第6話 小さな彼女

「大丈夫ですか、アル? さて、揃いましたね」


 広間に勢揃いしていた英雄一行、最初に声を発したのはタルヴォ・ウトリオだった。


 彼はアレクシスの従者である。


 年齢は三十歳くらいだった気がする、そして彼もとても格好いい。ラティカインの尊い方々は皆そうなのだろうか、私も年を取るなら彼の様なダンディーな男になりたい。


 いつもは腰に大きな剣を携えているが、これも極まっているのだ。私に大きな剣は扱えないが。


 そんな事を考えながら、英雄一行が座るテーブルの側まで行って身を正した、皆も凜とした佇まいで席に着いているからだ。


 視線を横に流すとソフィと目が合う、彼女はこちらを見て微笑んでいる。本当に、いつ見ても可愛い。


 その隣りで、ファブリスが殺してくれようかと言わんばかりの顔で睨んでいる。本当に、いつ見ても怖い。


 タルヴォの話に続いて、アレクシスが話を続けた、労いの言葉、教会への感謝、そして今後の予定である。


 途中、彼から体調は問題ないかと聞かれた、私は笑って大丈夫と返答しておいた。カリーネ様の回復魔法は素晴らしいと併せて褒めておく。


 二人とも分かっているだろうか、たまには私に協力してくれて欲しいものである。それにしても、どうやら次の戦いは二週間後、皆しばしの休息だ。


 しかし、英雄達は色々と忙しい。訓練や勉強、礼儀作法とか、他にも難しいものを学ぶらしい。


 一方で私は基本的に自由人。そもそも、私は彼等と一緒に教会に泊まる事ができない、いつも近くの宿屋に泊まっている。


 ソフィが私のために抗議したこともあったが、仕方がない、私は住む世界が違うのだから。


 でも寂しくはない。思い返してみると、だいたいソフィと一緒にいる事が多い気がした。


 宿屋にいても、ソフィが遊びに来て文字や算術を教えてくれる。ファブリスに隠れて一緒に街に遊びに行ったりもする。


 時間があればアレクとヴィドとは男同士で酒を飲みに行くし。カリーネとルチアの買い物に付き合わされる事もある。


 ソフィ以外の英雄達は、やはり私を弟か何かと勘違いしているのだろうか。でも、それは嫌ではなかった。


 私が村から旅立つ時、家族も、幼なじみも、知り合いも全て失ってしまったが。今は彼等が私の家族の様なものだ、少なくとも私はそう思っている。


 けれども、いつからか特別な誰かが欲しかったのかもしれない。旅が終わった後のことを考えると、やっぱり一人は寂しいのだ。


 だから優しくしてくれるソフィを好きになってしまったのだろう。それに彼女は私の事を旅の仲間以上の相手だと思ってくれている、そう信じていたからだ。


 さて、アレクシスの話が終わってから、皆思い思いに会話を続けていた。ここいにても私は間が持たないだろう、一言伝えてから広間を出る事にした。


「では私はこれで。近くに宿を取りますので、朝一回はこちらに顔を出します」


 そう言って部屋を出る。教会の中は真っ白だ、ピカピカの通路を歩くと心が洗われる気がする。


 ふと気が抜けた気分だったが、突然ソフィに呼び止められた。


「待って、アルヴィ! 私も一緒に行くよ!」


 とっさに振り返る。彼女は相変わらず小さかった、そして可愛い、見ているだけでも幸せだ。


 服も討伐時の物から着替えている、とてもお洒落さんである。灰色の膝くらいまでの長さのローブを着込んで、紺の外套を羽織っている。


 胸元は割とピッタリとしたサイズだ、外套越しに見える小さな丘に目が奪われてしまう。


 ローブの裾から僅かに覗く太股は真っ黒なタイツに守られて、足元には少しお洒落な飾りの付いた黒い靴を履いている。


 しまった、こんなことなら私も着替えくらいしておけば良かった。まったく後悔というものは先には立たない。


「ええと、ソフィ……」

「アルヴィ?」


 返事がしどろもどろになる。思い返せば、カリーネもルチアも素敵な女性だ、エドラさんも魅力的な大人の女性である、そして皆も私には優しい。


 しかし、どうしても彼女を特別な目で見てしまう、最近は彼女のローブ越しに見える緩やかな曲線美が艶めかしい。


 そう言えば、一緒にお風呂に入ったこともあった気がするが。彼女はその時から成長しているのだろうか、いや今のままでも十分だとは思う。


 悪い事だとは分かってはいる。だが、無防備な彼女を目の前にして、このローブの下にはどれ程の楽園が存在しているのか想像してしまう。


 まったく私は愚かなのだろう。


「どうしたの、アルヴィ?」


「なっ、何でも無いよ。その服、ソフィに似合ってるよね」


「本当? ありがとう、気に入ってるんだ」


 相変わらず彼女は無邪気だ、きっと純真な子なのだろう。それにしても帽子はいつもと同じ魔女帽子に、小さなポシェットも身につけている。


 違うのは少し厚手の大きな本をチェーンで肩からかけ、バックの様に腰元に下げていた。


 何でも魔法の辞典らしい、色々な事を書き留めていると言う。絶対に中身を見せてくれない、凄く大切で重要な物らしい。


 流石はソフィ、魔法使いだ。


 魔法使いは見た目が大切、第一印象が重要、舐められたら終わりらしい。


 特に魔法は精神状態に影響されやすい、普段から魔法使い、彼女の場合は魔女の様な見た目の服装を着込んで集中しているとも言っていた。


 効果があるのか分からないし、こんな姿の子は街中でも見かけないのだが。私にしてみれば、そんなソフィの姿はまさに眼福だと言えるのだ。


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