一幕 理想のダンジョン

第4話 ハシビロコウの難題

「よし、企画書完成っ!」


「おーし、レビューもしたし、それっぽくはまとまったな」


 一週間という期限の中、俺の新しい門出となるダンジョン概要は予定通りにまとまった。とはいってもここまでは俺がやりたいことを詰め込むだけだから難しいなんてことはない。


「問題はこの中からどれだけ通してくれるか、ってことだな」


 米作りを意識するために各フロアを一ヶ月に見立てて、八ヶ月を再現する。敵は実際の作業をモチーフにして、土団子や虫、太陽や台風、大雨なんかもボスとして登場する。


 ドロップアイテムはカルガモや肥料なんかの田植えの助けになるものやトラクターなんかも取り入れてみた。敵キャラは子どもが好きそうなファンシー系やポップなものを多用して、メイン客層の少年だけでなく少女までカバーできるようにする。これならBGMも多少流用できそうだ。


「問題は、納期だよなぁ」


「一応お前が言ってた技術者のマッチングサイトに登録はしてみたけど、内容決まってないし、場所が悪いのか集まってこないな」


「予算出してくれんだろうな、役所は」


「それは明日のお楽しみ、ってことで前祝いいっとくか?」


 昌兄が見えないジョッキを傾ける。だが、俺の答えは決まっている。


「いや、かわいい女の子を待たせてるんでな」


「クッソォ。定時に帰る気になったか、と思ったらこれだもんな」


 お袋が四国に行ってから、俺は毎日定時上がりを守っている。本当なら深夜まで残ってゲームデザインを詰めていきたい。だが、それだと約束を守れない。

 夜に家で確認できるようにパソコンをバッグに詰めて、俺は誰も通らない夜の農道を自転車で全速力で走った。


 家に帰ると、いつも中は静まり返っている。


「凪沙、いるんだろ?」


 昔俺が使っていた子供部屋に入ると、凪沙が電気もつけずにぼんやりとしていた。


「薄暗い中にいると目が悪くなるぞ」


「わかってる」


 凪沙は短く答えると、とてとてと歩いて寄ってきて、俺の脚にぎゅっとしがみつくのだ。小学校から帰ってきてから俺が帰ってくるまでの二時間ほどの時間。凪沙が何をしているのかそれとなく聞いてみたが、


「いろいろ」


 とごまかされてしまった。


「一人だと寂しいか?」


「ううん。おにーたん、ちゃんとかえってくるから」


「あぁ、俺は毎日帰ってくるよ。ここが俺の家だからな」


 そう言って頭を撫でてやると、凪沙はまた心を見透かすように俺の顔をじっと見るのだ。


「今日は何食べよっか?」


「おにーたん、いつもやさいいためばっかりでしょ」


「しょうがないだろ。畑でとれたのがいっぱいあるんだから」


 もう少しお袋から事情を聞いておくんだった。仕事が落ち着いたら連絡して聞いてみよう。冷蔵庫の中の野菜を適当に取り出しながら、俺は問題を後回しにしていった。




「――以上、が私どもの考える米作りダンジョンの概要です」


 会議室に集まった落合たちに向けておこなった企画プレゼンは順調に進んでいた。狭い一室に横一列に並んで座った役所側の三人に対して、俺が主導でスクリーンに映った図や表を指しながら、話を進めていく。


「いいアイデアじゃないですか? 子どもにもきっと人気が出ますよ」


 おじさんもいいところで合いの手を入れて議論をこちらに向かわせてくれる。少なくとも話半分にしか聞いていなさそうな企画部長の肩書のじいさんは楽観的に話を聞いていた。そのせいか落合の顔は怒りでどんどん赤みを帯びている。


「本当に計画通りに進むのか? 絵に描いた餅じゃ困るんだぞ」


「ですので、こちらのスケジュールに沿って計画的に進めてまいりますので」


 さっきからいちゃもんに近い質問がループしている。今の段階でできるかどうかなんて俺にも落合にもわからない。だから、できそうだ、と思えるスケジュールを出した時点でここを問題にすることなんてできない。


「おい、勝間かつま。お前も何かないのか」


 助けを求めるように落合は隣に座っている長身の男に話を振った。なんかのんびりというかどんくさそうなやつだ。会議が始まってずいぶん経つが、ハシビロコウ並みに全然動かねえ。


「そうですねぇ。ゲームコンセプトはおもしろいんじゃないでしょうか。米作りという本来のリアルダンジョンゲームと親和性のないテーマをよく落とし込んでいると思います。敵に虫などだけでなく自然現象を入れることで嫌悪感を減らせそうなところも魅力ですね。ゲームバランスについては子どもがターゲットということでイージーに調整する方針のようですが、ドロップアイテムが個性的で豊富な点もプレイに幅が出てよいのではないでしょうか」


 メガネハシビロコウが一息で言い切った。しかし、言ってることは俺が考えていたこととほとんど同じだ。こんな薄っぺらい企画書だけでそこまでわかるなんて、こいつは相当なゲーム好きだぞ。


「バカ野郎! 誰がゲームの感想を言え、と言った! 本当にできると思っているのかと聞いたんだ」


「そうですねぇ。気になるのはやはりキャラクターデザインがわからないことでしょうか」


「ん? どういうことだ」


「ゲームの魅力はやはりキャラクターがどういう見た目をしているか、ですから。今はラフすらもないので、よいゲームになるかの重要なポイントになるでしょうね」


「そ、それだ! そのキャラとやらはないのか?」


「すみません。まだ開発に着手していませんので。キャラクターが出来るのはスケジュールだと二ヶ月ほど先になります」


「ダメだ。それじゃ失敗したときに負債が大きすぎる。一ヶ月だ。一ヶ月以内にキャラクターを用意しろ」


 痛いところを突かれた。落合のじじいはゲームのことなんて何も知らなさそうだったから余裕だと思っていたのに。このハシビロコウは的確に痛いところを突いてきやがる。一ヶ月でキャラクターなんてせいぜいラフ、ひどいと決定稿ですらないかもしれない。


「そんな無謀だろ。スケジュールの半分で作れなんて」


 昌兄が思わず噛みつくが、逆に手ごたえを感じたのか、落合のじじいはさらに調子に乗る。


「だったらこの計画は中止だ。即刻引き払えばいい」


「まぁまぁ。誰も全部とは言っていないじゃないですかぁ」


 ハシビロコウ、勝間と呼ばれていたスーツのヒョロヒョロした男はなんとも見た目通りの芯のない声を上げた。さっきのゲームを語っていた勢いはどこかに行ってしまっていた。


「別にぃ、ゲームをやるかどうかを決めるときに重要なのはぁ、メインキャラクターですぅ。看板にもなるメインキャラクターを先に作ってもらえばいいじゃないですかぁ。ただしARグラフィック完成までですぅ」


 何か気の抜ける言い方だ。でも助けてもらったことには違いない。ここでごねたらもっと悪い方向に話が転がっていきはじめない。


「さきほど話したナビゲーターとなるプレイヤーの相棒ですね。わかりました。一か月後に完成したものを持ってきます」


「では次回までにぃ、よろしくお願いしますぅ。あ、ARゴーグルを忘れないでくださいねぇ」


「なんかバカにされてないか?」


「俺も詳しく知らないけど、地域振興課の『のんびりのび太』ってアイツだと思うわ」


 完成したイラストとグラフィックを披露するのはきっかり一ヶ月後の会議ということになった。ぞろぞろと席を立っていく落合達を見送って、俺たちは説明したばかりの企画書とにらみ合っていた。楽勝だと思っていたのに、面倒事を押しつけられることになってしまった。


「実際問題できるのか?」


「今すぐ人が数人見つかればなんとか。ただそんな都合よく空いてるグラフィッカーなんて」


 いや、待てよ。一人だけいる。ただ、そいつが描いてくれるかどうかはわからない。


「ダメ元で連絡してみるか」


「俺の方でも探しとく。なんにしても頭数はいて損はないしな」


 会議室を出て、それぞれに別れる。俺はスマホの電話帳の中から一人の名前を見つけ出し、一瞬ためらってから、通話ボタンを押した。

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