奴は四天王の中でも最弱

内山 すみれ

奴は四天王の中でも最弱


 異例の出世を果たしてしまった。私は何の強さもないミノタウロスの亜人だ。それも、人間が食用として品種改良した種族の末裔だ。種族の経緯から、私達ミノタウロスは他の魔物から忌み嫌われていた。そのため、私達家族はひっそりと暮らしていたのだ。当然、強さなどはない。

 なのに。それなのに。この私が、四天王になってしまったのだ。しかも魔王様直々の命令らしい。本来、四天王は強さを基準に、他の魔物の支持を得て昇進をするものだ。誰の支持もなしに魔王様の命令で四天王になるなど、前代未聞だ。他の四天王から睨まれることは必須だろう。

 それに、だ。面識のない魔王様の命令とは一体どういうことだろう。まさか、こうしてヘイトをミノタウロスに集めて絶滅させようと企てておられるのだろうか。人間に飼われた下等種など、生きている意味はないとお考えなのかもしれない。それは、あり得る。大いにあり得る。そうか、私はヘイトを集める的として昇進したのか。そう思うと全てが腑に落ちた。悲しいことだが。






 他の四天王からの鋭い視線が突き刺さる。魔王様のヘイト活動は順調のようだ。私は身を小さくして、魔王様の登場を待つ。今日は四天王と魔王様の作戦会議があり、私は一番に到着し席に座っていた。何も、張り切っているわけでは決してない。四天王になりたてのミノタウロスが遅刻など、更にヘイトを集めてしまうと思ったからだ。

 靴音が響く。周りの四天王が身を正した。どうやら、魔王様の登場のようだ。私も背筋を正して魔王様の登場を待つ。


「やあ、皆。待たせたかな?」

「「「いいえ、時間通りです!」」」


 彼らは魔王様の言葉に即座に返す。私は言いそびれてしまった。


「おい、新入り。挨拶ぐらいしたらどうだ」


 四天王の一人が睨みながら言った。私は震える唇で挨拶をする。


「は、はは、初めて、お、お目にかかり、ます。み、ミノ子と、申しましゅッ!」


 噛んだ。死にたくなりながらも、頭を下げる。ちらりと魔王様を仰ぎ見ると、魔王様は眉間に皺を寄せていた。挨拶があまりに粗末だったからだろう。こ、殺される……。そう思っていると、頭に何かが置かれた。


「……え?」

「まあまあ、緊張しないで。リラックスしていいよ」


 先程の表情とは一転して、魔王様は笑みを浮かべて私の頭に手を置き形を確かめるように撫でている。私は全身が凍り付くのを感じた。これは、俺はいつでもお前の頭を潰せるぞ、という警告なのだろう。


「は……はい、ありがたき、お言葉……。胸に、染み入ります……」

「ああ、そうだ」


 魔王様は他の四天王の方を向いた。


「紹介がまだだったね。彼女は新しく四天王として加わってもらったミノ子さんだよ。ただ、戦闘要員ではないからよろしく頼むね」

「……あの、質問を許可していただけないでしょうか」


 四天王の一人がおずおずと声を出した。


「ああ、いいよ」

「ありがたきお言葉に感謝致します。その、『戦闘要員ではない』とは、一体どういうことでしょうか?」

「そのことね。彼女には、僕のモチベーションを高めてもらうために来てもらったんだ」

「「「「え?」」」」


 四天王の言葉が重なる。初めて意気投合できたような心地だ。


「僕ね、ゆくゆくは、ミノ子さんの旦那さんになりたいなあって思っていてね」

「「「「え?」」」」


 他の四天王が私を見つめるが、私だって初耳だ。反応の仕様がない。


「だから、ミノ子さんを傍に置いて、僕の気持ちを鼓舞したいんだ。必ず人間を滅ぼして魔物だけの世界を作るよ。そうしたら、僕達、結婚しよう」


 魔王様は笑みを浮かべて私の手を取った。


「え?あ、あの……」

「なんだい?」


 拒否権は、と言おうとして口をつぐむ。これを言ってしまったら魔王様の逆鱗に触れるかもしれない。それは避けたい。つまりは、拒否権などないわけで。


「なんでも、ないです……」


 四天王の目が嫌悪から哀憫となって私に向けられる。


「良かった!じゃ、そういうことだから。よろしくね」


 自分の未来が強引に決められてしまった。それからの会議は耳に入って来なかった。私は一体何をしてしまったのだろうか。魔王様の風貌に見覚えはないのだけれど……。


「あ、ミノ子さん」

「は、はいッ!」


 会議が終わると、魔王様からお声をかけられた。思わず声が上ずってしまう私に、魔王様は笑みを浮かべた。それは愛しい人を見るような、柔らかく優しいもので、私は思わず心臓が跳ねる。


「そうかしこまらないで。この後、少しいいかな?」

「だ、だだ、大丈夫、です」

「実はね、少し話があるんだ。付いてきてくれるかな」

「は、はい。分かりました」


 魔王様は笑みを深める。私は後に、彼の異常とも言える執着心を目の当たりにすることになるのだった。


Fin.

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