見和やかな会話に見えるかもしれないが、実際は警官とルショウの組織がにらみ合っている状況だ。

警官たちに聞かせても良かったのだろうかとは思う。

「ええもちろん、どうせ今のところ触りしか話していませんし、Yeem社や何より肝心の私の能力については──」

「おい! どうなっている! なぜ動きや連絡が何もない!」

倉庫の入り口が開かれ、階級の高そうな袖章をつけた警察官が入ってくる。

そちらをルショウはチラッと見て腕を向ける。

そのまま素早く手を動かしたかと思うと、薄く嗤った。

「そう、どうせ何も記憶に残らないのですから」

次の瞬間、目の前の景色が白一色に染まった。

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