41. 親友にする行為じゃないと思うんだけど


 軽快に輪舞を舞っていたクエスチョンマークがピタリと静止する。……えっ、なんで天津くんなんだろう――、と一瞬だけ疑問を持った僕だったが、やがて合点がいったように、「あっ」と声を漏らした。


「ああ、柴崎さん。天津くんのこと、好きなんだ」


 その瞬間、猫のような彼女の目が大きく見開かれた。勢いよく椅子を引いて立ち上がった彼女の顔面は真っ赤で、和人形から猿の臀部に成り下がっている。僕が柴崎さんの豹変にギョッと驚愕したのは必然であった。

 彼女はいつもの1.5倍の声量で金切り声をあげはじめる。


「そそそ、そんなにハッキリ言わなくても、いいい、いいじゃないですかかかかかっ!?」


 柴崎さんはあばあばと口を開閉させながら、キョロキョロと泳ぐ視線が定まらない。さっきまでの冷静沈着で大人びた雰囲気な彼女はどこへやら、今の柴崎さんは壊れたゼンマイおもちゃよりも落ち着きがなかった。


「あ、ゴメン。……ゴメン? 僕が謝るコトなのか? ……まぁいいや。っていうか、柴崎さん、自分で誘えばいいじゃん、部活一緒だったワケだし、僕、ほとんど天津くんと話したコトないんだけ――」

「わっ、私から誘うなんて、そそそ、そんなことできるワケないじゃないですかかかかかっ!?」


 彼女は両腕をぶんぶんと振り回しながら、ぐるぐると目を回している。

 ……ナニコレ、おもろっ――


 僕はすっかり全身の毒気が抜かれてしまい、ぶっ壊れた柴崎さんを眺めながら一人思案をはじめた。

 僕はさっきから、彼女の妙な言動や態度に引っかかっている。彼女は、自分と僕が似ているかもしれないと言った。僕も『柴崎さん自身』も、このままではいけないと言っていた。彼女が僕に話をしている最中、僕のコトを説き伏せようとしながらも、なんだか――、その質問を、『自分自身にも問いかけている』ような気がしたんだ。

 もしかしたら、柴崎さんも、自身の恋愛に悩んでいるのかもしれない。

 後悔している過去が、あるのかもしれない。だからこそ――

 それを、なかったことになんかしちゃいけないと、もう一度向き合わなきゃいけないと、

 僕に自分の姿を重ね合わせるコトで、……そう、感じたのかもしれないな。


 僕は、僕の中で、衝動がせりあがってくるような感覚を覚えた。

 眼前にいる柴崎さんは、恐ろしく小柄で、華奢な少女だ。

 そんな柴崎さんが、このままではいけないって、そう強く感じて、自らの殻を破ろうとしている。


 すべては僕の推測で、もしかしたら、的外れな妄想なのかもしれないけど、

 それでも、僕は――



「いいよ」


 気づいたら、僕はそう返事をしていた。なんでもないように、今晩のおかずを確認された時のように。

 柴崎さんはグルグルと回していた両腕をピタリと止めて、「へっ?」と彼女らしからぬ間抜けな声を出した。


「四人で行こうよ、花火大会。天津くんは僕が誘うから。それで、さ――」


 僕はポリポリと頬をかきながら、少しはにかんだ表情を彼女に向けた。

 柴崎さんはポカンと、口を半開きにしながら未だ硬直している。


「僕、小太刀さんにもう一度告白する。本当のコトを話してみて、謝って、それでも小太刀さんが好きだって、そう言うよ。……だからさ、柴崎さんも、天津くんに気持ちを伝えてみたらどうかな? ……っていうか元々、そういうつもりだったんでしょ?」


 変なポーズのまま固まっていた柴崎さんが、だらんと腕を降ろして、ゆっくりと椅子に座り直す。テーブルに目を落としながら、「……はい」としおらしい声をこぼした。

 柴崎さんはたぶん、最初は二人で行くつもりで、自分から天津くんを花火大会に誘おうとしていたんだと思う。だからこそ、パンフレットを鞄に忍ばせていたんだ。

 だけど、その勇気が出なくて、そんなときに、僕の超能力を目撃して――


「柴崎さん」


 僕は彼女の名前を呼んでみた。柴崎さんがゆらりと顔をあげて、僕を見る。

 彼女はなんだか、遊び疲れた子どものような表情をしていた。


「ありがとう。僕はたぶん、一人で考えているだけだったら、このままなかったコトにしてしまおうと、そういう結論で終わっていたと思う。キミに、『自分がどうしたいか?』って聞かれなかったら、自分の気持ちに、向き合うコトすらしなかったと思う」


 僕はまっすぐに柴崎さんの目を見て、できるだけゆっくりと、一音一音を紡ぐような口調で彼女に言葉を届けた。僕が喋っている間、柴崎さんは呆けたような表情をしていたけど、ふいに彼女はフッと口から息を洩らして、後ろ髪をくるくると指で弄びはじめて、ボソリ、「別に、お礼を言われる筋合いはありませんよ」と、ぶっきらぼうにこぼした。そして。


「……私も、一人で気持ちを抱え込むのが、辛かったのかもしれません。誰かと一緒じゃなかったら、一歩踏み出す勇気、持てなかったかもしれません」

「赤信号、みんなで渡れば怖くない、ってやつかな。僕たち、協力者になったワケだしね」

「その例えは違う気がしますが、まぁ、そうですね――」


 ピタリ、髪を弄んでいた指を止めた柴崎さんが、照れたように僕から視線を逸らした。


「協力者がいるという状況は、存外、心強いものですね」


 彼女はどこか、安心したような微笑を浮かべていた。……柴崎さんは、心の奥底では孤独を感じていたのかもしれない。自身の恋愛の悩みを、親友である小太刀さんに相談しなかった理由はわからないけど、それができなかった以上、彼女はその気持ちを一人きりで抱えていたはずだ。

 ずっと一人ぼっちだった、僕と同じように。

 そういう意味でも、僕と柴崎さんは似ているのかもしれない。



「月代さん」


 今度は、彼女が僕の名前を呼んだ。

 柴崎さんがチラッと流し目を僕に向けてきて、僕は「何?」と簡素に返す。


「私は、まぁそれなりに、アカネのコトを好きだし、彼女のコト、唯一の親友だと思っています。けど、今のアカネをなんとかできるのは、私ではないんです。月代さん、あなただけなんです。だから……」


 彼女はあらたまるようにふぅっ大きく息を吐いて、そして一言。


「アカネの初恋を、どうか大事にしてあげてください」


 力強い声で、そう言った。

 僕たちの視線は交錯している。

 少しだけ間を空けたのち、僕は彼女に「わかった」と言った。




 柴崎さんが、「そういえば」と、何かを思い出すようにつぶやく。


「アカネのスリーサイズ、まだ教えてませんでしたね。ええと、上から――」

「――いや、いいって、ってか何でそもそも、そんなコト知ってるのさ」

「何かの弱みになるかなーって、彼女が屋上で爆睡している時にこっそり測ったことがあるんです」

「……親友にする行為じゃないと思うんだけど」


 すっかりいつもの調子を取り戻したのか、柴崎さんは、「私なりの愛情表現ですよ」とよくわからない冗談を宣っている。クスッと口角を吊り上げた彼女の表情は、イタズラ好きな小学生のようにも見えるけど、やはり、小悪魔と称す方がしっくりくるだろう。

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