第13話:第一章 9 | 跳び出した先で ①

◇ narrator / 安足アダチ 真琴マコト

───────────



「───



 私は咄嗟に、あえて室内に響き渡るように声を張り上げた。

 そしてそのまま全力でキスキに飛び付く。


 思えばこれは危険な賭けだったかもしれない。


 でも、今にもひしゃげそうな左手を見て思ったのだ。

 何も言わず突っ込むより、キスキの手を潰そうとする男の集中を、ほんの少しでも乱した方が良いのではと。


 もしそれでこの願能が暴発するにしても、どうにかそれより早く跳んでみせる。


 一瞬でいい。あたしの声に驚いて、ひるんで…!!



 視界の端に映る理事長の腕をどうにか引っ掛ける。

 そのままキスキの肩に手を伸ばしながら、寝ていた位置からでは見えなかった室内に目線を向けた。



 ──あと1人、レンが居ない? どこに?



 そこで、清光キヨミツ 明良アキラと目が合った。


 声は聞こえてたけど本当に清光が?

 けど今はどうでもいい──レンが居ないなら3人で跳ぶ。



 起きたばかりで状況も何も分からない。

 だから遠くの場所と此処ここを繋げる余裕はない。


 一番近くのマーカーでいい、最短で。

 どこでもいいから跳んで、ここを離れさえすれば──!!


 キスキの肩に手が触れた。

 直後に、身体に馴染んだ感覚が全身を包む。


 次の一瞬で跳び立てる、その間際に。


 視界の端で、悲しげな表情をした清光 明良が



『 ど う し て 』 と 。



 声にならない声を漏らした気がした。




 ◇

 ◇

 ◇




 真禅学園中等部 屋上 非常用貯水タンク裏。

 私がギリギリの窮地で咄嗟に移動先に選んだ場所。



「──今ってこれどうなってんの!? あとキスキ、手は!?」

「……まだ  追われてる。あれから結局けなかったんだ。手は大丈夫だ、どうにかまだ付いてる。ありがとう、お前のおかげで助かったよ」



 到着した直後、振り向き様に質問を投げる。

 そして同時にキスキの左手を掴んだ。


 指も、手のひらも、手首も、裏返しても問題無さそう。

 本当だ、良かった、ちゃんと付いてる、潰れてたり歪んでたりもしない、良かった……



「いや大丈夫だから、痛くもないから。本当に、大丈夫ですから、その…」



 キスキはそう言いながら、少し身じろいで手を引っ込めた。

 ……ただの触診ですけど。なにその反応。



「……なら良かった。あたしこそ、運んでくれてありがとね。重かったでしょう?」

意識  が無い人を運ぶのって大変なんだな、思ったよりも重かッ──くもなかったかもしれない。全然大丈夫だった」



 隣の理事長が途中で脇腹を小突いて、キスキはそのまま取り繕う。別にいいのに。

 この二人、なんか知らない内に少し仲良くなってる気がする、それも別にどうでもいいんだけどね。



「君のおかげでここまでくる事ができた。本当にありがとう。体調は大丈夫かい?」

はい  。今のところは大丈夫です。2人こそ此処に来るまでに怪我とかは? あと、レンはどこに?」

私達  は特に問題無い。レン君は…そうだね、此処までの道程をかいつまんで説明しようか」



 理事長は話してくれた。

 あたしが意識を失ってからの事を。


 到着した公園でさっきの男に待ち構えられていた事。

 西門の近くで活州イケス ユイに襲われ、レンはそこに残った事。

 そしてあたしを運んだ保健室で、清光 明良とあの男に襲われた事を。


 話を聞くに、なんだか常に先回りをされているような、そんな印象を受ける。

 そしてふと、さっきの清光の口の動きを思い出した。



『どうして』とは、つまり意外だったということだろう。



 ………何か引っ掛かるものを感じるけれど、考えてばかりもいられない。



「マコト、起きたばかりで悪いんだけどまた跳べるか? レンを迎えに行きたいんだ」

理事  長のおかげで調子もいいし、まだ全然跳べる。西門の近くにもマーカーはあるし……理事長は学園内ならもう戦えるんですよね?」

ああ  、さっきはあの願能を刺激すまいと動けなかったけどね。……しかし、あの願能はある程度接近しないと使えないようだ。近付かれる前にこちらから補足できれば負ける事は無いだろう」



 ならキスキの護衛もできるという事だろう。

 何人も跳ばすのは負荷が掛かるし、ここはあたし一人でレンを回収してきた方がいい。



「でしたらキスキと此処にいてください。あたしはレンのところに。もし既に居なかったら、一度ここに戻って来ます」

1人  で行くのか? いや、でもそれしか──」



 キスキは何か言いたげにして、でもあたしと同じ考えに行き着いたのか押し黙る。



「……分かった。すまないが頼むよ。君が居ない間、今度こそ私がハニ君を守ろう」

お願  いします。……それじゃ、行ってくるね」



 まだ少し言いたげなキスキに一言置いて、あたしは再び願能を行使する。


 目的地は西門すぐ側のマーカー、レンの所へ。



 『──ぶっ跳べジャンプ



 心の中でそう言って、あたしは屋上を後にした。




 ◇

 ◇

 ◇




 西門そばのマーカーに跳んで、言われた場所までくると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 門近くの壁に残る弾痕と、散らばったコンクリートの破片。


 それだけならまだ良かった……でも。



「───レン! 起きてって、ねぇ!!」



 倒れ込むレンと、彼の腹部に空いた痛々しい穴。

 そしてそこから広がったであろう、決して少なくはない量の血液。


 その血液の一部が凍りつき、誰かの靴を氷浸けにしているのを見つけた。


 これはきっと、活州 唯の靴だろう。

 恐らく敗北したレンが、最後にどうにか足止めをしようと願能を行使したのだと思った。


 氷はそれだけではなかった。

 腹部の血液も凍らせて、どうにか出血を抑えている。


 おかげでまだ息もある。

 これなら助かるかもしれない……だけど。



 レンが負けたってこと…?

 しかもこんな、重傷を負うくらいに追い詰められて……?



 確かに今のレンは全力を出せないけれど、それを考えてもこれは一方的に見える。

 何より、いくら願能を使えると言っても、今までただの日常を送ってきただけの人間が、ひたすらに準備をしてきたレンに敵うものだろうか。


 レンは自分では準備不足だと言うだろう。

 しかしそれは決して、ただ願能が使えるだけの人間に負けるレベルの準備では無い。



 相性が抜群に悪かったか、レンやあたしのように、確固たる目的を持って準備をして来てる? もしそうなら……



「──やっぱり清光も何かを当てがわれている候補者の1人で、活州は清光の従者に選ばれてるって事ね」



 活州の足跡が学園に向かって付いてる。

 ……もうそろそろ清光達と合流されてるかもしれない、早く戻らないと。


 私はレンを担ぐと、もう一度中等部の屋上を目標に、願能を行使した。



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