第18話

「この前はごめん。なんか、変な誤解させちゃって」



翌日、あたしは健太郎にそう声をかけられた。



「え?」



なんのことだろうと瞬きをしていると「明日香のこと」と、言われた。



明日香の名前が出た瞬間、ドクンッと心臓が大きく跳ねた。



嫌な緊張感が体を駆け巡り、喉が渇く。



だけどあたしは笑顔を張り付けていた。



健太郎はなにも知らないのだから、怯える必要はない。



「一緒に帰ったのは事実だけど、明日香に聞きたいことがあったから待ってただけだから」



「聞きたいことってなんだったの?」



「その……愛菜のこと」



そう言って顔を赤らめる健太郎。



「あたしのこと?」



眉を寄せてそう聞き返すと、健太郎は頷いた。



「最近部活が忙しそうだけど、どうなのかなって思って」



そう言われて、あたしは肩の力を抜いた。



なんだ、たったそれだけのことだったのか。



「そんなのあたしに直接聞いてくれればいいのに」



「そう思ったんだけど、愛菜、本当に忙しそうだったから、なかなか聞けなくてさ」



健太郎はあたしに気を使ってくれていたみたいだ。



そんな健太郎が可愛く見えて、あたしはほほ笑んだ。



「ごめんね。どうしても参加したいコンテストがあって、締め切りが近いの」



「うん。明日香から聞いた」



「でも、もうだいぶん書けたから、今度の休みは遊びに行けるよ」



あたしがそう言うと、健太郎はパッと目を輝かせた。



「本当か? 無理してないか?」



「無理なんてしてないよ」



あたしはそう言って笑った。



そう言えば最近は色々なことが起こり過ぎて、デートもあまりできていなかった。



だから健太郎は気にしてくれていたようだ。



「次のデート、どこ行きたい?」



「そうだなぁ……。久しぶりに遊園地とかがいいかな」



遊園地なら1日遊べるし、健太郎との時間を楽しむことができそうだ。



「わかった! 遊園地な!」



健太郎は本当に嬉しそうにそう言ったのだった。


☆☆☆


次の休日、机に向かって原稿を進めていたあたしは大きく息を吐きだしてスマホを確認した。



朝の9時半だ。



健太郎との約束時間は11時で、その前に少しでも原稿を進めておこうと思ったのだ。



咲紀の日記にはもう頼れないけれど、最初から自分で作った作品じゃないので、筆の進みは鈍かった。



1時間机にかじりついて原稿用紙1枚半しか進んでいない。



ここまでスローペースな執筆は初めてだった。



あたしは軽く舌打ちをして原稿用紙を学校の鞄にしまい、着替えを始めたのだった。


☆☆☆


外へ出るととてもいい天気だった。



雲1つない日本晴れだ。



さっきまでの沈んだ気分が一気に晴れて行くようだった。



筆が乗らない日なんてこれから先いくらでも出て来る。



このくらいのこと、気にしていても仕方がない。



そう思い直し、健太郎との約束場所のバス停へと急いだ。



「おはよう愛菜」



約束の5分前に到着すると、健太郎はすでに来ていた。



いつもながら、私服姿の健太郎もカッコいい。



特別着飾っているわけじゃないのに、背が高いから様になっているのだ。



「おはよう健太郎」



これからバスに揺られて30分ほどで遊園地に到着する。



思いっきり楽しんでストレスを発散して、明日からまた頑張ろう。



あたしはそう思ったのだった。

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