第36話

あたしたち2人は近所の本屋へ来ていた。



まだ早い時間帯のため、お客さんの数は少ない。



その事に安堵しながら、スピリチュアルのコーナーへと向かった。



「意外と多いね」



本棚に入れられている言霊の本は、10冊以上ありそうだ。



これを1つずつ調べて行くとなると、ちゃんと購入しなければ怪しい目で見られてしまうかもしれない。



「咲紀の家にあった本を探さなきゃ」



「そう言っても、咲紀の家にも沢山あっただろ」



さすがにすべてを覚えてはいなかった。



だけど、比較的新しい本ならあたしも見たことがあったから、記憶していた。



「これだ」



それは《良い言霊、悪い言霊》というタイトルの本だった。



タイトルだけでだいたいの内容は把握できた。



本がシュリンクされていないの幸いだった。



あたしはまず目次ページに目を通した。



《良い言霊》



《良い言霊で引き寄せる》



《良い言霊で毎日が明るくなる》



「本当にこんな本にヒントがあるのかよ」



和人が隣で首をかしげている。



確かに、この本はスピリチュアルの系統が強いかもしれない。



けれど、咲紀の呪いだって目に見えないものなのだ。



本に書かれているものすべてを否定することはできない。



《悪い言霊》



《悪い言霊を使うと病気にかかる》



《悪い言霊で相手を呪い殺す》



「呪い殺す……」



あたしはそう呟いて、ページをめくった。



《悪い言霊をかけられ続けた相手は体調に変化を伴ったり、交通事故に遭いやすくなったりします》



《悪い言霊を操れるようになると、言葉を使って相手を操れるようになります》



「咲紀の日記も、こういう効果があったってことか」



和人がそう呟く。



そうなのかもしれない。



咲紀はブログやSNSを利用して、悪い言葉を吐き続けた。



それには咲紀の魂が宿り、やがて現実のものにする力を得たのだ。



「こんな記事も乗ってる。悪い言霊を跳ね返す方法」



「それ、読んでおくべきじゃないか?」



あたしたちに今必要なのは、まさしくこの情報だった。



流行る気持ちを押さえつつ、ページをめくる。



《もしも自分が悪い言霊に操られてしまったら、その時は良い言霊を使って跳ね返しましょう。



マイナスな事ではなく、プラスなこと言う。



否定するのではなく、肯定する。



特に、悪い言葉を吐いている人を褒めましょう。



そうすれば相手の言霊の能力は徐々に薄れ、やがて消えて行くことでしょう》



「これ、本当なのかな」



読んでみてもなんだか胡散臭い。



本気で呪いを解きたいあたし達に必要なのかどうか、疑わしく感じられた。



「ようは、気の持ちようって感じなんだろうな。でも、やってみてもいいかもしれない」



「どうするの?」



「書いてある通りにするんだ。良い言霊を使って事態は好転していくなら、簡単だ」



「そうかもしれないけど……」



「それに、相手の事を褒めるように書いてあったな」



「咲紀を褒めるってことだよね? もう死んでるのに、どうやって?」



その言葉に和人はなにか閃いたように目を輝かせた。



「咲紀はまだ生きてる」



「なに、言ってるの?」



あたしは顔をしかめて和人を見る。



「咲紀の呪いだよ。日記の中だけじゃなくて、ネット上にも息づいてたじゃないか」



あれを生きていると呼ぶのなら、あたしたちはネット上で咲紀を褒めればいいと言う事だ。



「……わかった。やってみよう」



こうなれば、なんでもやってみるしかない。



あたしはそう考えて、本を棚に戻したのだった。



《咲紀は本当にいい子だった》



《咲紀、イジメてごめんなさい》



《咲紀の小説は面白かった》



《咲紀には才能があった》



嘘でもいい。



なんでもいいから、とにかく沢山の褒め言葉をネットに流した。



他のサイトで自分の名前がさらされても、偽善者だと白い目で見られても、あたしは書き込みを続けた。



《咲紀のこと、大好きだったよ》



そう書き込んで、あたしはスマホをテーブルに置いた。



和人も自分のSNS上で咲紀のことを呟く回数が増えていた。



そのどれもが褒め言葉で、時には歯が浮くようなセリフもあった。



恋人に当てた言葉をもとれる内容に、あたしは思わず顔をしかめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る