六章『真実 FICTION』

「ああ……そうだ。そうでしたね」

 黒い『鳥』がだらりと弛緩した。

 五人の『鳥』たちを一人一人見つめて呟く。

「────────うぐいすすずめかりきじ……」

 名を呼ぶごとに黒い『鳥』からは澱みや邪気といったものが抜け出て行くようだった。

「そして……『とび』」

 街灯の上で首魁の気配を漂わせながら鳶がそこにいた。

「『からす』」

 鳶が黒い『鳥』のことを呼んだ。

「重大な命令違反だ。処分についても理解しているな?」

「……はい」

「言い残すことは?」

「ありません」

「……結構だ」

 黒い『鳥』を何本もの光の鎗が貫いた。五人の『鳥』が一斉に掌のライフルで射撃したのだ。

 黒い『鳥』が虹色に輝きだした。やがて『鳥』の仮面や外套の下から発光するガス状の物が抜けて行く。

 虹色に発光する『鳥』が少し笑った。そしてガスが出きったと思うと────────、ことりと。

 小さな音を立て、『鳥』の仮面が落ちた。

 仮面の下には、何も無かった。

 途端に、『鳥』の衣装がバラバラと崩れ主の抜けた衣装だけが地面に残る。

「撤収だ」

 鳶が号令をかけ『鳥』たちは闇夜へと飛び立つ。我に返った自衛隊が発砲するが効果がなかった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 上空を飛び去って行く『鳥』を見上げる塔香たち。

 その時、『鳥』の一匹が宇津良氏に向けて丸めた紙屑を落としていった。拾い上げて広げる宇津良氏。

 須田と塔香が両側から覗き込む。

「それは?」


 塔香たちとは別方向で一人絶句していた剣次。

 鳶が飛び去って行く方向を見て何かに気が付いたような顔をすると、慌てて駅に向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 地元、紅殻町に帰り、駐輪場に走り、自転車に飛び乗る。そして全速力で自転車を飛ばす剣次。

 向かう先は、あの峠坂。

 幹線道路のガードレールまで辿り着いた。自転車を乗り捨てて崖を登っていく。

 頂上に着いて汗を拭いながら周りを見渡すと、居た。いつもの枝に鳶が佇んでいる。

「おおーい! 今そっち行くぞー!」

 下から呼びかけて鳶に寄っていく。すると

「止めておけ、こちらは地盤が緩んでいる。其処に居ろ」

 こちらを見ようともせず妙に突き放したような口調。

「どーしたんだよ、おい」

「残念だが君とはもうお別れだ」

「……探し人、見つかったのか」

「ああ、もう少し早く見つけてやりたかったがな」

「そっか」

 ほんの少しの沈黙。

「……俺さ、さっきまで吉祥寺にいたんだ」

 初めて鳶が剣次の顔を見た。

「なあ、お前本当は何なんだ? 見た目なんつーか妖怪だけど、その、本当は……」

「『鳥』さ。それ以上でもそれ以下でもなく。ただ空を飛ぶだけの『鳥』だ。自分で志願したのだから」

 剣次の言葉を遮って言い切ると、鳶は翼を広げた。

「青年よ。等身大の人生、素晴らしいじゃないか」

 ばさりと一回、はためかせる。

「だがもしつまらないなら、ちょいと背伸びをしなさい」

 力を溜めるようにぐっと身を大きく屈めた。

「空に手が届くかもしれん。等身大のままでもな」

 鳶の足が枝を離れた。

「そんな世界を空から眺めることが、我々にはとても嬉しいことだ」

 はためいて、はためいて、空の中央に昇っていく。白く輝く雲の中へ。『鳥』の姿は消えていった。

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