殺戮の園~うつつの国の殺戮オラウータン~

生來 哲学

崩御の夜

 凄惨な夜だった。

 王の生誕を祝う国を挙げての式典は武装市民の蜂起により血に塗れた惨劇の場となった。

 豪勢な料理の並べられたパーティ会場では頭を打ち抜かれた貴族達の死体が幾つも積み上がり、主催たる王もその側頭部から血を流し、玉座を赤く染めるオブジェと化している。

「王は倒れた!」

「やったんだ! 俺たちの、市民の時代が来たんだ!」

 銃を手にした武装市民達が勝ちどきの声をあげる。

 幸運にも生き残った僅かな貴族達はパーティ会場の隅に集められ、銃を突きつけられた恐怖に身を震わせている――はずだった。

 その異常にいち早く気づいたのはやはり武装市民を束ねるリーダーの男だった。

 その目に眼帯をつけた隻眼の偉丈夫である。

 勝ちどきの声をあげていた隻眼のリーダーは我が目を疑った。

 市民が声をあげ、貴族が震えるこの惨劇の場で、一テーブルだけ優雅にティーカップで茶をすする美少女達が居たのである。

 リーダーが声を失い、ある一点に視線を向けているのに周囲も気づき、そして戸惑う。

 この圧倒的な暴力の支配する場においてただその一テーブルだけは時が止まったかのように優雅に、煌びやかに、厳かに茶会は勧められていた。

 深紅のゴシックロリータ風フリルドレスに身を包む金髪の少女と、純白のゴシックロリータ風フリルドレスで身を包む金髪の少女。

 対照的な二人は微笑みすら浮かべて紅茶をすすっていた。

「ねえ、お姉様、革命ですって」

「らしいわね」

「ふふふ、はははは、おっかしー。革命だなんてまさか21世紀にもなってこんなもの見れるなんて」

「ええそうね」

「きゃーっ、まるで教科書みたい。お姉様、私達歴史の生き証人になったのかも!」

「そういうことになるのかしら。父上も不甲斐ないものね。こんなお遊びみたいな下民達にやられるだなんて」

 深紅のロリータを着た姉の言葉に市民の一人がなんだとっと叫び、銃を突きつけようとしたがリーダーがよせっ、と手で制する。

 いつの間にかパーティ会場は異様な静けさに包まれていた。

「あら、静かになったわ」

 純白のロリータを着た妹の言葉に武装市民達はゴクリと息をのむ。

 何かがおかしい。 

 その場に居た誰もが直感的に気づいていた。 

 静かにお茶を勧めるこの姉妹に関わることは危険であると。

 だがそれでも――この場を取り仕切るリーダーとして眼帯の男は動かねばならなかった。

「これはこれは、第四王女陛下と第五王女陛下。まさか参加されていたとは」

「ええ、お父様のお誕生日でしたもの。いや、だったというべきかしら」

 紅き姉姫は落ち着いた調子を崩さない。

 手元にあるケーキをストン、とフォークで切り分けるとそのまま静かにケーキの切り端を口に挟んだ。

「あら、美味しい。貴女もどう?」

「ええ? 本当に」

 白き妹姫の言葉に紅き姉姫は慣れた手つきでケーキを切り分けるとすっと妹の口元へ掲げた。それに子犬のごとく妹姫がぱくりと食いつく。

「まあ、ホントですわ。これは後で料理長にお褒めの言葉をかけてあげなければ」

「あら、はしたない」

「いやん、それを言えばフォークを私に向けたお姉様が悪いわぁ!」

「うぉっほんっ!」

 武装市民を無視していちゃつく姫君達に眼帯の男は咳払いで存在を主張する。

「あら、まだ居ましたの? 私達は忙しいのだけれど」

「紅姫。残念ながらこの国は我らがものとなりました。貴女たちの贅沢はこれまでです。その富を市民に分け与える時が来たのです」

 眼帯の男の言葉に紅姫と白姫は目を見合わせ、そしてクスクスと笑いをこらえる。

「……何がおかしいのです」

「分かっていないのはどちらの方かしら?」

 どさり、と人の倒れる音にはっとする。

 眼帯の男は目を瞬かせ、慌てて周囲を見渡した。

 玉座に倒れる王だったもの。会場の隅に積み上げられた貴族の死体の山。そして、倒れた武装市民の僅かな死体。

 確かに突入時に何人かの市民は犠牲となった。

 だが、どうしてだろうか。

 いつの間に、こんなに武装市民の死体が増えていたのか。

どさり

「……っ!」

 背後を振り返ると彼の腹心の部下が倒れていた。

 まるで側頭部から血を流し事切れている。おそらくは強烈な打撃によって一瞬にして命を奪われたのだろう。

 だが、何故。誰が。

「……何が」

 おそるおそる視線を二人の姫達に戻すも、彼女は何事もなかったかのようにケーキを口に運んでいる。

「どういうことだ。いや、貴女は一体何を! !」

 紅姫は涼しい顔で紅茶をすする。

 眼帯の男の脳裏に不意にかつて祖父から聞いた話が浮かんだ。

 この国では決してクーデターが成功しないという。

 それは21世紀になってからも同じで、必ず王宮には――■■が現れるからだと。

 眼帯の男は眉をひそめる。大事な部分が思い出せない。

 祖父は偉大な軍人であった。その祖父からすべてを受け継いだはずなのに、何故か、大事な部分にノイズが走り、思い出せない。

 祖父はなんと言っていたか。

どさり

どさり

 眼帯の男が惑っている間にも次々といつの間にか武装市民は倒れていく。

「これは、どういうことだ! 教えろガキども! 一体何が起きている!」

 声を荒げる眼帯の男。

 そこへ銃を突きつけられていた貴族の一人が隙を突いて、武装市民から銃を奪い、眼帯の男に突きつけた。

「観念しろ、下民が。お前達の革命は――」

「おやめなさい男爵」

 勇気ある貴族の行動にしかし、紅姫は釘を刺す。

「ですが」

「やめろと言っているのです。それとも、貴方も犠牲になりたいのですか」

「何をおっしゃ――」

ぐしゃり

 そこでようやく眼帯の男は見た。

 何が起きたのかを。

 どこからか音も無く現れた毛むくじゃらの何かが銃を手にした男爵の側頭部を殴打し、消えていくのを。

「――ばっ」

 眼帯の男は声を失う。

 呆然とする眼帯の男を尻目に姫君達は楽しく茶会を続ける。

 そして語る。

「この国が誰のものか。そんな単純なことすら知らないあなたたちに出来ることなど何もないわ」

どさり

 再び同志が倒れるのを眼帯の男は見る。

「この国は――殺戮の■■のものよ」

 姫君の言葉が理解できない。

 おそらく資格<クリアランス>がない。

 認識が封印<ロック>されている。

 おそらくは、王族にしか知ることの出来ない何かがこの国にはある。

 だが、それが何かは分からない。

 分かることが出来ない。

 眼帯の男は恐怖する。

 自分たちはなんと恐ろしい国に住んでいたのか。

「残念ね。まだこの国の王政は続くみたい」

「あら、姉様、反乱軍はいつの間にか後一人しかいませんわ」

「意外と持たなかったわね。やはり人ではあの方達には勝てないのね」

 やがて――最後の一人となった眼帯の男の側頭部が毛むくじゃらな何かによって殴打される。

 その時眼帯の男は確かに見た。

 拳を真っ赤に染めた殺意の塊のごとき獣を。

 殺戮のオラウータンを。

どしゃり



 その王国が終わることはない。

 何故ならば、そこは人ならざるものの庭だからだ。

 その国の真の主は殺意あるものを喰らう霊長の長なのだから。

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