第3話「船倉にひそむ影」

 どこまでもつづく雲海。


 地上に嵐をもたらしている雲の上では、空に星が瞬き、琥珀色の不思議な月が輝いていた。どこまでも静かで穏やかだった。


 そんな雲海の波をかき分るように、巨大な木造帆船がゆっくりと浮上してきた。風を受けるための帆も船体も、いたるところがボロボロで、その見た目は幽霊船のようである。

 中央のメインマストの先に、黒地の旗がなびいている。その旗に描かれたドクロは、どこか遠くを睨みつけていた。


 あれから、百人近いマントを着た海賊たちが、いっせいに商船ルミエール号を襲撃した。船を傾けられ、船乗りたちの多くが、なす術なく荒れた海の中に消えた。


 それを見届けると、海賊たちは、商船の右舷にもフックをひっかけて、船を完全に空中に吊りあげたのだ。そして、悠々と積み荷を奪い、海賊船へ運び込んでいった。


 その後、上空から海面に叩き落とされた商船は、今、無惨な姿で嵐の海に沈んでいる。


 積み荷のうち、すぐに使わない食糧や水・燃料などは、船底に運び込まれた。船底は、別名船倉せんそうとも呼ばれる。その名の通り色々なものを保管する船の倉庫になっているのだ。


 船倉を行き来する足音が消えると、ほの暗い船倉には、船がきしむ不気味な音だけが響きはじめた。




 人の気配が消えてどのくらいたったころか、船倉に積み込まれた真新しい木箱のふたが、ぎしぃと音を立ててゆっくりと浮き上がった。


「そろそろ外に出てもいいんじゃないか?」


 木箱とふたの隙間から顔をきょろきょろさせながら、少年が、もうひとりに問いかける。


「そうだね。だいぶ静かになったし」


 もうひとりが、そう答えた。

 木箱のふたが、ゆっくりと持ちあがる。


 薪を入れた木箱の中から、ふたりの少年が姿をあらわした。身を隠していた分の薪がそっくりなくなっていて、人がひそめるスペースが作られていた。


 這い出すように箱から出ると、少年は、立ち上がって身体を伸ばした。気持ちよさそうに、首や背中の骨を鳴らす。


 彼の名前はジェイド──年齢は十五歳で、日に焼けた浅黒い肌をしていた。


「あまり大きな音立てないで」


 神経質そうに、もう一人の少年が注意する。


 彼の名前はベリル──年齢は十二歳で、色白の肌をしていた。背はジェイドの胸のあたりまでしかない。


 対照的に見えるふたりだが、黒っぽい灰色の髪とわずかに緑色の混ざる灰色の目は兄弟の証でもあった。


 ふたりともえりなしシャツにサージ生地のベストとズボン、首には色あせた赤いスカーフという船乗りの姿である。

 商船ルミエール号の船乗りであり、海賊の襲撃から逃げのびた兄弟だった。

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