アバター・ロボ

源宵乃

第1話

「高瀬課長! 遅れてすみません」

「吉岡くん! いやぁ、このコロナ禍の中、来てくれるだけでもありがたいよ」

 高瀬は、ポケットからハンカチを出すと、汗を拭きながらそう答えた。九月に入ったものの、まだまだこの福岡の残暑が和らぐのは遠そうだ。

「取引先が、どうしても技術者と直接話したいと言われてね。困っていたんだよ」

「厳格商事さんでしたっけ。あそこはどうも体質が古いですよね」

「そうなんだよ。オンライン商談には応じていただけなくてね。きみが商談に同行してくれて、本当に助かったよ」

 そう言って、部下の肩を叩いた高瀬は、小さな違和感を覚えた。昼下がりの日差しが降り注ぐ炎天下にもかかわらず、吉岡はまったく汗をかいていなかったのだ。

「吉岡くん、きみ暑くないのかい?」

「あ、今、気が付きました?」

「…?」

「これ、『アバター・ロボ』なんですよ」

「アバター…なんだって?」

「『アバター・ロボ』です。実態のわたしは在宅で、遠隔操作させてもらっています。うちの奥さん、妊娠中なので、取引先とはいえ、見ず知らずの人間に直接会うのはリスクが高すぎるでしょ」

 ロボットと説明を受けたものの、本物と寸分たがわぬ出来栄えで、一見したくらいでは、とても遠隔操作されていることはわからない。高瀬も、汗をかいていないことに気づかなければ、まさかロボットだとは思わなかっただろう。

「こんな精巧なロボット、相当な金額じゃないのか?」

「いえ、それほどでも。スマホの最新機種と同じくらいじゃないですか? 唾液からとったDNAと、スマホから写真を撮って送るだけで、簡単に作ってもらえますよ」

「え、そんなに簡単なのか?」

「これで、感染防止ができるなら、必要な投資でしょ」

「商談がまとまったら、久しぶりに中洲で一杯と思っていたんだけどね…」

「さすがに、それは『アバター・ロボ』じゃ無理ですね。屋台からオンラインでつないでくださいよ」

「ああ、そうだな。その前に、仕事を終わせよう」

 高瀬は、汗をもう一度拭くと、厳格商事の門をくぐった。

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