サプライズ松尾芭蕉

狐狸田すあま

サプライズ松尾芭蕉

「そーらくん♪誕生日おめでとー♪」


空から声が降ってきた、と同時にぼくはショーコーー松尾芭蕉子まつおばしょうこの下敷きになっていた。この腐れ縁の幼馴染はあまり命が惜しくないらしい。


「えへへ……びっくりした?」


とショーコが得意げに聞いてくるので、まあそれなりには、と返してやる。彼女は本当は放課後屋上に呼び出してフラッシュモブとかやりたかったんだけど、そんなに友達がいなくて、などと言っており、ただの腐れ縁の幼馴染の誕生日サプライズにかける情熱ぱねぇななどと思ったりした。


「あと誕プレ!はいどーぞ!」


ラッピングされた箱を渡されたのでその場で開封する。それは見た目こそ市販のマグカップではあったけど、側面に何故か

「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」

と書きしたためられている。


「あ、わかる?マグカップはどこでもあるようなやつなんだけど、オリジナルで言葉とかプリントできるサービスがあったから使ってみました!『奥のほそ道』冒頭の、わたしが『旅…行きてーわ…」ってなって住んでた家を人に譲ったときに柱にかけた句です!

わびしい『草の戸』と、春の季語プラス賑やかな家になることを予感させる『雛の家』との対比、さらに古くさい田舎っぽいさまの『ひなびた』と、『ひな』をかけて、古く衰えたものが刷新されることを予感させるパンチラインが完全に決まったこの句!誕生日という冥土の旅の一里塚的な日に相応しいこの句をソラくんに贈ります!ちなみにこの句は表八句なんだからね!連句にしてくれてもいいんたからね!」


「草の戸」と「変わる代」で韻を踏み、そこに切れ字「ぞ」を入れるセンス!などと相変わらず何を言ってるかよくわからないが、彼女のキャラ付けに「松尾芭蕉の生まれ変わり」というのがあるので、ずいぶん頑張って古典の勉強をしたんだなぁと一周回って尊敬の念がわく。

たぶん友達がほとんどいないのもそれが理由なんだろうが、小学校時代ぼくの「青井そら」という平凡な名前に声をかけてくれたのも、松尾芭蕉の弟子「曽良」にかけてのことだと思うので、数奇な運命には感謝しかない。

彼女はこのとおり、俳諧とか古典文学とか歴史ものが好きで、ぼくの方は現代もの、しかも本格ミステリーばっかり読んでいたりするので、本の趣味とかは基本合わない(こちらは和綴本ではなく密室本やら人が殺せそうな厚さのノベルスやら順序を変えて読むと違ったように読める大説などの話をしたいのだが)。

それでも好きなものを一生懸命、楽しそうに話している彼女の横顔を見ていると、やっぱり好きだなぁと、そう思ってしまう。


「ちょっと?聞いてる?ソラくん?」


「あ、ごめん。聞いてなかった」


「もー!今日の放課後に喫茶店で抹茶ラテ飲みに行こうって話!」


「それショーコが飲みに行きたいだけでは…いやいいけと。そんな顔するなよ」


「やった決まりー!まだサプライズ続くんだからねー!」


いひひ、と笑って走る彼女の後ろ姿を見て、ぼくは仕方なく、その後を追っていくことにした。



***



今年も誕生日祝えて嬉しいよ、曽良くんーーと、松尾芭蕉子はひとりごちる。この胸に去来する胸のときめきは、旅に出ることを決めた時のどうにも耐えられない衝動と似たものなのかは、まだよくわからないけれど。

自分には前世の記憶があって、でも生前に強く関わりがあったはずの人物にはその記憶がない、なんて物語ではよくある話だ。

数奇な運命を抱えて生まれてきた同志、今のわたしと彼の関係を蔑ろにするつもりはないけれど。

でも、ずっとずっと追い求めていたものだから。

だから、あり得ないのかもしれないけれど。ーーサプライズを求めてしまう。


こうして前世で印象的だったものーーわたしたちにとっては俳諧以外にはないーーそういうものを彼に贈り続けたら、いつか彼にも前世の記憶が蘇ることがあるかもしれない。

待つのには慣れている、松尾芭蕉だし、なんて下らない冗句を思いつく。口には出さないけど。


大丈夫、時間はたっぷりある。

蛤のふたみにわかれ行秋ぞ、なんてことにならないといい。

今度はずっとずっと、二人で人生という名の旅をしたい。


「だから、続けてよね」


とこっそり呟いたはずの言葉は聞かれていたらしい。何を?と聞き返されたけれど、彼女は笑って、何でもないよ、と応えた。


(了)




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サプライズ松尾芭蕉 狐狸田すあま @suamama30

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