第18話 大神官の処刑の日
ザ-ルの街、そこは、人口5万人のライテシア最大の都市であった。国の象徴ライテシア城を北に望み、闘技場以外にも、多数の娯楽施設がある程だ。だが、今は廃虚となりそんな過去の繁栄を伺う事は出来ない。
しかし、その廃虚に再び賑わいが戻ってきた。いや、賑わっていると言う言葉はふさわしくはないだろう。人々は苦悩の表情を浮かべ絶望感を漂わせているのだから。
そのような状況の中でも、集まった人々を当て込み商売をしようと商人達の姿も見られた。街の中では、満載の荷車を引き忙しくする者、敷物を地面へ敷き、そこに商品を並べる者、神へ助けえを乞う者、明かりを灯し瞑想する者と、その反応は様々であった。
そして今日は、ヘルメスの掲示にあった、『大神官の処刑の日』なのである。ライテシア城の目の前とも言うべき、城下の街ザ-ルで大神官を処刑する。これは明らかに、国王に対する見せしめであった。だが、ガルディの目的はそれだけではない。メギディスの娘、フレイアをおびき寄せる作戦でもあったのだ。まだ、
街跡には崩れた建物が点々とし、まともに残っている建築物と云えば、石段で造られた闘技場ぐらいだろう。その街跡には要所にヘルメスの兵士が配備されており、うかつにヘルメスを悪く云おうものなら、捕らえられるのではないかと思う程である。
闘技場では出入口の全てにヘルメスの兵士が陣取り、場内観客席へ入る者を一人一人厳重にチェックしている。その民衆に混じり、ライテシアの弓兵が潜んでいる筈であるが、全くその様子を伺わせる事はない。
そして、フレイアとクムの2人もまた、ここザールに姿を現していた。2人はここへ来る途中、城への道を辿る王妃達と別れ、闘技場へと向かったのだ。そして、うまく変装でヘルメス兵をごまかせたのだろうか、他の民衆と共に観客席へと侵入していた。
王妃達は、もう城に着いている頃であろう。小さいが、闘技場の正面に肉眼でハッキリと城を臨む事が出来る。そして、間もなく日の出の時刻となろうとしていた。
観客席より場内へは入れない。兵士達が見張っており進もうとすると、制止させられるのである。仕方なく、フレイアとクムは、闘技場の観客席の最前列を陣取った。
「どう? 何か見える?」
「う~ん、良くわかんないや」
空が少し白んで来てはいるものの、夜明け前のため、まだ闘技場内は薄暗い。観客席からも、場内の様子はまだ伺う事は出来ない状態だった。そして、黒いい雲が何処からともなく集まってきており、夜明けを迎えると時刻と云うのになかなか明るくなって来なかった。それが更なる不吉な予感を感じさせる。
「フレイア……あれを……」
やがて、日の出の明かりで場内が少しづつ照らされると、中心に張り付け台らしい物が置いてあるのが見えて来た。まるでスッポトライトのようにその貼り付け台が照らされると云う、不思議な効果が出ていた。ガルディはここで大神官を処刑する気なのであろう。
場内に騒めきが起こると、闘技場へと連行される大神官の姿が現れた。大神官は目隠しをされており周りは6名の兵士が囲ってしっかりとガードしていた。
当然、大神官は周りの様子を伺い知る事は出来ないであろう。ゆっくりと張り付け台へと誘導されるのだが、利き耳をたてて周りの気配を感じ取ろうとしているのが判る。それを見た人々からは悲願の声とも、叫び声とも言うべき言葉が発し続けられていた。
「このやろう!」
「メギディス様になんて事をするんだ!」
フレイアは思わず声を掛けてしまいそうになる、自分はここに居て、必ず助けるからと……。そして、何時の間にか彼女は身を乗り出している事に気づき、更に服の裾に引っ掛かりを感じる事に気づいた。クムがフレイアの服の裾をしっかりと握ぎり、怖い顔をしている。その目は、『行くな』と言っている。
騒然とする場内で、大神官を張り付け台に縛り着ける作業が淡々と行われていた。そして、やがてそれは問題なく完了した。その途端、観念したのか観衆、いや民衆は静まり返ったのだった。
その静けさを待っていたかのように、一人の指揮官らしき男が罪状書と思われるものを持ち、張り付け台へと現れた。大勢の観衆を前にわざと大きな仕草で罪状書を広げると、姿勢を正しゆっくりとそれを読み上げ始めた。
「我がヘルメスは、数刻でこの国を支配下に置く事になる」
「その前に、逆族である、メギディスの死刑を執行する」
男は只それだけを言うと、部下に合図を送った。上半身裸になった2人の大男達が槍を持ち、合図と共に颯爽と姿を現した。
「ばかやろう! 逆族はお前達だ!」
「今に天罰が下る!」
観客席からは、人々の罵声が飛び交い、やがてそれは、闘技場内で大きな木霊と化していた。延々と続く罵声に、堪り兼ねた指揮官が眉を釣り上げ表情を険しくした。
「静まれぃ!」
「次にその様な態度をとれば、貴様ら全員あの世行きだ」
指揮官のその言葉と同時に、観客席の最上段に弓兵が現れ、観客席に矢が向けられた。観客席の最前列にも、弓を持った兵士が並び、その矢先を観客席へと向けていた。一瞬ざわめく観衆達。そして、騒ぎは沈静化して行った。
大神官の張り付け台から少し離れて、ガルディとダリルの姿があった。大勢の兵士達を自分達の周りに配置させており、怪訝な顔つきで観客席を見ていた。相変わらずダリルは黒い水晶を己の前に置き、その中を眺めていた。
「どうだダリル、メギディスの娘は来ておるか?」
「さぁ、判りませぬな」
「ご心配せずとも、必ず現れましょうぞ」
「良いか、娘が現れたら殺しても構わん。 必ず水晶を手に入れよ」
「判ってございます」
何故か、機嫌の良いガルディ。彼は、何時しか血を見る事に快感を味わう程になっていた。それも、ダリルが放ったあの闇の仕業なのであろうか……。そのガルディの横には必ずやダリルが配置する。そして、相変わらず不気味な笑みを浮かべているのであった。
その頃、商人達は荷物の搬入に忙しくしていた。不況続きの為であろうか、この時ぞとばかりに商売に没頭しているのである。今日という日は、誰もが皆、商いどころではない筈だが、それほど、景気は悪くなっていたのであろうか。
次々と到着する荷車とそれに群がる荷を降ろしの商人達。既に闘技場横には無数の荷車が位置付けされていた。しかし、ヘルメス兵は特にそれを異常と感じる事もなく、商人達の動きをを不審とも取らなかった。
闘技場の中では、広々とした空間の中に張り付けになった大神官の姿があった。その姿は米粒の様に小さいが、周りを一定の距離を置いて取り囲んでいる為であろうか、大神官の姿は異様に目立っていた。
場内は死んだ様に静まり返り、時折吹きすさぶ風が木の葉を伴い視界を横切る。だが、そこで、瞬きをする者はいない。ガルディ達は、目を凝らし、観客席にフレイアの姿を求め、フレイア達は、大神官へと視線を送り、兵士達の動きから目を離さなかった。
「よし、殺れい……」
指揮官が右腕を高々と上げた。それを合図に、大男達が持っていた槍を、大神官メギディスの顔の前で交差させた。槍先が当たり、軽く金属音が木霊した。
「お願い、クム! あなたの
「そんな……この人数じゃ無理だよ!」
ヘルメスの指揮官の言葉に、もう後がないと知るや、フレイアの気持ちは焦る一方であった。クムもまた、何とかしようと考えるが、打つ手が無く苛立っていた。
……神よ……
フレイアは十字を切り手を合わせると、そう心の中で呟いていた。と、その時である。観客席の最上段を陣取っていたヘルメス兵が次々と転げ落ちて来た。それに気付いた人々が騒ぎ立てていた。
「て、敵襲!」
「ライテシア兵だぁ!」
そう誰かが大声で云った。いったい何事が起きたのかと指揮官は場内を見渡す。すると、落ちてきた兵士達に突き刺さる一本の矢を見つけた。
- つづく -
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