#007 火を伝えること

 あなたは差し出された夜食を飲食しつつ、先ほどの状況を二人に説明した。

 あなたが説明を終えると、ヒモリ氏が口を開いた。

「君はご老人から、その火とランタンを託されたのだな? そうか。それでは明日、私達にその場所を案内してもらいたい。そしてご遺体を火葬するんだ」

「いいですよ。しかし私は苦労して埋めたのに、それをわざわざ掘り返すんですか?」

「ご老人のお名前は、エイカゲン(叡火言)という。私の先生だ。私はヒモリヌシ(火守主)という。私達は、その火を守り伝える役目を持っている」彼はランタンの火を指さした。「そしてエイカゲン師は、その役目を火と共に君に託したのだ」

 あなたは咄嗟に手を振る。

「いや、そんなことを急に言われても困る。私は北へと旅しているんですから……」

「北へ行くと? それならむしろ都合がいい! どこへ行くのか? なんだ、決まっていないのか? それならば是非とも、エイカ師のご意志を継いで火を運び伝えるべきだよ! なに、簡単なことなんだ。最低限、そのランタンを持って旅しながら、各地に火を伝える。そして……そうだな、シユベルまで行ったらゴールだ。君が北へ行くというなら、それは願ったりなんだよ!」

 もちろん、あなたにはそれが何のことなのかがわからない。

「それは……その「火を伝える」ってのは……宗教のようなものなのですか」

「宗教……」ヒモリ氏は何事かを察するかのように一呼吸置く。「いいや、宗教ではない。哲学でも、科学でも、政治でもない。生活の実践だ」

「では、火を伝えるというのは、街角に立って信者を増やす……というか、見知らぬ人にこの火を分け与えるようなことをするんですか」

「いいや、そういうことはしなくていい」

「それじゃあ、同じような信者……というか、その実践をする家々を訪ねて回るようなことになりますか」

「そうだ。最低限、そうしてくれればよい。それでも学べることはあるはずだ」

 あなたはしばし考え込む。あなたの旅は、差し当たり北のほうへと向かう以外には、大した目的はない。しかしあなたは、余計な束縛を受けたくはないのである。

 ヒモリヌシ氏は、あなたの境遇を見据えながらであろう、一つの誘惑を持ちかけた。

「行く先々では、同胞達が寝床と路銀を世話してくれるはずだ。もちろん私もそうしよう」

「ほう」

 あなたは努めて冷静に応じる。しかし、次第に表情が緩んでいくのを止められない。

 ヒモリ氏は続けて言う。

「エイカ師が最期に言われた言葉は、正しくはこう言う……

 指はたきぎをすすむるに窮するも、火は伝わりて、その尽くるを知らざるなり。

 君はまさしく、この格言通りに火を伝えられたのだ。火とは、言葉であり、命でもある。火を伝えられた君が、新たに火を伝える。これは運命的なことであり、同時にごく自然なことなのだ」

 ここで、エイカゲン老人があなたに伝えようとした格言を反芻すること。

 あなたは結局、彼の勧めを受け入れることにする。

「わかりました、その火を運び伝えましょう」

「そうだ、それがいい! では、明日はエイカ先生のもとへ向かおう。カオル、お客様を寝室へ案内しなさい」

「はい。お客様、お爺様を看取ってくださって、本当にありがとうございました」

 彼女はあなたに深々と頭を下げる。元に直ると、優しげな双眸があなたを真っ直ぐに見つめた。二十歳少し前くらいの、顔立ちの整った聡明そうな娘だ。

「エイカお爺様はあなたに火を渡されて、きっとご安心なさっているはずです。今晩はゆっくりお休みください」

 #008へ進む。

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