似鳥美術店は今日もヤバい骨董品だらけです!

安室 作

第1話 座ってるだけでお金がもらえる?!




「あ、ここ? ……え? ここなの?」


 駅の交差点から少し歩いたところに、その店はあった。

 想像では脇道の奥でひっそり開いているものばかり思っていたが、大通りに面しているし近くにコンビニもある。パッと見、はんこ屋さん的な雰囲気を感じたが……すぐに違うって分かった。


 自動ドアの両脇のショーウィンドウには、怪しげな木彫りの仮面や貴金属でないアクセサリーが並べてある。他にも古くて止まってる時計、くすんだ鏡。トランペット。ランプ。石ころ? 何の価値も見いだせないようなシロモノばかりだ。


 昔からの悪友の紹介とはいえ、貧乏くじを引かされたか?

 まあワリのいいバイトって言われて食いついた私も私だが。


「あの、すみません……」


 自動ドアから入ると涼しいというよりはひんやりとこもった空気が漂ってきた。古本屋さんとかこんな匂いだっけ? 駅から歩いて来るだけで汗ばむ陽気だったから、空調が効いているのは助かった。 

 

 んん、骨董品屋さんって初めて入ったけど、壁側はショーケースばっかりなんだな。茶釜やお椀、古い絵皿。壺。……わあ、刀とか槍もある。店頭に飾ってあったのは海外の美術品が多かったけど、中は日本の物ばかり目立つ。あれ? 染付の絵皿って日本だっけ? 中国?

 てかお店の人呼んだのに来ないな。


「すみません! 誰かいませんか?」

「あーはい、はい何かお探し物で?」


 声を出すと、奥のショーケースのすき間からにゅっと人が出てきた。レジかパソコンを触っていて自分に気付かなかったみたい。

 こちらを遠くから覗き込むようにした眼鏡の男性。よれたシャツに跳ねた横髪。ちょっとだらしのない人なのかな? 私より年上みたいだけど。 


「そう言えば紹介来てたっけ。バイト希望の……アイカワさん?」

「はい。相川と申します。今日は面接でニタトリ美術店さんへ来ました」

「ニタトリ? ああ、ウチは似鳥イドリ美術店だよ」

「え、あ、あいつ……いえ、失礼いたしました。申し訳ありません!」

「あはは。気にしないで。電話でも客にも色んな読み方で呼ばれるから」


《ニタトリさんって人が経営してるらしくてさー。あ、珍しい苗字だから調べといた。んで、ほんとはメチャ楽だったからバイトしたかったけど、夏はサークル合宿なんだよね。だから代わりにどう? 私より人の観察眼とか鋭いし、骨董品とか見抜く才能あるかもよ?》


 似鳥イドリじゃねーか! おばかっ!

 店舗じゃなくて、苗字検索で読みを見ただけってオチか!?

 面接で名前間違えるとかあり得ないミスを……ぐく、あいつ悪友の紹介とはいえネットでちゃんと下調べしておけば……もう最悪だ。


「さっそく履歴書を預かるね。学生さんだっけ。もう大学は夏休み?」

「……あ、はい。七月末から九月中旬まで休みです」

「羨ましい。人生で一番勉強も遊びもたくさんする時期だねえ。ちょっと待ってて? そこのテーブルに座っていいよ」

「失礼します」


 何かを取りに行ったのか、男性は奥の部屋に引っ込んだ。

 この丸机もアンティークなんだろうか。木目が綺麗なうえに縁に沿って車輪の形が薄く彫ってある。上から見れば時計みたいに見えるだろうな。椅子も同じ木材の色で、端の車輪模様の手触りがいい。




 *  *




 物珍しさで辺りを見回していると、すぐに戻ってきた。

 手には何も持っていない。シャツがさっきよりぴんとしていて、跳ねた横髪が少し濡れている……あれ? 身だしなみ整えただけ?


「じゃあ、説明するね。いいかな?」

「はい。お願いします」

「そこのショーケースの裏に椅子があるから、そこに座って……お客さんがケースの中の何かを見たい、とか聞いてきたら奥の部屋にいるから声かけてね……それくらいかな? ああ、手洗いはそこの階段の横。お客さんは使用不可で……」

「あの、面接は?」

「ん? もう終わったよ? 次から来れる日に来てくれれば……あ、このカレンダーに希望日を赤マルつけておいてね。定休日は無いけどたまに閉めることがあるから。夏のあいだ来れる日は基本お願いしたい。一日最大八時間までだけど、都合で短くして構わない。夏以降もし授業とか単位に余裕があれば、入って欲しいかな」


 ええ、とかはあ、とか生返事をしながら、

 ――大丈夫なのか? このバイトは? と頭の中で警鐘が鳴った。


「えっと、履歴書はそれで良かったですか?」

「オーケイだと思うよ。紹介だし、どちらかと言うとアイカワさんという人を見て心配無さそうだったからね」

「私をですか? どこを」

「いや、その……何となく」


 ずっこけそうになるが、テーブルに頭がぶつかりそうになり、思いとどまる。この高級そうなアンティークに傷が付いたら、この夏のバイト代は飛ぶかもしれない。

 落ち着いて一息つき、姿勢を正す。


「分かりました。仕事の内容は主に店番、ということでしょうか?」

「そうそう。基本座っていてくれれば」

「ではお客様を待つ際に行う、他の業務は?」

「他? ええと、無いけど……ダメかな?」


 いやいや掃除とか。レジ締めや資料整理とかだよ。

 なんかあるでしょ!?


「座ってるだけで、何かお客様に聞かれた場合のみ報告を?」

「うん。掃除とか朝こっちでやるし、パソコンやレジとかの作業もあんまり多くないんだ。骨董品って売り買いが頻繁じゃないからね。一週間で購入する方がいれば御の字さ。冬の間、ショーケースから何にも移動しない、って時もあるし」

「で、でも流石に何かしないと……」

「ヒマになっちゃうよね。小説とか雑誌好きに持ち込んでもいいよ。勤務中に食べたりはダメだけど。あ、飲み物はね。お湯はポットに沸かしてあるから飲みたくなったら飲んで。急須と茶葉は最高級品だから美味しいと思うよ」

「……夏季休暇中のレポートとか課題を持って来てもいいですか?」

「もちろん。ああ、そうか。大学でも夏休みの宿題あるんだねえ。なら気長にここで取り組みなよ」

「……マジですか」




 思えばずいぶん失礼なことばかり最初はしてたし、言ってたな。

 でもれんさんとの出会いは、こんな始まり方だったんだよね。


 ……そういや初対面の時、名前も聞かされてなかったじゃん。


 似鳥いどり蓮介れんすけさんとの怖ろしく、忌まわしき騒動の数々。言いたいことはあれもこれも沢山ある。でも一言でいうなら……ぜんぶ蓮さんのせいだなきっと。

 


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