47. 協力者
有象無象の夜虫の鳴き声は相変わらず節操がなく、「そうか」と、月代さんのごちるような声が、環境音に混ざり合います。
「だから、だったんだね。柴崎さんが、ちゃんと天津くんに告白したいと考えていたのは、フラれちゃった過去を『なかったコト』にしてしまったから。そのままにしてはいけないと強く思っていたから――、だったんだね」
彼の声が緩やかに私の耳元に届けられ、私は再びコクンと、力なく頷きました。
「ふつう、受け入れたくない現実を突き付けられたとしても、人はソレから目を背けるコトはできません。どんなに辛くても、ソレを受け入れて、前を向いて生きて行かなければなりません。……けど、私はそれを『なかったコト』にしてしまったんです。ゲームのリセットボタンを押すように、都合の良い現実に入れ替えてしまったんです。……私は、自分を呪いました。呪って、自分を責めました。私はなんて卑怯な人間なんだろうって、そんなコトばかり考えていたんです。だから、私は今の自分を変えたかったんです。もう一度、自分の気持ちに向き合って、天津さんに告白して、例えどんな結果になろうが、今度こそソレを受け止めようって、そう、考えていたんです。そう、考えていたのに――」
私は、胃の奥からヘドロがせり上がってくるような感覚を覚えました。
エヅくように、でも私は、その言葉を無理やり吐き出したんです。
「さっきの花火大会でね、私、また『タイムリープ』、使っちゃったんですよ。私たちは二人きりになって、私は彼に告白しようとしていて――、でも、天津さんが、未だにアカネのコトを好きなんだって、知っちゃったんです。その事実が受け入れられなくて、彼の声、聞きたくなくなって――、こんな現実、見たくない、なくしたいって、リセットボタン、また押しちゃったんです。……私、何一つ成長していない。弱い自分を変えたいって、そう強く思っていたはずなのに。……やっぱり私、どうしようもなく弱くて、どうしようもなく卑怯なまま、だったん、です――」
目の奥からじんわりと、ヒリヒリ妬けるような感触がこみあがってきました。……泣いたって、何一つ問題など解決しやしないのに。私はいつだって、子どもみたいに感情をぶちまけるコトしか、できない――
「本当に、そうなのかなぁ」
涙がこぼれる寸前のところで、やけに間延びした月代さんの声が私の耳に届きました。思わず私は「えっ?」と漏らして、丸くなった目を彼に向けました。月代さんがチラッと、私を横目で流し見ます。彼はポリポリと頬なんぞ掻いており、どこか腑が落ちないような顔をしております。
「……いや、天津くんが小太刀さん好きだって話、どうなんだろうって」
私はやや興奮したように、少し語気を強くして彼に反論しました。
「どうもこうも、本人がそう言っていましたから。これ以上の根拠はありません」
「……うーん、でもさ、天津くん、僕が花火大会誘った時、訊いてきたんだよね。『お前、小太刀のコト好きなんだよな?』って――、僕はもちろん、好きだって答えた。そしたら天津くん、『よかった』って言ってたんだよ。言いながら、笑ってたんだよ。……もし彼が未だに小太刀さんのコトを好きだったとしたら、小太刀さんに未練があるとしたら、あんな表情、しないんじゃないかなぁ」
「……それは、天津さんがアカネのコトを好きな上で、でも月代さんとの仲を邪魔するつもりはない。……好きな相手と恋仲になる気はないが、せめてアカネには幸せになって欲しい。だから、今の恋人である月代さんが、アカネに対して本気なのかどうかを確かめたかった。……とか、そういう、健気な想いがあったんじゃないですか」
「……まぁ、そういう風に、考えられなくもないけどさ」
私は自分で、そこまで外れた推論を述べているつもりはないのですが、何故か月代さんは納得してくれません。彼はあさっての方向に目を向けながら、なおもボソボソと、覇気のない声で言葉を続けました。
「……なんか、おかしくない? 天津くん、柴崎さんと二人きりになった時に、小太刀さんのコトが好きって話したんだよね? そもそも、なんでそんなコトを柴崎さんに言ったのかな? わざわざ柴崎さんに伝える必要、なくない?」
「……それは――」
私は、口をつぐんでしまいました。言い返すコトができず、黙ってしまいました。
……だって、彼が感じた疑問は、私自身が一番知りたい事実でもあったから。
――あの時、天津さんがあんな話さえしなければ、こんな、コトには――
「もしかして天津くん、柴崎さんに、他にも伝えたいコトがあったんじゃないかな」
「……えっ?」
私はポカンと再び目を丸くして。
あさっての方向に目をやっていた月代さんが、チラリと私に視線を向けました。
「何か、別に言いたいことが、伝えたいコトがあって。その前段として、小太刀さんが好きだっていう話を、柴崎さんにしたんじゃないかな。……もしかして柴崎さん、彼の話、最後まで聞かなかったんじゃない?」
「それは……、そんな――」
……月代さんの、言う通りだ。
天津さんは確かに、「話が終わってない」とか、そんなコトを言っていた気がする。
……だとしたら、だと、したら――
「私、とんでもない過ちに対して、とんでもない過ちを、上塗り、してしまったのかも――」
私はゾンビのように、一人ごちるようにそう呟きました。
私の胸の中では後悔の二文字が、再びぐるぐるととぐろを巻き始めております。
マトモな思考を失った私の耳に、月代さんの声が流れました。
「……だったらさ、まだ、結論を出すのは早いんじゃない? もう一度、天津くんの気持ち、彼が柴崎さんに、本当は何を言いたかったのか、確かめてみてもいいんじゃないかな」
私は彼が言い終わるか否かのタイミングで、何かに導かれるように立ち上がりました。ゆっくりとかぶりを振りながら、自分自身に言い聞かせるように、陰鬱な声を洩らします。
「……今更そんな、都合のいいコト――、私は、自分自身に対して立てた誓いを、破ってしまったんです。もう逃げないって決めていたのに、『あの力』を、また使って」
「……いや、それはそうかもしれないけど、だとしてもこのままじゃ――」
月代さんが、私に習うようにと慌てて立ち上がりました。
私と彼の視線が交錯して――
私はおそらく、およそ体温の感じられない目を、彼に向けていたコトでしょう。
「いいんです。もう、私は諦めました」
私はクルリと、月代さんに背を向けて。彼は「えっ」と、寂しそうな声を出しました。
「例え真実が、私の認識と違っていたとしても……、私には、ソレを確かめる勇気はありません。もう、傷つくのはイヤなんです。……月代さん、アカネのコト、くれぐれもよろしく――」
それだけ言って、私はスタスタとその場から去り始めました。
歩き慣れない雪駄を無理やり踏み鳴らして、地面を擦るような音が暗がりの空間に響きます。
ふいに、背後ろから声。
いつになく大きな声で、およそ不慣れなトーンで。
月代さんが、私に言葉を投げつけました。
「……柴崎さん! 僕たち、協力者なんだよね!? 僕、十月三日まで、ギリギリまで小太刀さんへの告白、しないからね! 一人だけ抜け駆けするとか、絶対、嫌だからね!」
彼の声が、グイッと私の後ろ髪を掴んで。
――でも私は、それに気づかない振りをしました。
ギュッと下唇を噛みながら、人気の無い夜道を、暗い方、暗い方に向かって。
ただ、足を動かすだけでした。
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