第3話 「真実の愛がほしい」

 寂しい誕生日を過ぎれば、あっという間に元旦がやってくる。

 おせちは作れなくても、餅はトースターで焼いた。砂糖醤油も準備し、さっそくSNSに乗せてみる。

──美味しそうだね!

 いの一番に反応を見せたのは、Tだった。TのSNSをスクロールしていくと、とんでもないものが目に映る。

 顔を隠しているとはいえ、妻と子供の写真だった。仲良くおせちを取り分け、子供はフォークでエビを食べている。ありがとうございます、と当たり障りのないメッセージだけを返した。

 アキはというと、特に何もない。去年の十二月から更新が止まっている。DMで、新年の挨拶を送った。

──今日、出て来られる?

 一分足らずで返ってきた。続けてメッセージが届く。

──明けましておめでとう。今日、神社に行こう。

──神様に挨拶ですか?

──それはついで。

──行きます。

 数週間ぶりの逢瀬に、息が苦しい。

 準備を済ませて外に出ると、アパートの階段まで真っ白に染まっていた。まだ春は遠く、芽吹きもしない草花の訪れは数か月先になる。

 遠くでは、子供連れの家族が小さな冬の象徴を作っていた。

 大きな雪玉に小さく歪な雪玉を乗せ、初めての経験なのか、喜びの舞を踊っている。

 大地にも経験はあった。年齢一桁の幼いとき、幼なじみの『ケイちゃん』とどちらが大きい雪だるまを作れるか競争をした。今では痛い想い出だ。

 元旦だけあって、人が溢れんばかりに神社へ集まっていた。

 頭一つ分以上も高ければ、待ち人はすぐに見つけられる。

「明けましておめでとうございます」

「おめでとう……なんだその顔は」

「初めて見る私服だと思って」

 いつものスーツとは違う、ジーンズにクリーム色のセーターと、ジャケット。

「若く見えます」

「これでもまだ二十代だ。お前は脱がせやすそうな服だな」

「なっ……」

「ほら、いくぞ」

「あっ待って」

 地面を蹴ると人とぶつかり、危うく転びそうになった。

「ほら」

 アキは大きな手を差し出し、だがいくら待っても重ねない大地の手を無理やり掴んだ。

「何をお願いする?」

「……恋人ができますように」

 冷たい目だ。雪よりも冷え切っている。

「幻想を見るのは止めておけ」

「なにそれ。アキさんはいたことがあるんですか?」

「ある。けど俺は特別な存在はいらない」

 繋いだ手が強く握られる。覚悟を決めた強さだった。

 自分たちの番が回ってきて、作法の知らない大地は隣のアキの仕草をまねてみる。

 恋人がほしい。成績アップ。貧乏脱却。神様に願っても、叶えてはくれないだろう。天から届く声は「そっちでなんとかしろ」。

 恋人は努力でなんとかなるものだろうか。こればかりは時の運も交えなければならないし、同性愛者はさらに範囲が狭くなる。

 大地は三つを下げ「真実の愛がほしい」と願いを変えた。

「叶うといいな」

 ぼそっと言うアキは、すでに願いは終えていた。

「アキさんの願いも、叶うように祈ります」

 アキは一瞬だけ驚き、泣きそうに顔が歪む。だがすぐにポーカーフェイスに戻り、大地の頭に降る雪を払った。

 大地は熱くなる顔を隠そうとマフラーに顔をうめた。

 ホテルはいつもより値上がりしていても、アキは平然とお金を払った。

「この前みたいなホテルがいいか?」

「ううん……別にどこでも……」

 前回とは違い、看板からも分かる通りのラブホテルだ。夜ならばネオンが輝き、余計に入りづらかっただろう。

「うわあ……すごいすごい」

 まるで山奥を想像させるような部屋だった。滝壷落下し続ける水は、水煙が立っていた。青々とした葉をつける植物に、迷路のような小川も流れている。

 眠くなる水音を立てる小川は、奥の部屋まで続いていた。先はプライベートルームとなっており、ベッド以上に水槽が目立つ。本物の魚が泳いでいた。

「作り物でも、滝って初めて見ました」

「おい、汚れるぞ。修行でもするつもりか?」

「それいいかも。苦行を強いれば、神様に届く」

「神様は何億分の一のお前は見てない」

 抱き寄せられ、唇が重なった。

 前回、回数をこなしたおかげか、突然舌を入れられても驚きはしなかった。

 自身の舌も受け入れを望んでいて、唇が自然と開く。

「今日は先にアキさんがシャワー使って下さい」

「いいのか?」

「もう少し魚見たいから」

 アキは軽く唇を挟み、リップ音を立てて離れていった。


 シャワー室から出ると、棚を漁っていたアキは顔を上げる。

 ベッドには情事に使用するであろう道具が乱雑に置かれていた。

「それ……全部使うんですか?」

「まさか。ロープだけ。痛いことはしないし跡も残さない」

「嘘つき。唇腫れたんだけど」

「それは我慢してくれ」

 アキは大地の胸元をはだけさせると、ベッドに横たわらせた。

 見た目とは違い柔い素材でできたロープで、頭上に置いた大地の手を交差して縛る。反対側をベッドに繋いだ。

「ひゃあっ」

 ロープだけと言ったのは嘘で、アキは真っ白な羽根で大地の胸元を弄る。乳暈を軽く回し、次第に色づく突起を何度も行き来させる。

 ふっくらと主張を始める突起は、性器へ神経が直結していて、薄いバスローブを持ち上げていく。

「あっ……それ、だめ……」

 普段は隠されている秘密の窪みに羽根が触れた。

 容赦なく腋窩を動き、湧き出る汗にさらに興奮を重ね、アキはむしゃぶりついた。

「ああっ……は、あっ…………」

「いい匂いだ」

 シャワーを浴びたばかりなのに、体液でバスローブを汚してしまっている。痛いほど腫れ、アキの太股に擦りつけた。

「ここ好きなんだな。覚えておく」

「うん……んっ……」

「じゃあ、大事なところでも見せてもらおうか」

 期待に腰が震え、自然と足が開いてしまう。

 バスローブをはだけさせ、アキはじっくりと眺めた。そしていきり立ったものを口内へ迎え入れる。

「あ、ああ……っ…………」

 口を窄め、緩急をつけて上下に動く。

 慣れた舌使いに翻弄され、大地はあっという間に欲望を吐き出した。

「僕も舐めたい」

「今度な」

 アキは香油をすくい、秘部へ塗りたくる。

 固く閉じた卑猥な小穴を軽くつつき、円を描く。

 なかなか開かない穴へ、指を一本差した。

「前回より雑……」

「悪いな。余裕がないんだ」

 二本入ったところで、アキはそそり立つものを当てた。

 先端が入る圧迫感に息がつまるが、通り過ぎると中が待ちわびていたとうねり、迎え入れる。

「あ、あぁあっ…………!」

 遠慮ない突き立てに、声がひっくり返る。

 みっちりと収まった男根は上下に揺れるたび、苦痛に似た快感が全身を襲い、自ら臀部の力を込めた。

「っ……うっ……」

 絞り出すような低い声と共に、アキは快楽を放出した。

 何度か抜き差しをして、引き抜いていく。

 アキは大地を抱き寄せると、タオルで身体を吹いた。

 一段と荒々しかった行為とは真逆で、手つきが壊れ物を扱うかのようだった。

「まだ時間があるな」

「もう一回します?」

「いや……寝たい」

 すでに眠りに落ちている声だ。

「飛行機に乗ってたんだ……眠い」

「飛行機?」

 大地は聞き返すが、隣はすでに寝息を立てていた。

 何の仕事かも住んでいる場所も分からない男は、子供のような寝顔で瞼を開けることはなかった。

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