第25話

「なんで……?」



こんなことあるはずがない。



目をこすりしっかりと屋上を確認する。



しかし、何度確認しなおしてみても、結果は同じだった。



ビルの屋上には遊園地などないのだ。



徐々に自分の体から血の気が引いて行くのを感じた。



このまま観覧車に乗っていてはいけないと、頭の中で警告音が鳴り響く。



ゴンドラは丁度真上辺りまで到達していて、あとは下がって行くだけだ。



「ねぇ、健太郎……」



視線は外へ向けたまま不安を払しょくするように健太郎に手を伸ばし、その手を握りしめた。



健太郎はあたしの手を握り返して来る。



しかし、その手の感触は人間のものではなく、ブヨブヨとした水風船のようだったのだ。



あたしは驚いて健太郎へ視線を向ける。



その瞬間、明日香と視線がぶつかった。



「ひぃ!!!」



悲鳴を上げて咄嗟に手をひっこめようとする。



しかし、明日香はあたしの手をつよく握りしめて離さない。



ブヨブヨとした肉の塊が、あたしの手に絡み付いてくる感覚がした。



「やめて! 離してよ!!」



明日香はニタリとした笑みを浮かべてあたしを見つめる。



「どうしたの愛菜? 咲紀の才能が羨ましいの?」



「そんなことない! 咲紀の才能なんてどうでもいい!」



「本当に? それならどうして、咲紀をイジメるの?」



「うるさい!! 黙れ!!」



明日香は声を上げて笑い始めた。



脳内に響き渡るような、不快な声だ。



観覧車はまだ止まらないの!?



そう思い、窓の外を確認した。



ゴンドラはまだ真上にいる。



「なんで……」



屋上観覧車はそんなに大きなものじゃない。



さっきから時間も経っているのに、まだ真上にいるなんてどう考えても妙だった。



「お願い……早く下ろして!!」



あたしの手はまだ明日香に握りしめられたままだ。



このままあの世へと連れ去られてしまうのではないかと、恐怖心が湧き上がって来た。



「ダメだよ愛菜。1人だけ幸せになるなんて、そんなの許さない」



明日香が立ち上がり、一歩あたしに近づいた。



狭いゴンドラの中、それだけで距離はほぼゼロになる。



明日香の穴という穴からこぼれ落ちる水は生臭く、腐敗臭を放っている。



「あ、あんたが悪いんでしょ! 健太郎と帰ったりするから!」



「違うって言ったのに、信じなかった」



「それは……っ!!」



明日香の話をしっかり聞こうとしなかったのは事実だ。



それが原因で殺してしまったことも認める。



だから……!



「ごめんなさい! 許して!!」



そう叫んだ時、明日香の手があたしから離れた。



あんなに膨らんだ手で握りしめられていたのに、あたしの手は指の形が赤く、クッキリと残っている。



荒い呼吸を繰り返して健太郎へ視線を向けた時、その顔は再び明日香に変わり、両手があたしの首に絡みついた。



「人を殺しておいて、許して? 笑わせないでよ」



明日香はケラケラと笑い声をあげ、あたしの首を締め上げる。



呼吸が止まり、体中の血が沸騰するように熱を帯びた。



「や……めて……」



明日香はあたしを見て笑っている。



あたしが苦しむのを見て、心底楽しそうな笑い声を上げている。



ダメだ。



このままじゃ殺されてしまう……!!



そう思った時、あたしは両手を明日香の首にかけていた。



こんなところで死ぬもんか。



悪霊なんて嘘だ。



自分の心が見せている幻覚だ。



負けるもんか……!



明日香の首にかけた手に、グッと力を込めた。



明日香は意表を突かれたように目を丸くし、両手の力を緩めた。



その隙に、あたしは大きく息を吸い込んだ。



肺一杯に空気を送り込み、そしてまた手に力をこめる。



立っていることができなくなった明日香は、後ろの椅子に崩れ落ちた。



それでもあたしは手の力を緩めない。



悪霊はここで殺してしまわないといけない。



殺してしまえば、もう二度と出てこないだろうから。



明日香が苦し気に身もだえし、助けを求めるようにあたしに手を伸ばして来た。



「もう1度死ね」



あたしは冷たい声でそう言ったのだった。

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