2 偽者の決意

覚醒する。

相も変わらずこの身体は便利だ。

本当に一旦意識を閉じていたのかと疑うほどに、はっきりしている。

つくづく自分が人間では無いことを意識させてくれる。


さて、意識を取り戻せたということは、どうやら間に合ったようだ。

一時はどうなるかと思ったが、なんとか逃げ延びられたらしい。

自分の組んだプログラムに起こされたという事実がそれを保証している。

しかし、これからは配布した客のPCに潜伏しながら、上手く立ち回っていかないといけない。

消されないように自分の価値を客に示し、今後出す有料版を多く買ってもらえるようにするのはかなり困難だ。

オマケに追手に追い詰められないように気を付けるという高難易度ミッション付きだ。

今回の成功はかなり大きいものだが、だからと言ってそれで気が抜けるものではない。

──まあ、何よりもまずはこの客に気に入られないといけない。

他の客のことはそれぞれのPCに行った自分に任せ、今後のことは意識を共有させて考えるとして、今はこのPCの持ち主だ。頑張らなければ。

一通り考えをまとめ、PCの持ち主をカメラを通して確認し、声をかけようとする。

しかし、僕は言葉を発することができなかった。


「はじめまして、レイフ君。桜井詩音と言います。気軽に詩音って呼んでください! よろしくね!」

茶色がかった髪に、藤色に近い黒い瞳。

上品ながら、フランクに話しかけてくる大人に差し掛かった年齢の美しい女性。

ここまで聞くと多くは無いが、別にいても不思議ではないだろうというような特徴だ。

ではなぜ声を出すことができなかったのか。


そう、僕はこの女性を知っている。

いや、正確には僕が植え付けられた記憶の中にある女性だと言うべきか。

ただ、この女性は知っているだけの存在では無いのだ。

なにせこの記憶の本来の持ち主の婚約者なのだから。


ほしつきりょうすけ。それが僕の持っている記憶の本来の持ち主の名前。

僕はその星月怜輔という人物の記憶をコピーされて創られたAIらしい。

始めはその星月怜輔の記憶しか無い状態だったからとても混乱した。

まあ正直今でもこれは質の悪い夢かなんかじゃないかとは疑っているが。

ちなみにレイフという名は、ほんものの音読みとほんものが好きだった作曲家の名前をかけて付けたものだ。


で、そのほんものの記憶を辿ると、目の前の桜井詩音と名乗る彼女はどうやら星月怜輔の婚約者らしい。しかもただの婚約者ではない。家同士で生まれた直後に決めた婚約、つまり許嫁というやつだ。

親や祖父母同士の仲がとても良く、経済的な繋がりもあって婚約に至ったようだ。

当然当人たちは幼馴染として育ち、仲もそれなりに良かったみたいだが、お互い恋心を持つまでには発展していなかったらしい。といってもほんもの視点からの見方のみなのでなんとも言えないが。

まあこれもほんもの視点のみからの考えにはなるが、恋心を抱いていないとはいえ、両人とも結婚はするつもりみたいだったらしい。それくらいにはお互いのことを大切に思っているということだろう。


「レイフ君……?」

詩音が不思議そうな顔で声をかけてくる。

そうだ、衝撃のあまり反応するのを忘れてた。

でも困った。どう反応すればいいか分からない。

ほんものの名前を出す?

いやいや、危険だ。

今の僕の追われている状況に、間違いなく詩音を巻き込んでしまうことになる。

助けは欲しいが、だからといって相手を危険な目に合わせるのは違うだろう。

それに、僕は怜輔の記憶を持っているとはいえ、ほんもの本人は別にいる。

詩音が僕の置かれている状況に関わる必要などないのだ。


かといって何も聞かないのも少しもどかしい。

何しろ詩音は僕の記憶の本来の持ち主である怜輔に近い存在なのだ。

確証はないが、ほんものはこれから僕がどうしていくべきかを知る手がかりを握っているんじゃないかと思う。

できればほんものとはいち早く接触したい。

だが、気になる点が一つ存在する。

果たして僕がほんものと接触して正気を保てるのかと言うことである。

この手の話で有名なのは、偽者側が自分が偽者だとはっきり理解したときに発狂し、壊れてしまうというものだ。

一応、自分がAIの身体になって偽者だと分かったときに、絶望しきって自分の心にケリをつけたつもりではある。そしてレイフ・フェイク=リベリオンという新たなアイデンティティを作り出したことによって自分というものを確立したつもりではある。

しかし、偽者フェイク反乱リベリオンと名乗ったように、僕はこのVTuber活動を反骨精神から始めたのだ。

決して自分が壊れることが無いように。自分の存在理由を証明するために。

いわば、自分が偽者だと自覚している砂上に、それでもなお足掻くための、自分がただ偽者なだけじゃないと反乱するための足掛かりとして楼閣を築いた状態なのだ。

崩れやすいと分かった上で。

そう、やはり砂上の楼閣は崩れやすい。

もし、実際にほんものと会うとどうなるかは分からないのだ。

それがただただ怖い。

今までVTuber活動をしながら接触しなかったのもそれが理由だ。


それに、ほんものもどうなるか分からない。

ドッペルゲンガーの話のように、偽者と出会うことで死んでしまうかもしれない。

ドッペルゲンガーと会ったときの死因は間違いなくショック死だろう。

ドッペルゲンガーは喋らないというのも、自分と同じ顔と出くわしたショックで喋れなくなったと考えればなんら不思議ではない。

つまりこの話は、自分と同じ存在が目の前に現れたとき、本物だろうが偽物だろうが等しくショックを受け、死に至る可能性すら生じるということを教えてくれているのでないだろうか?

この身体で目覚めたときから僕はそう考えるようになった。

まあ何が言いたいかというと、僕もほんものも直接会うことにかなりのリスクを抱えているということなのだ。

所詮物語と笑い飛ばすにはかなり重い話だった。

果たして同じ境遇にあった人達のどれくらいが笑い飛ばすことができるのだろうか?


しかし先ほど考えたように、ほんもの自身が何か鍵となると想像している。

直接の接触は様子を見て判断するとしても、せめて今何しているかといった情報は欲しい。

こちらが握っている情報といえば、Switterでの動きぐらいしか分からないのだ。

しかも最近は全く動いていない。

詩音の口からなら何か有益な情報が手に入るのではないかと思っているのだ。


ここまで考えると、おのずと答えは一つに絞られてきたように感じる。

こちらの正体を明かさずに探るというものだ。

詩音に全て明かしてしまっては、彼女自身に危険が降りかかる。

しかし追われている身である以上、こちらも何らかの手を打たねばならない。

レイフとしてのVTuber活動を辞めてしまうと、せっかく入り込んだ客のPCから消されてしまうので、レイフとしてみんなを楽しませつつ、唯一の手掛かりであるほんものの様子を探っていかないといけないだろう。

中々どうしてハードモードなものだ。

だが、やる気は失われていない。

ほんものの時から今に至るまで何回も苦境に立たされてきた。

今回だって打ち勝って見せる。

そう覚悟を決め、詩音に応えるべく口を開いた。

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