オランウータンの殺戮とある老人の死

ムラサキハルカ

オランウータンの殺戮とある老人の死

 やあ。元気にしてたかい? こんな暗い部屋でじっとしているなんて不健康の極みじゃないか。もっと、外に出てしっかりと日の光を浴びないとね。……何か、言ってくれよ。私としても張り合いがないじゃないか。はぁ、だんまりか。じゃあ、勝手に一人で喋るよ。

 ところで君はオランウータンがどのようにして殺戮を繰り広げたのかを知っているかな? おや、この話自体を知らないのかい? ……そうかそうか。一時期、大分話題になったから、てっきりみんな知っているものだと思い込んでいたよ。いや、失敬。人を殺すオランウータンなんてものは、ある意味前前世期の遺物といえそうだけど、実際に事件が起こったとなればなかなか珍しい見世物だろうさ。不謹慎かな? いやいや、同じ人間であるならならともかく、そうでないのであれば不謹慎だなんだのと論ずるに値しないだろうさ。ああ……オランウータンは森の人って意味だったっけ。けれど、あいにく私は街の人だから、森の人なるものを人としては認めていないんだ。残念ながらね。

 とにもかくにもオランウータンの話だ。このオスのオランウータンは表立っては言い難い手段でこの国の土を踏んだ。とは言っても、おそらく彼が望んだというわけではない。いや、彼の内側にはもしかしたらいずれはこの国を観光したいという願いはあったかもしれないけど、現代科学では森の人との正確な意思疎通は困難だから、あるかないかもわからない心の話なんかは置いておいて、さしあたっては実際に起こった事柄だけ話すよ。端的に言えばそう、密輸というやつだ。私からすれば、たかだか少し珍しい類人猿一匹のために法を犯すとか、どれだけ馬鹿馬鹿しいんだって思うかぎりではあるけれど、幸か不幸か、それなりに物好きな金持ちっていうやつはいたらしい。……失礼。ついつい勢いあまって、らしいなんて言ってしまったよ。実際に金持ちはいたんだから、正しくはそれなりに物好きな金持ちってやつはいた、と言い切らなきゃね。

 この金持ちの老人は、都内の某所にある洋館で一人悠々と暮らしをしていた。十年程前に妻と死に別れていたものの、近隣の住民たちの証言では、毎日朝の散歩に繰りだしては、出会う人出会う人に気さくに話しかけていたそうだし、八十をとっくに過ぎていたにもかかわらず言葉の受け答えもはっきりとしていた。それに加えて、空手や柔道の有段者で、老いてもなお地元の道場なんかで時々手ほどきをすることもあったらしい。最近の穏やかかつ快活な態度とは対照的に、昔は剃刀のように鋭く危険な男として見られていたんだっていうのは、老人の知り合いたちが口を揃えて言ってたことだ。

 この老人の近所に住む人間の中には、オランウータンの鳴き声を耳にして、訪ねてくるものもいたらしい。もっとも、老人は周囲には少し珍しい猿と説明していたけど、そこら辺は本当にどっちでもいい些末なことだ。そして、そこのところは問題なしということで落ち着いている。いや、正確には問題がなかったことにした、といったところかな。曲がりなりにも金持ちだからね、札束で頬を叩いてお引き取りを願ったらしい。どうだい? 血が流れない素晴らしい解決方法だろう。

 そんな老人の平和な日常を象徴するのは、度々訪れる彼の微笑ましい親族たちだね。貿易関係の仕事を通して一代で財をなし、老後の道楽に明け暮れている老人とは対照的に、その息子娘の夫婦はたちはといえば引き継いだ会社の事業規模は縮小する一方、なんとかぎりぎり持ちこたえているような状態だった。こうなれば、息子夫婦たちのすることといえば、金の無心だ。近隣の人々は、しきりに老人の部屋を訪れる息子や娘、果ては親戚と親戚を名乗るよくわからない人間などを目撃しているが、大抵は肩を落としたり、苛立たしげに引きあげていくのが常だったそうだ。そのほとんどはびた一文もらえなかったらしいよ。近所の人には札束をばらまいているのに、身内には財布が固いあたりは不思議なところだけど、老人自身は何かと一人で積み上げていったからか、親族も同じようにするべきだと思っていたのかもしれないね。そんな調子だから、親戚たちとの仲も険悪になりそうなものだけれど、当の老人は近隣の住民に、息子と娘が元気そうで安心した、だとか、孫娘とたくさん話せて嬉しかった、だとか、長い間知らなかったがどうやら俺にはまだまだたくさん親戚がいたらしい、なんて実に嬉しそうに世間話をしていたりする。どこまで本気で言っているかはわからないけど、少なくとも嫌そうな素振りは一度として見せたことはなかったそうだ。言っただろう。いたって、平和な日常だったんだよ。少なくとも老人にとってはね。

 ああ、そうそう。そんな老人の親戚というのは、なかなか国際色豊かでもあってね。同国人はもちろん、海を渡った先にあるお隣の韓国人や中国人、フランス人、イギリス人、イタリア人、ドイツ人、スペイン人、アメリカ人、インド人、エジプト人、ブラジル人……などなど。とにかく、数えたらきりがないくらいの国の、自称親戚が日々、訪れていた。私はほぼ全て、自称親戚、だと思っているけれど、どうも当の老人の方は逆の可能性も考えていたらしくて、若い時は随分とやんちゃだったからな、なんて少し照れ臭そうに言っていた。こんな話を聴くと、もしかしたら、全員が全員、親戚であるのかもしれないなんて可能性も考えられなくもない。まあ、俄かには信じがたいのは変わりないけどね。

 そんな家族や推定自称親戚たちよりも大切にしていたのが、オランウータンだったようだ。ようだ、なんて曖昧な物言いになってしまうのは、実際に老人がオランウータンを可愛がってる姿を目撃した人間がいないからだね。なんだかんだで、後ろめたい行為だという自覚があったからか、この辺に関しては老人の口も固かったんだろう。だから、私たちに推し量れることは少ないんだけど、残った痕跡からどういった暮らしをしていたのかを想像できなくはない。まず、オランウータン用に、広間の中に比較的の大きなゲージが設けられていた、その中には上り下りができる台座やつり革、それに密輸先とおぼしき国の雰囲気に寄せた観葉樹が置かれていたりした。さすがに森で暮らしている時ほどの自由はなかっただろうけど、比較的過ごしやすかったんじゃないかな。これは私が気楽に考えすぎかもしれないけどさ。餌は、宅配記録から、イチジクやドリアンを中心とした果物などを注文していたのが窺えるし、洋館に残っていた餌の残量からもしっかり食されていたのは間違いない。もしかしたら餌と思われるものを老人自身が食べていたという可能性もなくはないけど、注文されていたものはけっこうな量だったから、さすがに八十代の胃が小さくなった男には荷が重いように感じられる。少なくとも私はオランウータンは飯を食べていた、という推測には異論を挟もうとは思わないね。じゃあ、肝心のオランウータンとの共同生活自体はどうだったかといえば、実際に見ていない私たちにとっては謎そのものであるものの、老人が残した日記は残っているから、その一旦は窺える。むろん、全て真実ではないにしても、雰囲気くらいは伝わるだろうさ。例えば、こんな具合に、ね。

『森の人と初めて顔を合わせた。凛々しく、それでいて知性を宿すような眼差しが印象的だった。この年になって、ようやく長年の夢が叶えられた。願わくば、この森の人と良き友人になれればと思う。』

『やってきてから、一週間、森の人はゲージの隅に蹲って動こうとしない。与えた食事や水には手をつけ、きっちりと排せつはするものの、ほとんど何もせずに無気力だ。心配ではあるが、こちらが勝手に連れてきた手前、あまり無理も言えない。とにもかくにもしばらく様子見しよう。どうにかならなかった時はどうにかならなかった時に考える方向で。』

『……少し前のことが嘘のように、森の人は急に気さくになった。ゲージ越しに、私に対して歯を剥きだしにした笑みを向けてきて、与えた果物にも豪快にかじりついてみせる。どんな心境の変化があったかわからないが、私は嬉しくて仕方なくなって、森の人に矢継ぎ早に話しかけていた。よく、尋ねてくれる親思いの息子や娘、とりわけかわいい孫娘やたくさんの親戚たちとのやりとりや、近所の人たちとの交流。森の人も笑みを浮かべ、おかしげな声を漏らしながら、私の話に耳を傾け続けてくれた。ああ……なんていい日なのだろう。』

 まあ、こんな具合に老人は森の人との生活を日記に残していた。このあと、ゲージから抜けだしてしまった森の人との追いかけっこだったり、森の人にへそを曲げられてしまいいまいちど振り向いてもらおうと貢物とともに泣きついたり、真夜中にひっそりと連れ出して庭を散歩するようになったり、どこかの動物園で使っていたらしいと聞いてiPadを持っていったら投げつけられて壊されたり、その後さすがに申し訳無さそうにしてたオランウータンの姿をかわいらしく思っていたりとなかなか興味深い話が続く。日記を読むかぎり、なかなかいい関係を貫けていたように思えるよ。……もっとも、老人側の目線だから、どこまで実情が反映されているかは怪しいし、記述通りだとすれば、ちょくちょく危ないこともしていたみたいだけれど。

 さて。随分と遠回りしてしまったけど、いよいよオランウータンが繰り広げた殺戮について話そうか。待たせてしまって悪かったね。

 事件が発覚したのはおおよそ半年前。老人の孫娘が、朝方に洋館を訪れたことがきっかけだった。彼女は、親戚の中でも比較的老人と仲が良くて、この日も老人とわちゃわちゃお喋りを楽しんだあと、軽くお小遣いでももらおうともくろんでいたりもした。数多くの親戚のうちで、彼女だけが金の無心に成功していたのはまあまあ不思議ではあるけど、きっと、ウマがあったんだろうね。後は、子供の頃から老人から武術の手ほどきを受けていたというのもあって、孫であるとともに弟子という意識もあったのかもしれない。……話を戻そう。その朝、洋館の門の脇に設置されたインターフォンをいくら押したところで、家の中からはなんの応答もない。いないのかなと思い、試しに門に手をかけてみれば、何の抵抗もなく横に滑った。孫娘は老人が戸締まりをしっかりする人間だと知っていたから、すぐさま何かあったのか察し、館へと走りこみ、観音開きの玄関扉から静けさが支配する館に足を踏みいれた。ところどころに争った跡や血痕などが飛び散る館内で部屋の開け閉めを繰り返していった結果、広間で血を流しながらうつ伏せに倒れた老人とその傍らで剃刀を手にして佇むオランウータンを見つけるにいたった。孫娘は老人とそれなりに親しかったから、珍しい猿を飼っているとは聞かされていたけど、まさかそれがオランウータンだなんて想定はしていない。その結果が硬直だ。一方のオランウータンはといえば、なぜか部屋に用意されているゲージからは出ていて、おまけに武器まで持っている。素に戻れば、恐怖が襲ってきそうなものだけれど、もはや思考まで固まっていたのか、ただただ、オランウータンと老人の方を見ていた。そうしていると、オランウータンがゆっくりと孫娘の方へと歩いてくる。なにをしていいのかわからない彼女の脇を、オランウータンは通り過ぎて行った。機械的に振り返った孫娘は、そのまま類人猿が屋敷の観音開きの扉を開いて出て行くのを見送ってから、ようやく、我に帰った。

 オランウータンにおじいさまが襲われた。そう思いこんだ孫娘は祖父に駆け寄る傍ら、警察に連絡を入れた。そうしながら、あらためて老人に駆け寄って外傷や脈拍を確認したものの、体中刺し傷だらけになったまま息を引きとっていた。彼女は身内の変わり果てた姿に傷ましさや諸々の複雑な感情をおぼえたまま、人がやってくるまでその場で佇んでいたんだ。

 ……後日。近所の一軒家やマンションの住人の証言で、発見前夜から夜明け前にかけての洋館が一際うるさかったのだという証言が為された。彼ら彼女らは文句を言いに行こうとも考えかけたものの、先月に例のごとく金を握らされたばかりだったのと、夜遅くだったのもあって、苦情はまた明るくなってからにしようと思い直した。この辺り、助けが入らなかったのは老人自身が撒いた種だったとも言えるね。とはいえ、後々の展開や事件自体の性質を鑑みれば、仮に洋館を訪れていたとしても、老人と同じ目にあってた可能性もゼロではないから、ある意味運が良かったと言えるのかも知れない。

 洋館で調査が進む最中、街ではオランウータンによる殺戮が淡々と行なわれているところだった。街路樹や屋根をつたって移動し続けるこのオスの類人猿は、次々と人に襲いかかっていた。目撃者の証言に曰く、飛び下り様に目の前にいる人間を淡々と滅多刺しにしたあと、周囲が唖然としているうちに木や建物などをするすると登り去っていく。だいたいそんな調子だったそうだ。殺害対象は老若男女人種区別なしといった調子なうえに、ある時には屈強な男、四、五人相手にもひるまず大立ち回りをしたうえで、最後には体中を刺しつくしていく。どうだい。まさに、殺戮オランウータンという名がにさわしいだろう? 

 ただまあ、人間社会でそんな殺戮が許されるはずもない。三日三晩、町中の木やビルの間を存分に飛び回り、二十人ほどを殺害するにいたったオランウータンは、やむなく頭を撃たれるにいたった。撃たれた森の人は、すぐそばの山の中に飛びこんだまま消息を絶った。そのまま今日にいたるまで見つかってないけど、目撃者や狙撃したものの証言からするに、おそらくもう生きていないだろう。仮に生きていたとしたら、それは正しく化け物としか呼びようがないね。

 その間に、色々とわかったことがある。まず老人の殺刺傷事件。あれね。当初はオランウータンの犯行と考えられていたんだけど、傷の深さや血の飛び方なんかから判断して、人の犯行だったらしいんだよ。おまけにさっきも言った、広間の外にも残っていた争った痕跡や、傷の一つ一つが別々の刃物でつけられたことが判明して、複数人による犯行の可能性が高いということになった。つまり、事件が起こったとおぼしき深夜のうるささというのは、オランウータンの騒ぎ声だけでなく、色々な人間がいたからもたらされたものだったらしいね。フランス語にドイツ語、英語にイタリア語、スペイン語に中国語、もちろん日本語。その他にも色々な言語が飛び交っていたのかもしれない。しれない、なんて曖昧な物言いになるのは、誰がいたのかを正確に把握できてないからだ。なにせ、大人数とはいえ夜遅くのことではあったし、目撃情報だけではその全員を把握するにいたらなかったからね。ただ、少なくともその一部は把握できるんじゃないかと、私は思ってるよ。なぜかって……そりゃあ、だってね。だったからね。この関連性が判明したのは、老人の息子夫婦が殺害されたのが発端だった。そこから芋づる式に、オランウータンの剃刀の錆になったのは、金を無心しに来ていた人間たちだということが明らかになったんだ。なにせ自称親戚たちはそりゃもう数が多くて、一人一人の繋がりも表立っては探りにくかったからね。もっとも、全てが明らかになる頃には、老人の家によく来ていた娘夫婦は穴だらけになっていたし、森の人も頭を打ちぬかれていたんだけれど。

 この事実からするに、老人を刺し殺したのは、娘息子夫婦に主導による自称親戚の集まり、という想像が自然に思えてくる。現に刺し傷一つ一つが違う人間によるものらしいという鑑識結果も出ているしね。犯行動機は今となってはわからないけど、まあ十中八九金関係の揉め事だろうさ。なんで、分け前が減るにもかかわらず多人数で計画を実行したのかといえば、おそらく、老いてもなお、気力に満ち溢れた老人を恐れたのだろう。怖い時代の老人を知っている人間はもちろん、中には金の無心中に逆上して襲いかかった末に直接の捻られた自称親戚なんかもいたかもしれないしね。とにもかくにも、状況証拠からすればこうした全体像を想像しやすいなと思っている。もちろん、襲われたものが偶然、老人関係者だったという可能性もわずかに残るし、オランウータンはどこからか訪問した人々を見ていてただ単に顔見知りを殺して回っていただけかもしれない。けれど、もはや確かめようはない。なにせ、当の森の人はここにいないし、仮にいたとしても言葉をかわすことはできないのだから。かといって、残された自称親戚たちも一様に口を閉ざしてしまっていて、埒が明かないしね。本当に知らないのか、何か恐ろしいことがあったから何もいえないのかまではわからないけど。

 さて、以上がオランウータン繰り広げた殺戮についての話だ。なにか、質問はあるかな? ない? そりゃそうか。君は、きっとこんな話を聞くまでもなく、知っていただろうしね。もちろん、その後の展開も知っているから、こんな地下室に一人閉じ籠もっていたんだろう? 君としては見つかりたくなかったんだろうけれど、逆に動かないでいてくれた分、私としてはありがたいかぎりだったよ。いやいや、そんなに怖がらなくてもいい。誰にでもいつか訪れることなんだし、私もここ数ヶ月で大分この作業にも慣れた。なんなら一瞬で終わるから。

 お前は誰だ? うん? 君と顔を合わせたこともあるだろう? 私は覚えていたんだけれど、君の方は覚えていなかったのかな。残念残念。私の名前は×××××××。さっき話して聞かせた老人の孫娘だよ。ほら同じ老人の親戚同士なんだし、もっと気楽に行こう。もっとも、君は自称親戚だし、顔かたちや肌、髪の色や名前からするに、きわめて遠い繋がりな気がしないでもないけど、まあ関係者というくくりからすれば些細な問題さ。

 うん? これかい。ああ、剃刀だよ。森の人が手にしてたのと同じ種類のやつ。もっとも、割とどこでも買えるから珍しいものでもないだろう。どう使うかは、こうして地下室に籠もっている君にとっては自明だと思うから言わないけど。

 自分は関係ない? ああ、そうなの? でも、それこそ関係ないよ。君が自称親戚だっていうだけで、この剃刀を振るうに相応しい相手だ。なにせ、あの夜に現場にいた親戚が誰かというのはいまだにわかっていないからね。君はあの日、あの場にいたのかもしれないし、いなかったかもしれない。なにせ、夜遅くでほとんどの自称親戚のアリバイはない状態だった。だから、君もばっちり容疑者だよ。もちろん、あのオランウータンは老人に手を下したもの全員へ手を下し終えたから、素直に撃たれたということもなくはないかもしれない。ただ、私には森の人の考えることなんてちっともわからないし、そんな不確かさに身を委ねるなんて持ってのほかだ。それに、あの類人猿は私の両親も手にかけた。憎らしいことこのうえないし、さほど信用もしていない。一方で、老人――おじいさまを殺したかもしれないやつらに手を下してくれたことはスカッとしてもいる。ああ、これも半々か。私がやりたかったというのもあるしね。そんな私の中に残ったのは、おじいさまを刺したかもしれない人間がこの世にいるかもしれないということに対する耐え難いという感情だ。いい金づるだったし、それに多少以上の愛着はあったしねぇ。理不尽だって? なんとでも言ってくれよ。それに君だけで終わりというわけではない。まだまだ後が詰まってるんだ。もちろん、抵抗してくれてもかまわない。誰も彼も例外なくおじいさまよりも弱かったから、少しは歯ごたえがあると尚いい。さあ、はじめようか。


 ……あっけなかったね。じゃあ、私はまだまだやることがあるから行くよ。安心してくれていい。全員の相手が終わったら、私もそっちに行くから。いや……その前にあっけなく誰かさんみたいに、遠くから頭を打ちぬかれるかもしれないけどね。

 ううん? なんだ、君、生きてたのか。そんな半分しかない頭でよくもまあ、しぶといかぎりだ。それにまだ剃刀まで持っているし。私以外にも自称親戚たちを殺して回っているやつがいるっていうのは知ってたけど、まさかまさか君だったとは、恐れいった。こうなったら、共通の目的に向かって……なんて言いたいところだけど、それは通らないか。少なくとも、私としては君もまた、憎らしい相手だしね。一緒にやるなんて、死んでもごめんだ。どうやら、君もそれは一緒みたいだし。なに、もしかして、私が飛び切りおじいさまに可愛がられていたのが気に食わなかったわけ? 君、心が狭いんだね。いや、そもそも、君に心なんてないか。頭も吹っ飛んじゃってるし。

 まあ、いいや。ぐだぐだ話してないで、さっさとはじめようか。あっ、さっきは死んでもごめんだなんて言ったけど、それだけは訂正するよ。お互い、あの世にいったら、仲良くしてやらなくもない。なに、願い下げ? それは残念。けっこう上手くやれると思うんだけどね。いや、噓。私もごめんだ。

 じゃあ、バイバイ。もう二度と会うことも



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