栗色の君

@BelleToujou

憧れ

「君は栗色の毛をしていた。


僕が君を初めて見かけたのは植物園だった。

君は酷い過ち故に塞ぎ込んでいるようだった。

1811年であった。


それからしばらくたったころ、夕刊に眼を通していると、次のような記事が私の注意をひいたのである。


「大量殺人事件。本日夕刻、植物園を訪れた20代から50代までの男女7名が殺害された事件で、警察は捜査状況を発表した。男女の遺体は皮膚が削ぎ取られる等損傷の酷いものが多いものの、所持品を奪われた形跡もないことから、怨恨等の可能性を考慮し、捜査を進めている―――」


掲載されたショッキングな被害者の傷跡の写真を一目見て、私はすぐに君の仕業だと気がついた。

君のしなやかな手の形がありありと死体に描かれているようだった。

君の美しい作品だった。


私は居ても立っても居らずに君の下に出向いた。

君は一時的に動物園に移されていた。

静かそうなたたずまいに比して興奮を隠しきれていない目に私は心が震えた。


だから、檻を開けて君を誑かしたのだ。


君は怪訝そうな素振りを見せていたが、僕が一人だと分かると勢いよく僕の方に飛び込んできた―――。


人間のパンチ力は精々が100kg~200kgで、プロともなれば1tにもなるという話だが、観覧した際に見たそのパンチとは異次元の速さのパンチが僕の顔面目掛けて放たれた。

僕はとっさに首だけ動かし、そのパンチを避け、その放たれた腕を掴み、投げた。

彼女はそれに驚くも空中で態勢を整え、かかとおとしを放つ。

彼女の愛情表現に喜びつつも避けると、そのまま極めて自然な回し蹴りが飛んでくる。

オランウータンは脚の動きに制約が少なく、当然足技で連続技も放ってくる。

それから続く凄まじい脚の動きに僕は、避けるのが精一杯になった。

しかし、僕は防戦一方になっている展開に感動した。


だから、一つギアを上げた―――。

連続する脚の動きに腕を這わせて少しずつ脚にダメージを蓄積させる。

それに早くも気がついた彼女が脚の2倍もの長さがある腕のリーチを生かして頭に打撃を叩きこもうとしてくる。

僕は重い一撃を交わし、軽めのフェイントには頭突きで反撃した。

しかし彼女もまだ余力を残しているようだった。


単純な打撃技だとカウンターで削られると判断した彼女は餌用に与えられていたバナナを拾い上げた。

彼女は1本のバナナに唾を付けると僕以外には捉えられないほどの速さでバナナから30cmほどの空中を擦った。

そしてもう1本のバナナに対しては直接擦った。

ブリザード・エンチャント・バナナとファイア・エンチャント・バナナをこの速さで用意したのだ。

諸兄は気化冷凍法はご存知だろうか。

単純な原理だが、液体は気化するときに周囲から熱を奪うので、それによりモノを凍らせることができる。

いや、通常ではそれを行うことができないが、僕や彼女にとっては容易いことだった。

彼女は相反する属性のバナナをそのしなやかな腕で振る、振る、振る、振る。

僕はたまらず避けて、躱して、しゃがんで、、、こけた。

彼女の動きに誘導されてバナナの皮に足を取られて転んだのだ。

彼女は2属性融合螺旋バナナ砲を放った。

僕は―――原因のバナナの皮を高速回転させてそれを防ぐ。

彼女の螺旋砲よりも素早い回転は、その螺旋のエネルギーを粉砕し、無に帰した。


僕は彼女の驚く顔を見て悦楽の境地だった。

だけど、彼女は酷く気分を害したようだった。


ほんの数刻でほぼ証拠を残さず7人の人間を殺して見せたその自信を打ち砕くものだったらしい。

彼女はなりふり構わず檻を粉砕すると手ごろな長さの棒を振り回し始めた。


彼女は棒術も備えていたのか、と僕は驚いた。

僕も対抗するべく脚に棒を固定した。


カン、カン、と棒同士の音が響く。

僕と彼女のダンスは6時間続いた。


途中、棒同士の摩擦で閃光を放ったりしたせいか、朝方に警察が来る音がした。

だから、僕は彼女を連れだした。


気がつくと、僕らは10,566km移動していた。

彼女には悪いけど、アフリカが僕らの新居としては環境がいいと思ったのだ。

緑も多いし。


僕らは旅の途中でも存分に身体で語り合い、愛をささやき合った。

その結果、街がいくつか爆発したりしたが、些細なことだ。


移住した先では穏やかな暮らしだった。

穏やかな自然が彼女をありのままの姿に戻した。

たまには密猟者の死体が上がることもあったが、密猟者は人ではないのでノーカウントで良さそうだ。

『わくわくサバンナツアー』の参加者も殆どちゃんと帰ってきていたほどだ。


彼女はきまぐれで人を殺そうとしたこともあったが、僕との愛の力で彼女は人を殺すことはなかった。

これが『殺戮オランウータン』と呼ばれた彼女の生涯です。」


僕は新聞記事を読み終えて、うーむと唸った。

「居らんウータンの話か…?」

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