よりにもよって、嘘告の打ち合わせ場面をターゲットに見られてしまった。

鳳仙花

そんな彼女の結末は。

 教室に忘れ物をした。


 それに気づいたのは、校門を出て間もなくの時だった。ハッキリ言って、これから戻るのは面倒だ。使わない教科書なんかだったらそのまま帰っていただろう。しかし、今回忘れたのは宿題。しかも、出席番号順的に明日の授業で当てられる可能性が高い。


 嘆息しながらも、どうしようもないので取りに行くことにした。別に急いでいるわけでもなし、ユックリ歩いてだ。そして我が教室の戸の前まで辿り着いた時、中から女子生徒の声が聞こえてきたのだった。


『じゃっ、佐由理さゆりが罰ゲームね!』


 聞こえてくる声は複数。そして、なにやら盛り上がっている模様。どうやら女子で何らかの遊びをやっているらしかった。佐由理というと、あの二宮にのみやさんか。


 このまま立ち聞きするのも趣味が悪い。やましい事がないとはいえ、突入して水を差すのも何だか申し訳ないし。ここはトイレにでも……今は行く気分じゃないな。仕方がないので、ちょっと校内をグルリと散歩でもしようかときびすを返そうとした。


 すると……。


『えーっ! 浦野くんに悪いよ! それはちょっと!』


 なんと俺の名前が聞こえてきたのだった。思わず足が止まる。


『ダイジョブだから! 告白してちょっと楽しませてあげて、それから振るだけじゃん!』


『う、うーん。でも』


 これは……いわゆる嘘告というやつだろうか。まさか、二宮さんがこういった話に噛んでいるなんて……。


 一瞬、入り口の戸を開けるべきか迷い、そこで思い留まる。ダメだダメだ。


 しかし、なんて事だ……。俺は衝動的に、思わずその場から駆け出していた。


 ◇


「あれっ? いま何か聞こえなかった?」


「ちょ、ユッコが大きい声で話してるから!」

「今の話聞かれてたら……ヤバくない?」


「え、え、え。大変じゃない! 京子ちゃん、入り口の方、誰かいた!?」


 入り口の正面に座っている子に向かって、思わず私は叫ぶ。現在、女3人で集まって話しているところだ。内容は、遊びで負けてしまった罰ゲームについて。


 他の2人は他人事と思って嘘告に期待しているみたいだけど……。正直、私の気は乗らない。だって、する方は笑い事で済むかもしれないけど、された方はトラウマになってもおかしくないのだから。


 ただでさえ乗り気じゃなかったのに、よりにもよって誰かに聞かれたかもだなんて!


「あー……後ろ姿がチラッと見えただけだから確証はないんだけど……浦野くんだった、かも……」


「えええエェェェェ!!」


 しかも、まさかのご本人!?

 こんなタイムリーな出来事ってある!?

 あまりの間の悪さに、私は目まいを覚える。


「えっと、こっちから見て左手の方に走っていったっぽい……」


「ちょっと私、追いかけてくる!!」


「あっ佐由理!?」

「待っ落ち着いてっ」


 そんな友人の制止をよそに、私は一心不乱に追いかけていった。


 ええと、こっち側は下駄箱に通じてない。

 アタリをつけるとしたら──とりあえず屋上!


 自分の直感に従って階段を駆け上がる!


 この学校の屋上はフェンスが高い上に安全防止のためフェンスが高く、内側に反っている。大きな脚立でも用意しない限り、普通の人間だったら乗り越えられない。それゆえ、平素は開放されているのだった。


 ともあれ、焦った私が屋上の扉を開くと……。



 そこには、叫び声を上げている浦野くんがいた。


「ウアアアァア! マジかああアァァァ!!」


 これは間違いなく聞かれている! きっと女子の性根の醜さを目の当たりにし、耐えきれなくなったのだろう。仮に彼が1人で叫んでいる変人に見えたとしても、なんとかしてフォローしないと! 原因は私たちなんだし! そう思い、焦って浦野くんに声をかける。


「あっあのっ! 浦野くんっ!」


「はっ! 二宮さん!? なぜここに!!」


「さっき、教室の前から走って行ったって聞いて。いてもたってもいられなくなったの!」


「いてもたっても?」


「うん……さっきの教室での会話……聞いてた?」


 こんな質問せずとも、分かっている。本当はもう覚悟はしていた。私の自分勝手な問いだというのは痛いほど身にみているけど、それでも──


 だけど、返ってきた答えはやっぱり無情で。


「聞こえてたよ……嘘告の話だよね?」


 それを聞いた瞬間、私は諦めた。彼に非は一切ない。悪いのは私たちだ。もう、取り繕うのは止めよう、真摯に謝ろう、と。


「そう、その話。ゴメンね……」


 私はその言葉とともに、ペコリと頭を下げる。


「いやいいよ。うん、それで?」


 それで……。やはり怒っているのだろう。実行には難色を示したけど、彼をおとしいれるのに強く拒絶できていなかったのも事実。こんな軽い謝罪などでは許されないのかもしれない。


「とにかく謝りたくって。今の言葉で許して貰えないなら……うぅ、どう償おう……」


 頭が真っ白になっていた。どうすれば、どうすれば。お金……ダメ。買収なんて余計に浅ましい。土下座……望むならする。でも、それくらいで許されるのだろうか。いやいや、まず許される前提なのが厚かましいのでは。ここは、恨まれる覚悟を持たねばならないだろう。


「謝罪や償いなんていいよ。そんなことは望んでないから。それより、もっとやることがあるでしょ?」


 え、やること? 謝罪じゃなくてやること……。はっ! 先生に自白しろと!? ううぅ、未遂なんだし、そこまでやる必要──いやダメだ! 彼は被害者で、私が加害者。私は何様のつもりだったのだろう……! 彼がそれを望むなら、異論など挟む余地はない。


「うん……分かった。それじゃあ、これから職員室に行って先生に報告してくるから……。今さら謝っても何にもならないけど、本当にゴメンね……」


 まさに自業自得というやつだ。自身の罪深さを省みながら、ションボリと踵を返すことにした。


「え、ちょっと待って二宮さん。職員室に報告って、なんで?」


 浦野くんは、なぜか慌てて引き留めてくる。


「ふふ、表面的な謝罪はいいから、自白して怒られろってことだよね? 大丈夫、この期に及んで逆恨みも抵抗もしないから……」


「あれ、なんか誤解してない?」


「誤解……? どういうこと?」


「いやほら、嘘告だよ」


「うん、だから申し訳なかったなって」


「……ああ! もしかして俺が嘘告について実は怒ってると思ったのかな?」


「それはもちろん──あれ、違うの? てっきり口も聞きたくないくらい激怒してるのかなって……。ほら、嘘告って人によってはシャレにならない、酷い行為だし」


「まあ人によってはそうか」


「ごめん、ちょっと話が読めなくなってきちゃった。えっと浦野くんが言いたいこと、もう端的に聞いてもいい?」


 少し怖いけど、もう率直に尋ねることにした。


「端的に……? そうだね、分かりやすく一言で言うと──嘘告バッチコイ!!」


 もの凄く気合いの入った返事が返ってきた。まるでキャッチャーミットを構えた捕手のような待ち構え方だった。いや、それ本来は野手の掛け声だっけ? 意味の無い連想がグルグル頭の中を回る。


「は?」


「嘘告バッチコイ!!」


「いや、意味が分からないんですけど」


「なんで? 嘘告カモンって意味わからない? 嘘告さあどうぞ、って意味なんだけど」


「違うよ! なんで浦野くんが喜んでるのか意味が分からないんだよ!」


「ああ、そっちか。うーん……」


「言いよどむような内容なの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど、どう説明したものかと。んー……あ、そうだ。ねえ二宮さん、例え話なんだけど……推しアイドルがいるとするじゃん?」


「なぜ唐突にアイドル……? まあ、うん」


「それでさ、その推しアイドルから『期間限定でファンのアナタと付き合ってあげまーす。ただし、期間が過ぎたら振らせてもらうし、周りの人からは身の程知らずってバカにされます! それでも私と付き合いますか?』って、選択肢を突き付けられたとする。というか、今がその状況なワケ」


「???」


「そうなったら、もう俺としては答えなんて一択なわけで。後で関係ない有象無象うぞうむぞうから小馬鹿にされるだけで、一時ひとときの夢が見られるんだよ? これに乗らない手は……ないでしょ!!」


「え、えっと……?」


「あれ、まだ分からない? 要は、二宮さんが俺にとっての推しアイドルだから、嘘告であれ偽りのお付き合いであれ、幸せだからバッチコイって言ってんの」


 わっ、私が推しアイドル!? それを聞いた瞬間、自分の顔が赤くなるのを自覚した。嬉しさ……というよりは恥ずかしさから、頬が火照ほてる。


「あ、あぅ。その言葉は嬉しいんだけど、やっぱり申し訳ないから。人の心をもてあそぶのなんて、やっぱりダメだし、ここは謝らせてくれない?」


「えぇ~~…………」


 そういうと、彼は目に見えて落ち込んだ。見るからにテンションガタ落ち。先ほどまでの元気はどこに行ったのやら。むしろ今の方が罪悪感をあおられる。


「そ、そんな落ち込まなくても……」


「そう思うなら嘘告しようよ、嘘告。うっそこく! うっそこく! ハリーハリー!!」


 被害者(?)から、まさかの嘘告コールが巻き起こる。


「えええええ!」


 未だかつて、嘘告をせびられるシチュエーションなんて存在しただろうか? 少なくとも私が今まで読んだことのある少女漫画では、無い。


「こっちが望んでるわけだし、一定期間の後は二宮さんもお友達に対して面目が立つ。全員が幸せになれる答えだよ? ここはもう、ウェーブに乗っておくしかないでしょ!!」


「そ、そうなのかな? えと、じゃあ。浦野くん、付き合ってください?」


「なんで疑問系なの? 嘘告とはいえ、そこは迫真の告白をしてくれなきゃ。ほら、もっと元気よく!!」


「浦野くん!! 良かったら私と付き合ってください!!」


「ハイヨロコンデー!!!!」


 なんだろうこの流れ。そして、なんで浦野くんはオーダーが通ったお店の店員さんみたいな返事をしてるんだろう。私への要求のわりに、自分は軽くない……?


 本人いわく、喜びのあまりテンションがおかしくなったとの事だった。


 こうして、私と浦野くんによる偽りのお付き合いが始まった。


 ◇


「あれ、佐由理、戻ってきたんだ。どうだった?」

「もう、いきなり走って行っちゃうからビックリしたよ」


「うん……それなんだけど。なんというか、流れで嘘告して付き合うことになっちゃった」


「え、マジで!?」

「佐由理って意外と悪女の才能があったんだね……! 清楚な顔して腹黒みたいな」


 さりげなく失礼なこと言われてる気がする。


「まあそんな感じだから。状況が進んだら報告するね」


「おぉ~! 唐突な展開ではあるけど、これは楽しみ!」

「だね。悪女・佐由理のお手並みを、とくと拝見しましょーか……!」


 そうして、浦野くんとは偽りのお付き合いを始め、それを京子とユッコに報告するという訳の分からない状況が開幕を告げる。



 1週間後。


「佐由理、進展はどう?」

「ボチボチ振っちゃう?」


「もう、2人とも。まだ1週間しか経ってないんだよ? さすがに早いよ」


「それもそうか」

「ごめん、ちょっとセッカチだったね」



 1ヶ月後


「佐由理、浦野くんはどんな感じ?」

「さすがにもう落ちてる頃でしょ。男子なんてチョロいチョロい」


「いや、それが浦野くん手強くって。もうちょっとで手応えありそうなんだけど」


「お、遊びとは思えないほど真剣だね」

「ひゅ~、佐由理ったら鬼畜!」



 3ヶ月後


「あの、もういいんじゃない?」

「だよね。さすがにスパンが長い気する」


「まだまだ。りくくんを絶望に突き落とすためには幸せの絶頂の時じゃないと」


 陸とは彼の下の名前である。


「……あれ? いつの間にか名前で呼び始めたんだ」

「幸せの絶頂からだなんて……佐由理ったら反吐ヘドが出るほどの邪悪!」



 半年後。


「もう半年だよ。そろそろ幸せの絶頂でしょ?」

「まさか、佐由理がこんなに気長に攻めるとは思わなかったよ」


「まだまだ。ふふふ、この前はテーマパークにお出かけしてね。りっくんの財布を痛めつけてる最中なんだよ……!」


「りっくん……? とうとう、あだ名で呼び始めたんだ」

「さ、さすがに貢がせてポイは、やり過ぎなのでは……」



 一年後。


「………………」

「………………」


「でね、りっくんったらそこでね──あれ、2人ともどうしたの?」


「いや……あの、佐由理と浦野くんって嘘告で付き合ってるんだよね? なんかもう、ただのバカップルにしか見えないんだけど」

「うん……もはや恋する乙女でしかないと思う」


「なに言ってるの? 2人とも。嘘告だよ?」


「じゃあ佐由理。今から浦野くんを振ることってできる?」

「いや、京子。もう止めてあげたら……」


「りっくんを……振る……? えっ?」


「ダメだこの子。嘘告って言い張ってるのに別れのことが微塵も頭にない」

「まあ、もう途中からそんな気がしてたけど……」


「振る、振る……ヤダァァァ! りっくん、私を捨てちゃいやあアァァ!」


「佐由理の情緒が急に不安定になった!?」

「落ち着いて! もう別れなくてもいいから!」


「ぅぐ、ほんと……?」


「ほんとほんと。馬に蹴られたくもないし……」

「でも佐由理、それならそれで、やることがあるんじゃない?」


「やること……?」


「あ、これ幼児退行気味だわ」

「だから……もう! 分かるでしょ? 嘘告じゃなくて本当の告白だってば!」


「こ、告白!? え、え。ちょっと待って、心の準備が……! それ、しなきゃダメ? 振られるの怖いから嫌なんですけど」


「佐由理ってホント、アホだよね……」

「ここにきて振るも振られるもないでしょ! 私たちも彼に謝るから、さっさと安心させてあげて!」



 それから1週間ほど2人と押し問答を続けて、ようやく折れた私は改めて彼に告白した。


 彼は──


「えっ、マジで? 一年もってラッキーとか思ってたんだけど、このまま延長どころか本当の恋人になってくれるの? …………イィイヤッホオオォオオオウ!!」


 屋上で会った時と同じく、飛び上がって喜んでくれた。


 その後、お友達の2人は気まずそうに彼へと謝っていたが、肝心の彼はというと、謝罪など歯牙しがにもかけていないようで。


 そんなことより、彼曰く『推しアイドル』である私と付き合える事実が嬉しすぎて、その辺はどうでもいいらしい。


 そして、嘘告の事情を知らない人たちからは──


「アレでまだ付き合ってなかったの!?」


 心底驚愕されたのだった。

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よりにもよって、嘘告の打ち合わせ場面をターゲットに見られてしまった。 鳳仙花 @syamonrs

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