#005 大樹の下で

 あなたは街道を歩いてルノアルを目指す。

 次第に、雲行きが怪しくなってきた。

 あなたは周りを見渡す。見通しのよい野原が広がる。街道から少し外れたところに一本の大きな樹が立っている。もしここで雨が降らなかったら、あなたは街道をそのまま歩き続けたことだろう。だが、折しも雨は降り始め、合羽を取り出すべきかどうかと迷っている間に土砂降りになった。あなたはひとまず大樹の下で雨宿りすることにした。

 樹の下に、一人の老人がうずくまっている。単に寝ているのではなく、苦しんでいるように見える。様子を見ようとしてあなたが近付くと、その老人は声を発した。

「あんた…… 頼みがある」

 しわだらけの日焼けした顔をした老人は、震える手で何かを差し出した。彼はあなたを見上げているが、目はほとんど閉じられ、あなたの姿形を捉えているようには見えない。

「俺の火を、あんたに託したい。……これを持って、ルノアルのヒモリを訪ねてくだされ」

「ルノアルは(多分)もうすぐですよ。雨が止んだら一緒に行きましょう」

「だめだ…… 俺はもう……薪を……」

 老人は切れ切れに言葉を続ける。あなたは彼の口元に耳を寄せた。

「あんたが……来てくれて……よかった。頼む、この火を……」

 老人は今わの際にあるらしい。あなたは彼の言葉に従ってその物を受け取った。それは小さなランタンで、火が灯されている。老人はなおも言葉を続けようとする。

「指は…… 火は伝わり……」

 老人はあなたの手を握りながら息絶えた。

 彼の遺品には、ランタンのほか、金属製の容器に入った灯油、いくばくかの路銀と食料、着替え、その他いくつかの旅用品があった。あなたはこれらを受け取る代わりに、相当な時間を掛けて老人をこの大樹の下に埋葬した――あるいはかろうじて土や葉を盛った。

 雨はいつしか止んだが、既に陽は落ちている。あなたは老人から受け取ったランタンに火を灯しながら、暗闇の中をルノアル目指して歩くことにした。

 #006へ進む。

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