殺戮オランウータンを殺したのは、コイツか?

シューギュ

短編 物言わぬ容疑者

「殺戮オランウータン」とは、防衛のために男を殺し、食べものを奪うために女を殺し、人を殺すのが楽しくて殺戮に走った。

そんな殺処分まっしぐらの破滅的生活を送っていた畜生のことだ。

それが死んでいる。

「この害獣を殺したのは、お前か?」

俺は、ダメ元で「容疑者」に話しかけてみる。

「……?」

無理だ。

「しらばっくれるな。お前がやっていようといまいと、みんな疑っているのに変わりはないんだぞ?」

「???」

「容疑者」はキョトンとするだけで、こちらの言葉が通じているのかすらわからない。




















だってゴリラだもの。







ドリトル先生じゃないんだ、飼育員なだけで言葉がわかるわけない。

しかも、飼育スペースの奥にひっこんでいるせいで、俺の声が聞こえているかも疑わしい。

普段なら、「エサよこせ」と言わんばかりに仕切りギリギリまで近づいて来るのに。

大体、動物園育ちの温厚なゴリラが、生活スペース《なわばり》を荒らされたからと、オランウータンを引き裂くのだろうか?

「ま、大して期待してなかったがね。何かわかったかい?」

溢れる餌の匂いに鼻をおさえながら、おっちゃん刑事さんが聞いて来る。

喋る気にもならない俺は首を横に触った。

「聞くまでもなかったな。そういえば、ここのゴリラたちはみな処分されるそうだよ」

「え」

驚く俺に「オフレコにしてくれよ」と前置きしておっちゃんは話す。

「ただでさえ、流行りの感染症で客足が遠のいているのに、世の中を騒がすオランウータン殺しの動物がいるだなんて、マイナスイメージもいいところだからね。『獣を殺せるなら、罪のない人間を引き裂くなんて、容易いだろう』だとさ。聴取の時にここの園長が言っていたよ」

「そんな…! まだコイツらの仕業とは、決まってないんでしょう!!」

つい口調が荒くなる俺に刑事さんは「どうどう」と制止する。


「現場検証とか、検死はしないんですか?」

「人間相手でもないし、そんな費用はないよ。正直こちらでも、人殺しとはいえ動物相手なら狩猟会やハンターの出番で、事件性はないと思っているんだがね」

めんどくさそうに語る刑事を殴りたくなる衝動を抑えるため、飼育スペースのゴリラをみる。

これまでと同じ「食べ物はまだだろうか」とでもいいだげに奥から動かず、こちらを見ている。

俺だってゴリラが好きで飼育員をしているわけじゃない。仕事だからしてるだけ。

でも、生き物をコイツが殺したのなら少しばかりでも「変化」があっておかしくはないんじゃないか? そんなに人間《おれたち》がセンチメンタルなだけなのか??

そんな思いでゴリラを見る俺は、そこでようやく、気がついた。

「じゃあなんで、あんなに給餌のスペースが溢れかえっているんだ……?」


正直、そこからは大変すぎて、あんまり覚えていない。

帰りたい刑事さんの説得に始まり、ゴリラの給餌スペースの整理、そこからみつかった刃物とそこについた血液の特定、ゴリラを厄介払いしたい園長と俺との言葉(および拳)の応酬。正直真犯人がみつからなければ俺はクビにされるところだった。

「お手柄!! 飼育員がゴリラの無実を証明!! 殺戮オランウータン殺しの裏にあるゴリラ愛!!!!」とかいう週刊誌やニュースの報道も、ホントどうでもいい。

来てくれる子供たちにいちいち「おもってたより、『ぶあいそう』だね!」とかいわれるのは…ちょっと堪えたな。


「俺はさ、やってもいないことを認めさせられるのが、嫌いなだけだったんだよ」

ここまで語り終えて、俺は「コイツ」という名前のゴリラ相手に、柄にもなく「何か欲しいものはあるか?」と聞いて見た。

コイツは俺の顔をじっと見て、給餌スペースを指差した。

「…さっき出したばかりなんだがな」

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殺戮オランウータンを殺したのは、コイツか? シューギュ @syugyu1208

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