第5話

 ここ最近はいつもこんな事を考えてしまう。何故なら旅も残り一年で終わる、そう神託があったとソフィから聞いたからだ。


 そして残りの一年とても厳しい戦いになる、だったら彼女に思いを伝えるのは今しかないと思った。


 少しは従者の方からお給金を貰っている、そんなお金をコツコツ貯めて小さな指輪も買った。カリーネとルチアに冷やかされながら、彼女の指のサイズを教えてもらうのには苦労したけど。


 その甲斐あって、今は綺麗な石が入った指輪がある、もちろんペアの指輪だ。


 今にして思えば、この時の私は一人で盛り上がっていたのだろう。これが身の丈に合わない恋だと本心では理解してはいたが、当たって砕けろと、そう考えていた……。



 さて、英雄一行は戦いの後で少し休みをとり、馬車に乗って街に戻る。もちろん私の傷はカリーネの回復魔法で全快している。本当に彼女の魔法は凄かった。


 もちろん馬車に乗り、二頭の馬を操るのは私だ。御者席には私、そして私の隣にはソフィがちょこんと座っている、俺の隣の席は彼女専用だ。


 彼女は馬車の上で教会の信徒達が作ったお菓子が美味しいとか、この魔法が凄いとか、自分の身の回りの事を良く話す。


 私は話す事があまりないので、思い出せる限り、昔住んでいた村の事をよく話した。家族や幼なじみとの思い出、村での暮らし、彼女はそんな話を私にせがむからだ。


 ふと彼女に目を向ける、両手に大きな手袋を付けていた、オレンジ色の火に強い獣の革の手袋だ。


 実は火の魔法を使っていても至近距離で使わない限り本人は熱くないらしい、それが魔法の耐性らしい。魔獣によっては特定の魔法が効きにくい相手もいるという。


 昔の私はそんな事も知らず、火傷すると危ないからと得意げに渡したそうだ。


 今思うと恥ずかしい話だが、それでも彼女は以来ずっと身に付けていてくれるという。それはとても光栄な事だった。


 そんな幸せな一時、私達に睨みをきかせている男がいた。馬に乗って馬車と併走している彼女の従者である。


 ファブリス・デュ・コロワ、今年で三十半ばを過ぎたベテランの騎士。アルヴィドと一緒で大きな盾を持ち、ハルバートと言う斧の付いた槍の様な武器を扱う。


 ちなみに彼の名前はコロワさん家のファブリスくんと言う意味だと教えてくれたのはソフィだ。


 流石はソフィ、博識である。


 三人の従者は馬車を囲むように周囲を警戒しながら馬を走らせている。だが彼だけは御者席の近くまで来てソフィと私の二人きりを邪魔する。


 私は悪い虫なのだろうか、そんな事は分かっているが。


「ソフィ様、どうか後ろの席にお戻り下さい。御者席は馬車が揺れると危険です」


「そんなことないですよ? ここは景色がよく見えて楽しいですし、それにアルヴィの隣の方が安全です!」


 ソフィはファブリスに言い返してから、笑顔でこちらを振り向く。その後ろで、彼は忌々しい者を見るような目をして唇を噛みながら私を睨んでいる。


 いつか私は彼に殺されるのではないだろうかと思ってしまう。


「あの、ちゃんとソフィの事は見てますから。ソフィも馬車から落ちたりしたら大変だから掴まっていて」


 そう彼女をたしなめると、うんと小さく呟いてこっちに体重を預けて来た。とても嬉しい、それから優しい匂いがする気がした。


「おい、アルヴィ! 忘れるな、ソフィ様をしっかり守れ!」

「はっ、はい!」


 ファブリスはそう私に言ってから離れて行った。


 馬車はパカパカと街道を進む、私とソフィの会話も弾む、そして次第に目的の街が見えてくる。


 その街の周りは石壁に囲まれており、入り口は大きな門で閉ざされていた。


 アッテナと呼ばれるルクレール共和国では比較的大きい街だ、ここ最近の英雄達の魔獣討伐拠点でもあった。


 近年、先の三国は比較的良好な関係を維持しているという。


 しかし、大昔は人間同士の争いや魔獣の襲撃で世の中が荒れていたらしい。世界中が壊滅的な破壊に見舞われていたという、この街を囲む石壁、大きな門も戦いの名残らしい。


 それにしても先のミノタウロスも放っておけば街まで来る可能性がある。近くの集落や村も襲われてもしまうだろう、あの壁もあんな魔獣に対しては心許ないかもしれない。


 だから英雄達は戦わなければならない、彼等の責任は大きいのだ。別に彼等は好きで戦っている訳ではないのだが、理不尽だと考えてしまうのだ。


 さて、先に従者の三人が門の前に立っていた衛兵に声をかける。そのまま問題なく我々の馬車は街の中へ入って行く、流石は尊き方々。


 街に入り、従者に導かれ、そして大きな教会の前に着くのだった。


 恐るべきオースルンド聖教国と言ったら怒られるが、かの国の教会は各地に存在している。そして、教会は英雄達を影から支えている。


 従者の一人、エドラ・オースルンドが馬から下りて教会の中へ入って行った。彼女はカリーネの親戚らしい、オースルンドの名字からして尊いのだろう。


 火や水、土や風など様々な魔法を操り、回復魔法、剣も使える万能な人だ。そして彼女は教会から出てくると、皆を馬車から降りるように促した。


「アル、本当に今日は……いや、ありがとう、助かったよ」

「あぁ……何だ、その……俺達も、もっと頑張らないとな」


 何とも言えない顔をしながらアレクシスとアルヴィドが馬車を降りて声をかけてくる。


「皆の方が大変だったよ。大丈夫だから気にしないで」


 気にし過ぎだと思うのだが、いつも子供扱いだ。


「無理してはダメよ、何かおかしかったら直ぐに言いなさい」

「そうです、私の回復魔法も万能ではありませんからね!」


 そんなに危なかっただろうか、ルチアとカリーネから嗜められてしまった。


 隣を見るとソフィは俯いてまだ座っている、そんな私達に馬車から降りたカリーネが話しかけた。


「今日も仲がいいですね。でも馬車から降りないとアルが困ってしまいますよ」


「うん……じゃあ中で待ってるから、アルヴィも早く来てね?」


 ソフィが可愛い顔をこちらに向けたが、振り返って馬車から降りていった。そして、私はゆっくり馬車を進ませる。


 ちらりと彼女を見ると、カリーネと教会の入り口前で何かを話している様だった。


「どうしたの、カリーネ?」

「えぇ、妹の好きな花が咲いているので。ソフィ、花にはそれぞれ意味がある事を知っていますよね?」


 協会の入り口に植木鉢が置いてある、日に当てているのだろうか。小さな星形の花が集まって沢山咲いている、とても綺麗な花だった。


「カラエンコと呼ばれる花なんですよ。幸福を告げる、たくさんの小さな思い出、他にも色々な意味を持っているんです……」


 そう話をしている二人の姿も様になっていた。そしてカリーネは花言葉の事を言っているのだろう、私も知っている。


 大昔の人は花に意味を込めて愛する人に送っていたという、まったくロマンチックな話だ。私も指輪を買う時に店員にたくさん教えてもらった、指輪の飾りをどうするか悩んだからだ。


 そんな事を考えつつ馬車を教会の裏手に置くと、馬を厩舎まで連れて行くことにした。流石は教会、色々な設備が揃っているものだ。


 馬車に付いた泥を落として掃除をする、これも仕事の一環である。ちょっと時間がかかってしまったが、次は馬達にご飯をあげなければならない。


「よしよし、頑張ったね、今日もありがとう」


 二頭に飼い葉を与えて、優しくブラッシングしてあげる。あぁ、凄く嬉しそう、これ本当にいつも楽しい。


 この子達とも五年の付き合いになるという。名前はマレンゴとバルディだ、何でも凄く昔に活躍した有名な馬の名前らしい。


 素直で良い子達だ、ついついお世話を焼いてしまう。


 そうこうしていると、一人の信徒が走って来た。皆が私を待っているという、いけない夢中になり過ぎた様だ。


 彼の案内で、私は急いで教会の中に向かったのだった。

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