第21話

それから、明日香は何度もデートの邪魔をしてきた。



健太郎の顔が明日香に見えたり、お客さんの中に明日香が紛れていたり。



あたしはその度に強く頭を振り、自分の幻覚をかき消した。



「結構遊んだなぁ」



ジュースを片手にベンチに座り、健太郎がそう言った。




あたしもその隣に座って、冷たいオレンジジュースをひと口飲んだ。



乗り物には沢山乗ったけれど、明日香の顔が気になって心から楽しむことはできなかった。



ストレスが発散できると思っていたのに、逆効果だったかもしれない。



「疲れたか?」



心配してそう聞いてくる健太郎の顔を、まともに見ることもできなかった。



「ちょっとだけね」



そう返事をして空を見上げる。



朝は雲1つ無い空だったけれど、今は雲が出てきているのがわかった。



それでも、晴れていることに変わりない。



「飲み終わったら観覧車でも乗るか」



「そうだね」



本当は観覧車から夜景を見下ろすと綺麗なんだろうけれど、そこまで待っていると遅くなってしまう。



昼間の観覧車から見える景色でも、きっと綺麗だろう。



「そういえば、最近明日香と連絡取ってるか?」



そう聞かれて、あたしは自分の顔から笑顔が消えて行くのを感じた。



健太郎の顔が、一瞬にして明日香の顔に切り替わって見える。



「……なんで?」



「なんでって、無断で学校を休んでるんだろ? 気にならないのか?」



そう聞かれて、あたしは左右に首を振った。



「別に、気にならない」



そう言うと、明日香の顔をした健太郎が、呆れたような笑顔を浮かべた。



「なんだよ、同じ文芸部なのに白状だなぁ」



そう言ってあたしの頭に手を伸ばす健太郎。



あたしは咄嗟にその手を払いのけていた。



驚いた明日香の顔が、ゆっくりと健太郎に戻って行く。



ダメだ。



こんなんじゃストレル発散どころか、デートを楽しむことだってできない。



あたしは大きく息を吐きだした。



「ごめん健太郎。今日はもう帰りたい」



あたしは諦めてそう言ったのだった。


☆☆☆


「本当に大丈夫か?」



途中でデートを切り上げてきて、家まで送ってくれた健太郎はまだ心配してくれている。



今のあたしは相当顔色が悪いのかもしれない。



遊園地で見る人見る人すべて明日香に見えるのだから、そうなっていても不思議じゃなかった。



「ちょっと疲れただけだから大丈夫。観覧車に乗れなくてごめんね」



あたしはそう言い、家に戻ったのだった。


☆☆☆


自室へ戻ったあたしはすぐに部屋着に着替えてベッドに寝転んだ。



目を閉じると明日香の死に顔が浮かんできて、心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。



どうすれば明日香の呪縛から解放されるだろうか。



そう思い、スマホを手に取った。



明日香の呪縛にかかっているのはあたしだけじゃない。



あの2人も同じことだ。



《愛菜:今なにしてる?》



《修人:別に、ボーっとしてた》



すぐに来た返事にホッと息を吐きだした。



事情を知っている仲間と連絡が取れるだけで、安心できる。



《愛菜:修人、作品は?》



《修人:そんなの、書けるわけねぇだろ》



小説を一本書くには、想像以上の精神力がいる。



少しでも集中を妨げるような出来事があれば、手が止まってしまう人は多い。



修人は特にその傾向が強かった。



《愛菜:そんなんじゃコンテストに間に合わないよ》



《和人:愛菜は進んでるか?》



和人だ。



あたしは原稿用紙が入っている鞄を見つめた。



残念ながら、今日はほとんど進んでいない。

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