第22話

《愛菜:締め切りには間に合わせる。それより2人とも、明日香のことは誰にも言ってないよね?》



そのメッセージの返事はすぐには来なかった。



迷うような時間が流れて行く。



ほんの数分待つだけなのに、全身から嫌な汗が流れて行った。



《修人:言うわけないだろ》



《和人:俺も》



そのメッセージにあたしは息を吐きだしてスマホを置いた。



明日香のことは誰をしゃべっていない。



遺体も見つかっていない。



でも、捜索願はすでに出されている可能性がある。



そうなると、学校まで捜査の手が伸びる日も近いかもしれない。



特に、同じ文芸部だったあたしたちは明日香に近い場所にいる。



何か聞かれたりすることもあるかもしれない。



そうなったときにボロを出さないためにも、綿密な嘘を考えておいた方がいいかもしれない。



あたしはそう思い、そのまま目を閉じたのだった。


☆☆☆


明日香を殺してしまった日から、あたしはしっかり眠ることができなくなっていた。



人1人殺しているのだから、安眠できなくて当然だった。



しかし、この日夢に出て来たのは明日香ではなく、咲紀だったのだ。



咲紀は汚れた制服を身に着け、髪の毛もボサボサの状態であたしの前に立っていた。



それは、生前イジメていた姿そのものだ。



その姿をみていると、またイジメてやりたいという気持ちが湧いてくる。



「才能もないくせに、調子乗んなよ」



あたしはそう言い、夢の中の咲紀に手を上げた。



頬を打つ感触も、横倒しに倒れる咲紀も、生前と何一つかわらなかった。



咲紀は怯えた目であたしを見つめる。



涙を浮かべて「もうやめて」と懇願する。



それを見ると更にイジメてやりたくなるのだ。



もっともっと傷つけ、痛み付ければ作品を作ることをやめるのではないか。



そんな気持ちが強かった。



倒れた咲紀に近づいた時、咲紀は身を縮めて今までにない怯え方をした。



目を見開き、まるで魔物でも見るかのようにあたしを見上げている。



「なんだよその顔。そんなにあたしが怖いか?」



そうだよね。



だからこそ、咲紀は自殺したんだ。



そう思った時だった。



咲紀の目に何かが映った。



それはあたしではなく……後ろに立つ、明日香を映し出していたのだ。



ハッと息を飲んで振り返ると、そこには体がブヨブヨに膨れ上がった明日香が立っていた。



目や耳、鼻の穴から水がこぼれ落ち、足元を濡らして行く。



「愛奈ぁ……」



ゴボゴボと水を吐きながらあたしの名前を呼び、手を伸ばす明日香。



しかし、その手は途中で止まった。



明日香の体にはブロックが括りつけられていて、動く事ができないのだ。



膨れ上がった明日香の顔は、ふやけた頬肉のせいで目が埋もれてしまっている。



それでも、あたしへ向けて手を伸ばし続ける明日香。



「愛奈ぁぁ!!!」



「来ないで!」



咄嗟に、近くになった物を握りしめていた。



それを思いっきり明日香に投げつける。



ソレは膨れて柔らかくなった明日香の体に深く食い込み、明日香は倒れ込んだ。



「あたしの日記……」



咲紀が呟いた。



あたしが握りしめて投げつけたソレは、咲紀の日記だったのだ。



ただのノートであるそれは、まるでコンクリートのように重たかった。



「大事な日記……」



咲紀はボロボロの姿で日記に手の伸ばす。



「なんだよお前ら……あたしの前に出てくんな!!」



あたしは大声で叫び、そこでようやく悪夢から目が覚めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る