第16話

あたしはいつも通り自分の机に座り、原稿用紙を取り出した。



コンテストの締め切りまであと3週間ほどだ。



早く清書してしまわないといけない。



そう思い、膝の上で沙希の日記を取り出す。



その文章を読みながら書き進めようとしたとき、ふと手が止まった。



先の日記には美春が電車の事故で死ぬことが書かれていた。



じゃあ、明日香のことは……?



そう考えると、あたしの頭の中は真っ白になっていた。



もし、明日香のことまで書かれていて、その通りになっていたとしたら?



自分の心臓が早鐘を打ち始めるのを感じる。



そんなことあり得ない。



電車の事故なんて全国で起きているし、それが偶然一致しただけだ。



自分自身にそう言い聞かせるけれど、緊張状態は続いていた。



そんなに気になるのなら、日記を確認すればいいだけだ。



もうすこし先を読み進めればすべてがわかる。



あたしはゴクリと唾を飲み込み、咲紀の日記を両手に持った。



手のひらにはジットリと汗が滲んできている。



大丈夫、大丈夫。



そんな非現実的な話、あるわけがない。



あたしが少し敏感になっているだけだ……。



そう思いながら、日記のページをめくっていく。



震える指先でページをめくったそこに書かれていたのは……。



《明日香は部活のメンバーに暴行を受けて、そのまま死んでしまう。



その遺体は学校裏にある川に沈められるのだった》


☆☆☆


息が切れて全身から汗が噴き出して来る。



それでもあたしは走っていた。



咲紀の日記を確認したその瞬間、これは咲紀の呪いだと気が付いた。



この日記に書かれているすべての出来事は現実に起こって行くのだ。



それを止めるためにはどうすればいいか……。



立ちどまった先に見えたのは、学校の近くにある神社だった。



あたしは荒い呼吸を繰り返しながら石段を上がって行く。



あまり参拝者がいないのか、左右を山に囲まれた石段は草木に覆われている。



こんな神社で大丈夫だろうかと不安になったが、最寄りの神社がここだった。



長い石段を登り切り、あたしは鳥居をくぐった。



境内には誰の姿も見えない。



正月やイベント事の日には開けられるのだろうけれど、社務所も閉じたままだ。



「すみません! 誰かいませんか!?」



森の中に自分の声が響き渡る。



周囲は静かで、動物のなき声1つ聞こえてこなかった。



徐々に汗が引いて来て、寒さを感じて身震いをする。



一刻もはやく咲紀の呪いを封印してしまわないといけない。



明日香の事件以降の日記はまだ読めていないけれど、どうせ最悪な事態が書かれているに決まっていた。



「すみませんん! 誰かいませんか!?」



もう1度叫ぶ。



しかし、やはり返事はなかった。



どうしよう。



早くどうにかしたいのに、誰もいないのではなにもできない。



他の神社に行こうか。



そう思ったときだった。



賽銭箱の上になにか白い物が置かれていることに気が付いた。


ここに上って来たときには気が付かなかったのに……。



あたしは疑問を感じながら足を進めた。



なんでもいい。



この日記をどうにかしてもらうことができれば、それでいいんだ。



もうコンテストなんて関係なかった。



途中までは書けているから、後は自力で考えて完成させればいい。



「お札……?」



賽銭箱の上に無造作に置かれたそれは、なにかのお札のようだった。



長方形の紙に、赤い文字で何かが書かれている。



見たところ綺麗だし、ついさっき誰かが書いたばかりにも見えた。



これを貰って帰っても大丈夫だろうか?



あたしは周囲を見回して人を探した。



もしかして、あたしが困っていることに気が付いて誰かが置いて行ってくれたとか?



まさか、それなら一声かけてくれるハズだ。



あたしは右手を伸ばし、お札を手に取った。



「どうせ誰も使わないんだろうから、あたしがもらってもいいよね?」



誰もいないのに、そう呟く。



「今度、ちゃんと参拝しに来るから」



あたしはそう言い、お札を鞄に入れたのだった。

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