第二話 ブサイク1号

 翌日、俺は早速趣味の悪い部屋に閉じ込められていた。何が客人としてだ。信じてなかったけどよ。

部屋は出口も無い締め切った部屋だった。なぜ出口が無いかって?ドアは二階ぐらいの高さについていて、そこへ至る階段などはないのだ。入ってきたときは、いきなり下に落ちたというのが正しい。

「悪趣味極まりないな…。あの窓とかマジで。」

そう言って俺は上の方にある窓を見た。上からこのすり鉢状の部屋を一望できそうだ。どれだけ好意的に考えてもここは何かの見世物に使われるという事。

「ミュゼ殿、ご機嫌はいかがかな?」

その窓からオーレンが顔を出してきた。このクソジジイ、真っ黒な腹の中身を隠す気もないらしい。

「あぁ、とても興奮している。とでも言えば満足してもらえるか?」

俺は乞食のようなボロ布のワンピースだけを着さされ、悪い予感しかしない状況に苛立ちつつ、上に見えるオーレンを睨みつけた。

「それは結構。ここには姫様はいない。今のお前の置かれた状況を説明してやるからよく聞け。」

昨日とは全く違うオーレンの声。まさに暗部とでも言うか、悪役しか似合わない。

「私は貴様の事を奸賊どもの間者と見ておる。が、その姿は活用法もある。」

そりゃまぁ、自分が怪しい自覚はなんとなくあるが、謂れもない事を言われると少々気分が悪い。いや、メッチャムカつく。

「貴様の使い道は姫様の影武者だ。だが、それには貴様の能力を見極めねばならん。」

オーレンがそう言うと、俺が落とされた扉が開いて、図体のデカい何かが盛大に落ちてきた。砂煙があがり、視界が奪われる。

「そこで生きている必要もないクズを用意した。こいつを殺せ。できなければお前がここでくたばるだけだ。どうだ、記憶のない馬鹿にもこれぐらいは理解できるだろう?」

…、記憶がないと馬鹿と言われる事には強く抗議をしたいところだ。

 砂煙が晴れてきた先に見えてきたのは、イケメン要素をミクロンレベルで持たない肉の塊のような男だった。里芋みたいな頭、脂でギトギトの顔。女性でなくても嫌悪する姿だ。しかもブサイク1号(今命名した)は巨漢の標準装備と言えるこん棒を持っている。

「ぐひゃひゃ、女!しかも旨そうな女!ヤってもいいのか!これ!」

鼻息荒くこちらを見るブサイク1号。知性のかけらも感じないね。確かに生きている必要はなさそうだ。

「お前が勝ったなら好きにすればいい。勝てばな。」

オーレンはそう焚き付けた。なるほどね。そりゃボロの服で十分だわ。死んでOK、使えれば拾ってしまう。どう転がってもアンタは損をしない。全く最低だな、オーレンさんよ!

「おおおお!」

興奮したブサイク1号が突進してくる。デブの割に速い!俺は中腰になって避けるタイミングを待った。地面は砂地だから思い切り飛べるはずだ。

「ヤらせろ!」

右手を大きく振りかぶり、こん棒が振り下ろされる。俺はそれを右に横っ飛びで避ける。これは定石中の定石だ。と思っていたら、体が引っ張られる感覚。

「な!この、クソがぁ!」

なんとブサイク1号は横っ飛びした俺の服の裾を左手で掴んでいたのだ。動きを拘束されけた俺は思い切り服を引っ張った。ボロだったことが幸いし、ビリビリと音を立てて避けるワンピース。膝下まであった裾はあっという間に左足の付け根まで露出したアシンメトリーのデザインに変わってしまった。

「動けるデブかよ…。」

息を切らせながら、俺は次の行動を考えていた。避けるにしても次は右手側だ。反対側なら左手は届きにくいはずだ。そう仮定した俺は、単調にもう一度振り下ろされるこん棒を今度は左に飛んでかわす。予測通り、ブサイク1号は左手を伸ばすが届かない。


「ハァ、ハァ…。埒が明かない…。」

何度となく振り下ろされるこん棒を避けつつ、ヤツの腹を数発殴ったが全く通らない。女子の力ではあの肉は厚すぎる。こん棒を奪う事も考えたが、奪ったところで使えないと思う。体力勝負になっても、こちらが必ず先に消耗しきってしまう。目の前の性欲モンスターは全く疲労を見せていない。

「避けているだけでは、どうにもなりませぬぞ?ミュゼ殿。」

高みの見物中のオーレンが嫌味ったらしく声をかける。うっせぇなぁ。分かってるよ。と、オーレンの方を見やった時に、打開策が俺の目に入った。一か八かだが、これに賭けるしかない。俺はこの策にすべてを賭けることにした。

「あっつ…。もう脱ごっと。ほーら、この体好きにしたいんでしょ?」

俺はある壁に背中を預け、座り込んで敗れたワンピースを脱いだ。そして、立ちあがって自分の体を晒した。さぁブサイク1号ちゃん、ちゃんと引っ掛かってくれよ…!

「ハダカ!女の裸あぁぁぁぁぁあ!」

掛かった!全速力で向かってくる。まだ、まだだ。もっと引き付けて…、今!

「くらえやブタ野郎が!」

俺はさっき座った時に握った砂を思い切りブサイク1号にかけた。砂が目に入ったヤツは勢いそのままに壁に体当たりをする。大きな音をたてて揺れる部屋。軽い交通事故だな、これは。その揺れで、賭けの報酬がサクっと音を立てて俺の目の前の砂に落ちた。

「さぁて、ここからが本番よ。」

俺が狙ったのは壁に飾られた細剣だった。とても手では届きそうになかったが、揺れで落ちればと掛けてみたのだ。その細剣を握ると、不思議と手に馴染む感じがあった。

「ほぉ、そう来ましたか…。」

オーレンは驚いていた。体よく処分するつもりが、予想の上を行く行動を続けるミュゼ。この後は嬲られて終わるとばかり思っていた。

「相手を分析するのも早い。状況の中で使えるものを利用し、自身すらリスク承知で策に使う胆力も持つ。か。面白いではないか。」


 そこからの展開はスムーズだった。回避と攻撃を繰り返し、徐々に動きを止めていった。俺はヤツの動きを止めて首を狙う事にした。あの分厚い肉は、この剣と俺の腕力では貫けないと考えたのだ。

「痛ぇ!いてぇよぉ!クソアマ!さっさとヤらせろやぁ!」

ブンブンとその場でこん棒を振り回すブサイク1号。おいおい。まぁまぁ切り刻んだのにまだそんなに元気なのかよ。まぁいいや。次が最後の一刀にしてやる。俺は息を整え、振り回すこん棒を見つめた。ブンブンがゆらゆらになり、止まるように見える一瞬。

「そこっ!」

一閃。俺の振り抜いた細剣はヤツの顎下から頸動脈を切り裂いた。真っ赤な血が噴水のように飛び散った。なぜだろう、今の足運びや構えなどをもともと俺は知っていたのだろうか?自然に動く体に自分自身で驚きを禁じ得なかった。

 パチパチパチパチ…。上から拍手が聞こえてくる。あぁ、そう言えばこいつが見ていたんだったな。俺は上を見上げた。

「ミュゼ殿。お見事でした。このオーレン、感服しました。」

何が感服だこの狸野郎。俺は苛立ちを隠さないでオーレンに向かって声を出した。

「さっさとここから出せ。汚い血を浴びて最悪の気分だ。」

「これは失礼。すぐに梯子を用意させましょう。湯浴みの用意もですな。」

これでもかと大げさにいうオーレン。程なくして扉が開き、梯子が下ろされた。更にメイドが下りてきて俺の体を濡れた布で拭いていく。このメイド…、全然この状況に眉一つ動かさないでいやがる。大量の血と死体を全く気にもしていないだと?

「ミュゼ様。湯浴みが終わるまでひとまずこのローブをお召しになってください。」

さっきまでと打って変わって、モコモコした肌触りの良い質感。ただ、裸の上に着るのはちょっとね…。まぁ、風呂入るから仕方ないか。髪は、まぁ、思いっきり血をかぶってるから仕方ないな。諦めよう。俺は梯子を上って、このクソみたいな部屋を後にした。


「ミュゼ様。こちらでございます。」

メイドに連れられ、脱衣場のようなところに着いた。が、先客がいるようだ。綺麗に畳まれた服がそこにある。え、誰かと一緒に入る的な感じなのか…?

「今はフェミルナ様がいらっしゃいます。フェミルナ様がミュゼ様をお呼びするようにと仰せですので、そのままお入りいただけますか?」

澄ました顔をしてメイドがそう言った。キョトンとする俺を見て、メイドは小鳥のように小首を傾げた。

「あの、フェミルナさんって誰?」

「え、姫様の事をご存じないのですか??」

あ、姫様はフェミルナっているのね。昨日名前言ってなかったし。メイドさんありがとう。

「で、姫様のフェミルナさんと一緒にお風呂?」

念のために再確認。

「はい。フェミルナ様がお待ちです。早く脱いでください。」

いやいやいや。それはないでしょ…。っておい!しびれを切らして勝手に脱がすな!あー!俺これどうなっちゃうの?


秒で剥かれた俺は、ポン!と浴室内に放り込まれてしまった。

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