脳細胞活性化薬

高黄森哉

細胞交換


「私の子供は、これで頭が良くなるんでしょうか」


 医者の下に連れられてきたのは、わんぱく小僧だった。この年齢では普通か、少ししたくらいの知能だが、親の過保護から、必要以上に馬鹿だということにされている。私はこの親子がここに来るたび、その時間を塾か宿題の消化に充てればいいのに、と思ってしまう。私もそういえば、こんな時代があったなぁ。


「さあ、なんとも」

「これをお渡しします」


 母親が手渡したのは、脳細胞活性薬だった。この薬は脳細胞の悪いところをどうにかして良いものに書き換えるという特性を持っている。ここらへんの理論が曖昧なのは、国内で流通していない未認可の薬であるからだ。この薬は本来、蜜蜂の持つ毒である。


「しかし、蜜蜂の毒なんてねぇ、それよりのびのびさせてやった方が将来のためです。私もねぇ、幼いころは庭でアリサンを捕まえて………」

「いえ、私はそんなことを聞きに来たのではありません」

「では、なんの御用で」

「薬です」


 インターネットで調べたらしい。私は何度も危険だと説明した。しかし、彼女に言わせれば、医者は全ての薬を正しく把握してないんだそうだ。そうかもしれない、実際に処方するさい、逐一調べているわけではない。テンプレートや自分の記憶に従って処方している。大学で勉強したので、あなたのそれよりかは私の判断は信頼できますよ、というのは、ヒステリーを起こさないために言わない方が賢明だろう。


「この薬の安全性をお聞きしたいのです」


 知るものか。そもそも、未承認の薬なんてどっから輸入してきたんだ。違法じゃないのか。税関は一体何をしてたんだ。


「もし、それが知りたいならば、まず動物実験を行って、人体実験をし、それでなんともなければ、といった流れになります」

「その必要はありません。ここにインターネットで調べた資料があります。ところで、この資料をお読みしましたか? 昨日、PDFにして添付しましたが」

「ははぁ、読んでなかったですねえ」

「まぁ! これだから医者は、信用できないんだわ。基礎能力が欠けてるのよ。こんな人が薬を処方してるなんて、私がやった方が世の中のためになりますわ。私ならば未認可の薬を片っ端から調べて承認して ………………」


 最近は、インターネットで簡単に情報が手に入るようになった。それが、全て本物ではないというのは周知の事実だろう。それなのに、鵜呑みにする人は何なのか。ちょっと考えればわかりそうなのに。コーラで洗浄なんて、砂糖で細菌が繁殖しやすくなりそうだ。これは例えであって、実際はもっと巧妙である。例えば、コモドオオトカゲの口内に細菌がいて、それで水牛を殺す、なんてガセ情報を信じてる人間はたくさんいる。


「いいわ、ここで人体実験を行います。みてなさいよ」


 すると、その薬を飲んだ。その薬は経口摂取でいいのだろうか。その疑問をよそに、変化が起き始めた。


「あ、あ~~~」


 彼女は倒れ込むと、喃語を話始めた。なんと、その薬の効果は本物だったのだ。私は、彼女に負けたような気分になった。そのことは誰の目にも明らかだった。薬は効果通りに、悪い脳細胞を駆逐して、良い脳細胞に置き換えてしまったのだ。彼女の全ての脳細胞を、残らず新しいものに置き換えてしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脳細胞活性化薬 高黄森哉 @kamikawa2001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

SF

裸の科学者

★0 SF 完結済 1話