ヒイラギの木の下で

吉華

ヒイラギの木の下で

 徐々に空気がひんやりしてきた時分。ヒイラギの生け垣を背にして、あの人がまた佇んでいた。

「こんにちは」

「あら、こんにちは。最近の小学校って終わるの遅いのねぇ」

「今日はクラブ活動があったから」

「そうだったの。楽しかった?」

「楽しかった、です」

 どきまぎとしながら、おっとりと笑うその人に言葉を返す。この人が何歳で、どこで何をしている人なのかは全く知らないけれど、こちらの話を丁寧に聞いてくれる優しさや、それでいて踏み込み過ぎないでくれる優しさは知っていた。

「寒くないんですか?」

「どうして?」

「今日はまだ暖かいけれど、流石にそれは薄着じゃないかなって」

 目の前の彼女が身に纏っていたのは、薄紅色のワンピースだった。薄めの生地のそれは、風を孕んでひらひらと揺れている。

「今日は小春日和だから。大丈夫よ」

「本当に?」

「本当、本当。私、寒さには強いし」

「それなら、いいけれど」

 彼女は、数か月前にふらっと現れるようになった。毎日同じ時間にいて、毎日同じようにふわりと笑いながら空を見上げている。

 彼女を見上げた時に見えた、その横顔がとても綺麗だったから。日光を受けてきらきら光ってた肌も、すっと真っすぐに通った鼻筋も、柔らかく跳ねる色素の薄い長い髪も、全てが綺麗だったから。だから、僕は、彼女に一目惚れしてしまったのだ。

「あら、もうこんな時間だわ。大丈夫?」

「あ……帰らないと」

「そうね。お母さんを心配させてはいけないもの」

 一瞬だけ、彼女の黒い瞳が憂うような気配を帯びた。しかし、瞬きの間に元の温かな眼差しを放つ瞳に戻る。

「それじゃあね。またお話出来ると嬉し……きゃあ!」

「どうしたの!?」

 慌てて彼女に近寄ると、彼女の目尻にうっすら涙が滲んでいた。その姿を目にした瞬間、どきりと心臓が跳ねる。見惚れて一瞬だけ動きを止めてしまった後で、罪悪感に苛まれながら彼女の様子を確認した。ああ、なるほど、彼女の髪がヒイラギの葉に絡まってしまったらしい。

 解いてあげようと思って、背伸びして彼女の髪に触れようとした。だけど、あと少しの所で届かなくて、指先が虚しく空を切っていく。

「ごめんね……えいっ」

 そんな声が聞こえてきて、えっと思った瞬間。彼女は、自身の髪が絡んでいたヒイラギの葉を摘み取った。結構絡んでる、と呟きながら葉を外していく。

「……その葉っぱ、ください」

「え? な、何で?」

「ヒ、ヒイラギの葉ってあんまりじっくり見た事ないし……興味ある、から」

 一時でも貴女の髪が触れていたから、なんて。そんな理由は言えないので当たり障りない言葉を選ぶ。彼女は不思議がっていたけれど、どうぞと渡してくれた。

「ありがとうございます!」

 受け取った葉を、両手で丁寧に包んでお礼を告げる。どういたしまして、と言ってくれた彼女の頬が、いつもよりも色鮮やかに染まっていた。

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