第4話「生き残った兄弟」

 息をひそませながら、ジェイドが上の様子をうかがう。


 ふたりが今いるのは船倉──船の一番底である。頭上には、船の側面に沿って板が渡されている。船倉の床と天井の間に作られたロフト部分だった。ロフトの下にも積み荷が置かれていた。


 ジェイドがロフトから顔をのぞかせて上を見やると、少し先の天井がくりぬかれていて光がもれていた。

 小さくて急な階段が、ロフト部分までのびていた。上の階へ通じているようだ。


 ジェイドは、人の気配がないのをたしかめると、また物陰に取って返した。

 よほど窮屈だったのだろう。弟のベリルも、隅のほうで、腰をそらして筋肉をほぐしていた。


「とんでもないことになったな……」


 ため息をもらし、ジェイドは床に尻をついた。

 ベリルは、汚れた床には座らず、木箱のふたを閉めるとその上に座る。その顔は真っ青になっていた。


 襲撃の瞬間、ふたりは、船の中で、千切れたロープをつなぎ合わせる作業をしていた。すると突然に船が傾きはじめたのだ。


──波にのまれた。


 ふたりはまず、そう思った。


 よろめきながら昇降梯子しょうこうはしごを登り、船上の様子を見に行った。


 聞こえてきたのは、銃声と悲鳴。


 この嵐の中に海賊が襲撃してきたのだ。それも信じられないことに、海からではなく空から。

 雲の中から現れた空飛ぶ船から、海賊たちが商船に乗り込んできた。彼らは、船の側面の丸窓や大砲の砲門からも、次々と船内に侵入してきた。


 何人殺されたのかはわからない。

 海に飛び込んで逃げるものも目にしたが、この嵐ではまず助からない。ふたりは、海賊たちに見つからないように、商船の船倉へ身を隠した。だが、船が安定すると、そこにも海賊たちはやって来た。


 ふたりは、仕方なく薪の木箱に身を隠すことにした。だが、その木箱も、海賊たちによって海賊船に運び込まれたのだった。


「これからどうしよう」


 ベリルは、元気をなくしたまま兄を見やった。


「どうしようって言ったって、ずっとここにいても埒が明かないだろ」


 少し考えてから、ジェイドはそう言った。その顔は、ロフトを照らす光の方を向いている。


「まさか上に行く気なの?」


 弟が非難の声を上げる。


「ここには水も食糧もあるんだから、ここでじっとしていたほうが安全だよ」

「ほぼ毎日、だれかがものを取りに来るんだぜ?隠れてる木箱や樽を開けられてみろ。それこそ終わりだぞ」

「そんなこと言ったら、ここより上はもっと危険だよ。ここより安全な場所なんて、ほかには絶対にないね」

「ここは、得体の知れない空飛ぶ海賊船の中なんだ。そもそも安全な場所なんてないだろ?」

「だけど……」


 ベリルはそれ以上何も言わなかった。

 ジェイドも鼻からため息をもらす。二人とも黙ってしまった。

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