第17話 決戦準備
近衛兵達は目の前で起こっている事象に目を疑うしか無かった。皆、この自然の摂理を無視した現象に狐に摘ままれたような顔をしていた。
「おお!」
「奇跡だ……」
「これが、法術の力なのか?……」
普段剣術を論する事しか知らないと云っていい程の彼ら、改めて法術への興味が湧いたに違いない。そして、驚きがやがて喜びへと変わると、歓喜に湧き返り、村人達からはその奇跡にいつしか拍手が起っていた。
「少年よ、よくぞ助けて下さいました、礼を言います!」
感極まった王妃が、クムを抱きしめるとその頬へと軽く口づけをしていた。突然の事に戸惑うクムであったが、やがて、彼女の香りと心地良い感触に蔓延の笑みを浮かべると、その余韻に暫く浸っていた。だが、ふと横をみると両腕を組んで怖い顔で睨むフレイアがいた。
「はっはぁ~ん」
「やはり、法術(魔法)が使えるのですね……」
クムは驚くと、またまた、しどろもどろになり慌てふためいていた。
「ティアがあなたの事を、小さな魔道師と言った理由がやっと判りました……」
「……あなた、まだ、何か隠してませんか?」
「え、ええっ、べ、別に隠してた訳じゃないよ……」
「しかも、
「ちょっと覚えたレベルじゃなくて、もう、プロフェッショナルの域じゃないのッ!」
顔を真っ赤にして起こるフレイア。別にクムを責めるたい訳ではないのだが、あまりにも隠し事が多いと、旅のお供としては信頼関係が破綻する事態にも成りかねない。その匙加減自体は難しいのかも知れないが、フレイアはそう云う事なのだと云いたかったようだ。
クムの負傷兵の生命を助けたと云う事については、堂々とすれば良い賛美出来る行為だ。なので、その事についてはフレイアは少しばかりの笑顔をクムに送った。
「ま、いいでしょ、でも、今後は隠し事は無しよ……」
その言葉を最後にフレイアの顔から笑顔が消えて行った。バックでは歓喜の湧く人々の喜ぶ姿と、歓声が聞こえる。父親の事が気になってか大きなため息をつくフレイア。とうてい真から歓ぶ気分にはなれない、それどころか何故かその場を離れたいとも感じるのであった。
クム達に背を向け、再び納屋へ戻ろうとする彼女に、王妃から声が掛かった。特にフレイアの気持ちを察した訳でもないのだが、王妃は王妃で心中穏やかでない部分のあるのだ。
「フレイア……」
沈んだ表情のフレイアを見た時、王妃はその先を語るのを少し躊躇したのだが、重々しくその口を開いた。
「実は……」
「王妃様……如何なされましたか?」
「ライテシア城の状況は、良くはないのです」
「恐らく、あと5日も持たぬでしょう……」
「国王は明日、メギディスの救出と共に、最後の戦いに挑むおつもりです」
その王妃の顔は悲しげで、途方に暮れた素振りを見せる程であった。信望の厚かった大神官、王妃の最も頼りにしていた人物だ。恐らく相談事も彼にしていたのであろう、その気持ちは、娘のフレイアへ頼る事に…… 王妃もまた、皆が心配をせぬようにと、気を張っている一人であったに違いない。
「王妃様、お願いです、このまま隣国のアルキアへお逃げ下さい」
「ジュ-ダ城には国王の姉君のサーラ王妃が居られます」
「でも、それはできません」
「城には、国王と2人の王女が……」
王室にはまもなく生後6ヶ月になる双子(一卵双生児)の王女がおり、この第一皇女のアナリス、第二皇女のラシ-ネは、次のライテシアの跡継ぎとなる、正当な王位継承者なのである。王家を絶やさない様絶対に守らねばならぬのである。
「姫様の事は、17人衆に託されれば良いかと……」
フレイアがそう云うや否や、またしても、10名程のライテシアの近衛兵が、村を通り抜けようと、広場の横を通り掛かっていた。広場に集まる兵士を見て、慌てて馬の進路を変えさせる。馬の嘶きと共に、蒙々と砂塵が立ち込めていた。
「おお、こんな所に居られましたか……」
その中には、やはり胸に
「それで、どうであった?」
「リプルの弓兵と、リニアの騎兵が明朝に間に合いそうだ」
「弓兵隊は皆、民衆の姿でザ-ルに明朝入る予定だ」
「我々も城へ急ぎ、騎兵、及び、装甲兵受け入れの準備をせねばならぬぞ」
決戦を前にし、近衛兵達の士気は、どんどんと上がる一方であった。活気ある兵を王妃は頼もしそうに見つめている様に見えた。部下達の勇ましさに、励まされ感激を受けている様に見える。
そして、馬留めから2頭の馬を引いて来た兵士がフレイアへと近づいて来た。1頭には別の兵士が鞍に跨った。
「フレイア殿も、我らとご一緒に……」
「そうですね……」
「あ、あの、ちょっといいかしら……」
フレイアはそう云うと兵士を自身の口元へ呼び込み、その耳元で小さく何かを囁いでいた。兵士は笑顔になり頷いていた。
「解りました、そそう云う事であればお任せください」
「では、君は此方に……」
兵士はそう云うと、クムに隣の騎馬への同乗を促した。メデサは村の中では孤立しているのだろうか、一人でポツンと突っ立っている。フレイアは何かを感じつつも、兵士と共にメデサの元へ向かう。それに気付いたメデサは愛想笑いを軽く振り撒くのであった。
「ねぇ、メデサ?……誰か待ってるの?」
「え?! あ、いや……」
「まあね……そんなところさ……ハハハハハ……」
「もしかして……彼氏……?」
フレイアと同じ年頃で、そんな話があっても決して可笑しな事ではない。顔を赤らめて頷く様子を見ると、図星だったのであろう。フレイアもそれを見て笑顔になるのだった。
「修行僧でさ今日、10年振りに帰って来るんだ……」
「そうなの? 良かったわね」
フレイアはそう云うとメデサの両手をそっと掬い取った。
「メデサ、お世話になったわ……」
「わたくし、この方々とザールへ行きます」
「なんとお礼を云ったら良いか……」
「機会があれば、また寄っていきなよ」
「親父さん無事だといいのにね……」
「うん、ありがとう」
彼氏の話題が照れ臭かったのであろう、あの気さくな話し方のメデサが何かよそよそしい感じで話すメデサであった。そこで、話の切れ目を見計らって、兵士がメデサに声を掛けた。
「この度は、突然押し寄せて迷惑をおかけ申した」
「貴殿の勇気ある行為、決して忘れはせぬ……」
「これは、感謝の印ゆえお受け取り下さい、皆でお分けくだされ……」
そう言って、拳大の茶色の布巾着をメデサに手渡すのであった。彼女が、恐る恐る手を伸ばすと、兵士は堅く微笑んだ。
「大地の村に、幸を……」
兵士は敬礼をしてそう云うと。騎馬へと跨り、フレイアをその前に座らせた。そして手綱を引き締め掛け声と共に騎馬は駆けだした。
紳士の態度を決して忘れない彼ら。走り去るその後ろ姿に、つられてメデサも敬礼をしていたのだが、その彼女のもとへと、村人達が群がった。
茶色の布巾着には近衛兵達の鎧やマントに施された刺繍と同じ金色の紐が付けてあった。その紐はブレード打(*注1)されたもので豪華に見える。その紐をメデサは皆の前で解くと、中身を広げ皆に披露した。その中身は、なんと全て金貨だったのである。村人達は一斉に声を上げて驚いていた。
- つづく -
(*注1)ブレード打:16打とも云う。紐の打ち方(縒り方)のひとつ。表面がなだらかで抵抗が少ないのが特徴
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