第二章 九夜~ご褒美~

夜の薄暗い小屋の廊下を六太と与一に袖を引っ張られていくと、その先から明かりが見えた。

その薄明かりを指して、あそこが座長の部屋だよ、与一がはずむように言った。

後ろから来た青藍を見ると、暗がりで表情は良く見えなかったが、機嫌は良いようだった。

座長の部屋前にくると、年少のふたりは「連れてきました~!!」と元気よく声をかけ、八広を部屋へと引き込んだ。

中では、今回は座長と、六太たちと同じくらいの少年が3人待っていた。座長はニコニコとしてやってきた4人を迎えた。

「今夜は六太と与一の昇格のおひねりを出してやろうと思ってね。」

六太と与一は座長を前にいつぞやに披露したような可愛らしい笑顔と可愛らしい仕草でお辞儀をした。

八広は私までいいんですか、と遠慮がちに言うと、与一がにっこり笑って八広の袖を引っ張り、腰をかがめた八広に

「座長がね、八広さんとお話ししたいんだって。それにオレも八広さんが来てくれてうれしいから。遠慮しなくていいよ。」

とちょっと大人っぽい言葉づかいでささやいた。八広はちょっと苦笑いしたが、ありがとう、と与一に囁き返した。

3人の後輩たちは座長の手伝いをして部屋にたくさんの膳を置いた。そこにどこから調達したのか、その上にいろいろなおかずを山のように乗せていた。どれも美味しそうな匂いがしている。

子どもたちには好きなものを好きなだけ食べれるように箸と小さな皿を持たせると、おなかを空かせた子どもたちは何を食べようかと既にに目を輝かせている。

座長は六太と与一をよくがんばった、と誉め、いつも一緒に稽古をしている3人にも、あともう少し余計にがんばれ、と言うと、食べていいよ、と許可を出した。

5人はわぁっと嬉しそうに膳を囲み、小皿に色々乗せて、食べ盛りの子どもらしい食べっぷりを見せた。

八広と青藍は部屋の隅に座り、子どもたちを眺めていた。

座長の宗一郎が酒とつまみになるものを大き目の皿に取り分けてきて、人数分の箸と小皿と一緒に二人の前に置いた。

「八広さん、会ってまだ日が浅いのに付き合わせてすまないね。」

八広は恐縮で身を固くして、「こちらこそ、お誘いありがとうございます」と呟くように言った。

宗一郎は苦笑いを浮かべ、そんなに緊張しなくても、と笑った。青藍も笑いながら、「宗一郎相手に遠慮する必要はないよ。気を遣われるのがコイツは嫌いなんだ」

と言うので八広が改めて宗一郎の方を見ると、人懐っこい笑顔を見せた。八広も笑顔を向けたものの、引きつったものになった。

八広からすれば、まだ昨日初めて会ったばかりの年上で、仕事上の立場も目上の相手なのだ。しかも、青藍と違い、ちゃんと大人の対応をされれば八広はどうしても仕事の顔になってしまい、緊張してしまう。

宗一郎はそんな八広に「そういえば、互いにちゃんとした自己紹介もしてなかったですね」と自分から自己紹介を始めた。

今かかっている興行の本芝居の座長を務めている宗一郎は座頭の息子で一座で一番人気の立役者でもある。

顔立ちも凛々しく、長身でガタイも良いので、舞台ではとても映える男役だ。

まだ若いが気さくで社交もうまく、常識もある。興行を成せるだけの資金を集めたり、一座を仕切るだけの度量は既に十分と皆が認めている。

細身で優美な見た目ながら、ヤンチャでハチャメチャな行動が目立つ青藍とは正反対に見えるが、二人とも芸に厳しいところは同じで、妙に気が合うのだそうだ。

青藍は徳利を傾け、お猪口に酒を注いで、宗一郎と八広に手渡してきた。

八広が受け取ると、宗一郎と青藍は軽くお猪口を目のあたりに持ち上げてから口を付けた。

八広は改めて名乗り、よろしくお願いします、とだけ言うと身内だけの酒の席でそんな堅苦しい、と笑われたが、真面目な八広はなかなか緊張が抜けきらない。

宗一郎は八広の様子を見て、オレらがこんなカッコだから気が抜けないよねと、自ら胡坐を崩し、くつろいだ姿勢になった。青藍は既に横になって、酒をあおりながら、弟子たちがじゃれ合っているのを見ていた。

「六太と与一は随分明るくなったな。ウチに来たばかりの頃はどうなるかと思ったんだけどな。」

「あぁ。元々の性質は明るいんだよ。あの頃はあいつらはあいつらなりに辛かった時期だったんだろうさ。」

「そりゃ…な。オレじゃ、どうしていいか判らなかったよ。」

「宗一郎、お前、オレにあいつらを押し付ける方法はガッツリ思いついてたじゃないか。頭を使う方向が間違ってたんじゃないのか?」

「うるせーな。お前にだけは言われたくない。で、お前、どうやったらあいつらああなったんだ?」

「ん?大したことはしてないよ。オレはいつもあいつらの背中を押してやってるだけだから。」

「どういうことだ?」

「…お前さ、いちいちオレに答えさせるなよ。たまには自分で考えろよな…。今は過去≪むかし≫を直接見てない八広がいるから説明してやるけどさ。」

青藍は軽く溜息をついて、酒を口に含んだ。

「あいつらあの年頃にしては聡いからな。状況もよく見て判ってるし、どうすればいいかも判ってるんだよ。ただ、経験が少ないからそれが正しい答えなのか解らなくて、誰かに聞きたい。でも、聞く相手を間違えると厄介だからさ、人を見るんだ。

あいつらが最初にオレの周りをウロチョロしてた時、オレをすごく観察してたみたいなんだ。オレが何するか、じゃなくて、オレがどんな奴かを見てたんだな。自分たちの話をちゃんと聞く奴かどうか、をさ。」

「ん?みんな、あいつらの話位は聞くだろう?」

「いや、違うよ。あいつらを『売られてきた可哀相な子』って目で見ないで話をきくかどうか、だよ。オレを見て、オレは他の大人と同じ対応をしない、って思ったんだろうな。」

「なるほど。お前のハチャメチャが功をそうしたのな。」

「…宗一郎、なぁーんか、棘があるな。いちいち気に障るぞ。もう少しマシな言い方はないのか?…ま、いいや。とにかく、あいつら、オレに素直に捕まって、お前んとこに突き出されても抵抗しなかったし、オレに助けてくれ、って目で見てきた。他の大人じゃ駄目だったんだろうな。自分たちの居心地が悪くなってる原因が、『売られてきた子』ってことだって思ったんだろうさ。一座の大人にも大部屋の少し年上のガキどもにも何かにつけてそう言われて、あいつらは傷に塩をぬられてる気分だったんだよ。」

八広が青藍を見ると、少し微笑んだ。

「あいつらはさ、「オレたちは可哀相じゃない。」って周りを見返してやりたかったのさ。あいつらがいじけたキッカケは大部屋芝居に出さない、って言われた事なんだが。あれも、よく聞いたら、先輩のガキに「お前らみたいな売られてきたガキには出番はない。」って言われたんだと。言われた言葉も悔しいが、何も言い返せなかった自分がもっと悔しかったって言うんだよ。だったら、何かをやり遂げてみて、自信をつけるのが一番手っ取り早いって、オレもあいつらも知ってた。オレは「その答えはオレの経験からも合ってる。やり方を教えてやるから、やってみろ」って。だからあいつらは頑張ってるんだよ。それだけの話だ。」

一息着くと、今度はちょっと渋い顔になった。

「ところがさ。最近は自信が付き過ぎたらしくて。師匠のオレに遠慮が無さすぎる。悪戯を仕掛けてはオレのせいにする、遊び仲間のガキを勝手にオレの弟子に引き入れる、今度は座長と座頭に自分らの師匠はオレ以外にいないとか抜かして、オレの仕事を増やす。ロクなことしやしない。」

「…それは仕方ないんじゃないか。青藍さんのことは師匠、というよりお仲間として見てる気がするし。」

「あぁ。オレもそう思う。芸以外はやってることがガキだからなお前は。頭ん中は十二のガキから成長してないんじゃねーの?そりゃ、同類って思うよな。」

「はぁ?お前ら、本当にオレを何だと思ってるんだよ。」


大人3人の話が一段落をしたと見たのか、六太が青藍のところにきて、何やら言い、袖を引っ張った。

3人が膳の方を見ると、膳の上のおかずはほぼ消えており、子どもたちは皆で固まってこくりと居眠りしている。朝早くから動き回って疲れているところに、おなかも満たされて、今度は眠気がやってきたようだった。いつもならもう寝ている時間でもあるので、余計だろう。

先ほど座頭から苦言を喰らった大部屋の年長組はまだ指導役の先輩役者らからも小言を喰らい、今後の策を話しているようだ。多分、まだしばらく終わらないだろう。

大部屋芝居に出してももらえなかった5人の年少組は大部屋に戻っても多分居心地は良くないだろう。

しばらく桟敷か空き楽屋に入れておいた方がよくないか?と青藍が言うと、宗一郎も頷いた。が、1階の平役者の楽屋にも、中2階の女形の楽屋にも空き部屋は無いし、一座幹部と立役者の部屋である本2階に子どもたちを寝かせるのはさすがに厳しい。

青藍が今日は自分の楽屋で子ども達を寝かせ、居室としては使っていない、今居る座長部屋を自分と八広に今夜は使わせろ、と言うと宗一郎はその手があるか、と笑って承諾した。

青藍は半分寝ている子ども達を引き連れて大部屋へ子どもたちの布団を取りに出て行った。

八広と宗一郎はなんだかんだ言いながらも面倒見のいい師匠と弟子たちを優しい微笑みで見送った。

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