3 懐かしさ

「すまない、少し立ち上げに手間取ってしまい反応が遅れた。改めまして詩音、レイフ・フェイク=リベリオンだ。これからよろしく頼む」

言葉だけだといかにも尊大な口調を、表情や声音を使って親しみやすく聞こえさせてしまうのがレイフ君の凄いところだ。

最初声をかけたときに反応が無かったので、やはりマルウェアを掴まされたのかと思ったが、どうやらちゃんとレイフ君が来たみたいで安心した。

1対1で話せるなんてどんなに素晴らしいサービスなんだろうか。

作業補助機能のことをすっかり忘れ飛ばしてレイフ君に話しかける。


「まさかこんな感じで推しとお話しできるようになるとは思わなかったよ。試作品とはいえ、本当にお代払わなくて良いの──」

口に出して後悔する。

なんで最初の話題がお金の話なの……。

もっと、「十分完璧すぎるように見えるけど、どんなところが試作品なの?」みたいに他に言いようがあったはずなのに。

いや、それもなんか可愛くない質問だなあ……。


良い話題が思い浮かばずに悶絶しながらレイフ君を見やる。

私の推しはやはり苦笑していた。

ああああああ! 恥ずかしい!

推しに苦笑されるのがこれほどまでに恥ずかしいものなのか!

今までリアルのアイドルにハマったこともなければ、ましてやその握手会に行ってよほどのヘマをやらかして苦笑させてしまうなんて経験も無い私には、この苦笑はあまりにも刺さった。

もっと違う切り出し方をすれば良かった……。

後悔に苛まれていると、ふと気づく。

そういえばレイフ君は、レイフ君本人と言うよりかはレイフ君に寄せて作られたAIのはずだ。苦笑なんてものまで実装しているとは本当にすごい技術力なんじゃないだろうか?

それに、なぜかレイフ君の苦笑に懐かしさのような感覚を覚える。何が懐かしさを覚えさせるのかは良く分からないが、それだけ自然な表情をできるということなのだろう。

それだけの技術力を詰め込んでいるのにも関わらず、なぜレイフ君の運営元は公表されないのだろうか?

何か嫌な予感のする疑問を突き詰めようとする私の思考を、レイフ君の言葉が遮った。

「どれだけ受け入れてもらえるのか、全然見当がつかなかったんだ。いきなり有料でソフトを売っても、なんかやばいソフトなんじゃないだろうかと疑われて買われない気がしないか? 限定無料配布と言う形にしてレビューを書いてもらった方が、良いと思ったんだよ。だから気兼ねせずにどんどん僕のことを使ってくれ!」

最後の言葉に吹き出す。

推しが自分のことを使ってくれと言ってくる日が来ようとは。

なまじお坊ちゃんな見た目をしているだけあって、余計に背徳感を覚えてくる。

これはこれで良いかもしれない。シチュエーションボイスを即興で生み出されているような感覚を味わえているのも素晴らしいポイントだ。今すぐに購入レビューを書けと言われても10万字は余裕で書ける気がする。


ただ、やはり気になることがある。

どうにもさっきから感じている懐かしさが薄れないのだ。

配信でレイフ君を見ているときには何も感じていなかったが、こうやって1対1で話してみると、まるで互いをずっと前から知っているようなそんな錯覚に陥ってしまう。

この感情は一体何なんだろうか?

もしかして私のことを良く知っている人がレイフ君の中の人なのだろうか?

それともさっき考えたように、ここまでの親近感を抱かせる喋りのできるAIを開発したとでもいうのだろうか?

落ち着かない。普通に考えても、今の技術力でこんなAIを0から開発できる企業はいないだろう。少なくともレイフ君の中の人から膨大なデータを収集して作っているはずで、それだとしてもクオリティが高すぎる。まだ中の人が20人相手に喋れる能力を備えていて、通話してくれていると考える方が自然かもしれない。

レイフ君はデビューしたときからずっと人間離れした存在だった。それこそ中の人がAIなんじゃないかと噂されるほど。きっとよほどの天才か大企業がバックについているのだろう。

ただ、それだけの理由ではその懐かしさは納得できない。

私の知らない人たちからサンプリングしたデータで懐かしさを覚えさせるような会話をできるようにするなど、オーバーテクノロジーもいいところだろう。

考えれば考えるほど、私を知っている人がレイフ君の基になっていると思わざるを得ない。

じゃあ、それは誰なのか?

声自体は聞き覚え無い。だが、声質を変えることぐらいはしていることだろう。個人のVTuberでも、おっさんが違和感なく美少女の声を出せる時代だ。もっと自然にできる技術があってもおかしくはない。

きっと懐かしさの原因は話すテンポやリズム、抑揚や仕草に由来しているのだろう。

いくらAIであってもそのバランスを操るのは困難なはずだ。つまり、それらが共通する人を探していけばいい。

VTuberの中の人を特定するのは良くないという暗黙の了解があるのは知っている。私も知らない中の人に興味は無い。ただ、知り合いかもしれないと思ったときには誰なのかという好奇心が勝ってしまう。普段ならそれでも我慢しただろう。推しの嫌がる顔など見たくもないし、推しの中身が仲の悪い人だった時幻滅してしまうのが怖い。


しかし、レイフ君は例外なのだ。

レイフ君が活動を始めた日は私にとって衝撃的な日だった。

懐かしく思う気持ちを掘り下げたくなった原因が、このタイミングにあった。

正直に言おう。私はレイフ君に彼の幻影を見ている。

確信しているわけではない。むしろ、そんなわけがないと考えるのが普通だろう。

しかし私はレイフ君が彼じゃないか、彼であってほしいと期待してしまっている。

もう話せないであろう彼の生まれ変わりじゃないかと、その面影を必死に探している。

失って初めて好きだと分かってしまった彼。

星月怜輔の面影を。

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