第9話:第一章 5 | 続かない隠し事 ③


 無重力下のような不思議な感覚に包まれると、次の瞬間にはマコトが言っていた公園の茂みに移動していた。


 レンは人差し指を立てて「静かに、喋るな」というジェスチャーをすると、深呼吸と共に目を閉じる。



「…よし、周囲に俺達以外の人間の温度は感じない。公園全体までは分からないが、少なくとも半径20m以内に敵は居ないはずだ」


「よかっ…た。じゃあ、後はよろしく。…がんばってね」


「…ああ、ほんとありがとな。任せてゆっくり寝ててくれ」



 僕の労いの言葉に頷いて、そこでマコトは気を失った。

 僕とレンで左右の肩に手をやり、彼女の身体が倒れ込む前にどうにか支える。


 気を失った人間ってこんなに重いのか……

 寝ている人以外に、リアルで気を失ってる人間というものを初めて見た。まさに脱け殻といった感じだ。


 何が何でも無事に送り届けないといけない。

 自分を公園に捨ててでも僕を護衛すべきだと言っていたが絶対にダメだ。


 ……そこまでして僕の安全を優先しようとする理由はなんだ? 

 どうしてマコトは、レンもケイナもそうだが、僕を守ろうとしている?

 次の神様にしたいっていう理由も分からない。

 いま僕を襲ってる敵とやらもそうだ。どうして僕を狙う?



「すぐ近くに敵が居ないのなら、この公園の入口から最短ルートで学園を目指すかい? 大通りに面しているから多少見つかりやすいが、裏口からでは倍以上の距離を移動する事になる」


「…いや、裏口からにしましょう。時間を掛けてでも、見つかるリスクを避けた方がいいと思う」


「確かにまず見つからない方がいい。大通りを行っても敵の接近は分かるが、遠距離から攻撃されると俺の感知が間に合わない可能性もあるからな」



 ケイナの提案に対して僕とレンは裏口からのルートを推す。


 昼間だったら通行人の目が多く襲われにくい入口のルート一択だが、この時間だとそうもいかない。

 問答無用で部屋を爆破する連中だ。通行人が少ない今の時間帯だとお構いなしで巻き込む可能性もある。



「じゃあ裏口からにしようか。レン君、仮に敵に襲われたとして、君の能力はどのくらい応戦できるのかな?」


「とりあえず、敵に触れれば無力化できます。

 人体は急な温度変化に対応できない。上げまくれば一生残るようなケガを負わせれるし、そこまでにしなくても痛みで追えない程度の火傷を負わせればいい。逆に冷やしまくって血流を止めてもいいし、やりようはいくらでもある」



 なんかめっちゃ怖いこと言ってる。

 現状、敵と戦える系の能力を持っているのがレンだけな為、最悪そこに頼らざるを得ないが、想像するだけでだいぶグロテスクな感ある。



「ただ、俺は遠くのモノの温度を調節するときは時間が掛かる。その前に動き回られたり、先に相手に見つかると近付く前にやられる可能性があるから、過信はしないでほしい」


「分かった。なら唯一戦えるレンくんはフリーで動けるようにした方がいいね。私とハニ君でマコトさんを担ごう」



 言うと、ケイナはレンの変わりにマコトの肩に手を回した。

 確かにこの方がいい。レンが自由に動ける方が絶対に有利だ。


 関心していた僕の隣から

「初めての共同作業だね!」なんて小声で耳打ちされた気がしたが聞こえないフリをする。


 こいつ、今の状況分かってるのか?

 そういうのはもっとプライベートな時にお願いします。うっかりASMRかと思ったじゃん。

 ん? 疑似結婚式体験的なASMRって売れそう。売れない? そうかー…


 そんなくだらないやりとりのおかげで、少しだけ心に余裕ができた気がした。

 いや無視したので実際やりとりはしてないけれど。



「……よし、行こう」



 僕達は決めた移動ルートに従って、公園の裏口へ向かって移動し始めた。

 目的地は真弾学園 高校部 西門。

 距離にして、残り240メートル。




 ◇

 ◇

 ◇




「……どう思う? あれ」

「「敵(だと  思う(じゃないかな」」



 レンの問いかけに僕とケイナが部分的にハモりつつ答えた。


 公園の中は特に危なげなく進む事ができた。

 この裏口に到着するまでは誰に出くわす事もなく、気取られずに移動できているか、もしくは瞬間移動で開いた距離のおかげで撒けたのかと思った……が、違う。


 現在時刻 23時27分。

 仁王立ちで裏門を通すまいとする人影があった。

 最初は偶然居合わせた一般人かと考えたが、もうそろ10分くらい物陰から観察しているにも関わらず、全く動く気配が無い。



「あの男 誰だ…? 願能を持った敵なら生徒の誰かだろう? 見たことが無いぞ。まあ全校生徒覚えてるわけじゃないけど」


「私は全校生徒覚えているが彼は知らないな。しかし願能を持っているのは間違い無い。

 私達 神は直接見た相手が願能持ちか区別できるからね。

 どんな力を持ってるかまでは分からないが、確実に敵だろう」



 何でここがバレた? 偶然か? いや違う…

 僕の殺害が目的だとして、ここら一帯にランダムに人を配置できる程に人数が潤沢なら、公園の中にも何人か敵が居た筈だ。

 なのにここまでは何もなかった。つまり……



「僕達がこの公園内の何処かに居ることが分かる、何らかの願能を持っていて、正確な位置までは掴めてないから出口だけ塞いでるって事か?」


「かもしれないな。俺の能力は遠くの人間の温度までは分からない。敵にもそういう能力の制限があって、公園内に居ることだけを把握してるのかもしれない」


「もしそうなら危ないね。今 見つかってないのは園内を隅々まで探せる人数が居ないからだ。

 時間が経てば増援が来てあぶり出される可能性がある」



 であれば増援が来る前にここを抜けたい。

 公園の外に出さえすれば学校まではあと少し、距離にして50メートルほどだ。



「相手が1人の内に無理やり抜けるか? もう間違いなく敵だろ。どうにか近付いて触れるか、この距離なら30秒あればあいつの温度を調節できる。動かれなければだけどな」


「それもいいけど、やっぱそもそも見つからない方がいい。攻撃に反応されたら警戒されるし、騒がれても面倒だろ? 近くに別の敵が隠れてる可能性もある。どうにかあいつを動かしてここを抜けれないかな?」


「ふむ…ハニ君の言う通り、確かにバレないに越した事はないが時間を掛けても増援がキツいだろう? 何か手があるなら別だけどね」



 ケイナの言う通りだ。時間を掛けて増援が来ればアウト。特に策がある訳でもない。

 穏便に行きたいが、やっぱりレンの能力に頼るべきか? でも──




 ──そう 思考を重ねていると、ふと『気付いて』しまう。


 これは一体なんなのだろう?

 僕の願能は『モノの色を変えること』だ。

 だからこれは願能じゃない。でも何なのかは分からない。


 いつもそうだ。物心がつくより前から、自然に起こった。


 最初はみんなそうなのだと思っていた。

 きっとみんな、のだろうと。

 けど成長していく内にそうではないのだと学んだ。そしてその違いが怖くなった。


 だからずっと意識して、意識して、意識してきた。

 人前では決して見せないように、悟られないようにと。

 けれどそれでも。


『そうしたい』と『そうするべき』と僕が感じ、目的を定めた時に、僕の左手が触れているものから伝わってくるのだ。


 例えばピアノを上手く演奏したいだとか。例えばゲーム中、効率よく指を動かしたいだとか。


 そして僕は知っている。それは正しくて、関係無さそうな何かを受け取っても、長い目で見れば


 


 僕の左手は今、公園の地面に触れていた。




「──マツボックリだ」

「 は ?   」

「 え ?   」



 僕が声を漏らすと、レンとケイナは呆気に取られた声を上げた。

 しまった。口に出すつもりはなかったのに。



「いや、ごめん。違うんだ、今のは違くて」


「…キスキ、『気付き』ってのは大事だぜ。いやもっと曖昧に『引っかかり』とでも言おうか。これは願能についてもそうなんだ。

 いいか来次彩土キスキハニ。自分を決めつけるな、疑え。

 


「……さっき、チラッと見えたんだけど、あいつの後ろにマツボックリが落ちてないか? 2人とも見えるか?」



 嘘だ、別に見えていた訳じゃない。

 ケイナは首を振って「見えない」とジェスチャーで返した。

 レンも「いや?」と小声で言う。そして直後に目を閉じた。



「……俺も見えないが、確かにあいつの後方5メートルくらいに何か落ちてるな。

 低いが温度を感じる。これ、マツボックリ…なのか?」


「あぁ間違いない。レン、あれを温めるのにどれだけ掛かる?」


「距離的に50秒くらいだと思う、何でだ?」


「じゃあ合図を出したら温めてくれ、ひたすらガンガンに。

 ……ちょっと、思いついた事があるんだ」




 ◇

 ◇

 ◇




「俺はいつでもいける、キスキはできるのか?」


「できるよ。あいつの後ろに街灯があって助かった。明かりが無いとどうしようも無かったから」


「私はマコトさんを担いで、すぐ動けるように待機しよう。2人とも頼んだよ」



 ケイナの言葉に僕とレンも頷く。

 そしてレンに小声で「頼む」と合図を送った。


 瞬間、レンは地面に手を置いて目を閉じた。マツボックリに向かって願能を行使しているのだろう。


 温度を変え終わるまで50秒くらいと言っていた。僕も併せて準備をする。


 絶対に、その「音」を聞き漏らしてはいけない。

 耳を済まし、その時を静かに待つ。

 20秒… 30秒… 40秒… そして。


 "パキリ"と音が鳴った。来た。熱せられたマツボックリから鳴った音だ。

 男はその音に気付いて後ろを振り向く。


 僕もそれに合わせて自分の願能を行使する。


 街灯に照らされた道路の一部の色を、薄く黒く変え、それを路地裏に引っ込ませた。


 まるで、


 ──頼む。頼む、騙されてくれ。

 男はソレを見ると、存在しない誰かを追って路地裏に向かって走りだした。



「……掛かった! 今だ!!」



 僕の声に頷くと、レンが先陣を切って裏門まで移動した。

 ケイナを手伝ってマコトを支え、僕もその後を追う。



「結構それっぽい音が鳴るんだなマツボックリって。……知ってたのか?」


「あぁ、たまたま知ってた。熱せられるとめっちゃ音が鳴るんだよあれ。上手くいって良かった」



 今度は部分的に本当だ。

 その情報は知っていた。いや、受け取ったモノに関する思い出を、無理やり思い出したという方が正しいか。



「……なぁキスキ、さっきお前の部屋で、スマブラしたの覚えてる?」


「何だよ急に、覚えてるけど…」


「……罰ゲームの、『何でも1つ質問に答える』ってのも覚えてるか? 俺が勝ったやつだ」



 公園の外を警戒しながら小声で言うレンに「覚えてる。何だよ」と繰り返す。

 外に人影は見当たらない。今なら進んでも良さそうだ。



「──いや、覚えてるなら良いんだ。後で聞きたいことがある」


「………今なら大丈夫そうだね。行こう」



 レンの訝しむような物言いに何か含む物を感じ、もう一度問いかけようとしたが、ケイナに遮られてしまう。


 そのまま裏門を出る。どうにか公園を抜ける事ができた。

 ここまで来たらもう少しだ。

 距離にして、残り50メートル。




 ……聞きたいことって何だよ。


 僕の方が何倍も、聞きたいことがあるっていうのに。


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