第二 七夕因位、烏化粧文、同文使打擲事

其之一

第二 七夕の因位いんい真玄さねはる化粧文けわいぶみ文使ふみづかい打擲ちょうちゃくの事


 女人にょにんにあらまほしきよろづの能をその身一つにそなうる誰あろう姫君、前世さきのよに如何なる戒行を修してか、眉目みめ容貌かたちたへなるのみならず能智までも類なきものとあって、嘴の青き若鳥わかどり達にこれを褒め羨まぬなど在ろうはずもない。衆鳥しゅうちょうこぞってこの姫君とえにし結ぶを望むと云うけれど、或いは彼我の涯分みのほど違いを嫌い、或いは鳥の名字を選り好みするものだから、姫は徒事いたづら翠帳すいちょうの陰にいつかれ、紅閨こうけいうちかしづかれて、稀に他出そとでするとても鴨川のみぎわ、中鴨の森の梢、そればかり……。

 色を好む真玄さねはるはかく仄聞ほのぎくや、いまだ見ぬその姫御ひめごに早くも恋慕の情を発して思いほうけるのであった。そして傍らなる扶翼ふよく後見こうけんの鴉にその由を語ると「これは何ともやす御事おんことにてござりまするぞ。鴉と鷺とはかたみに嫌い嫌われなさるような間柄にあらず、由緒ある御仲おんなかにてござりますれば」と云うので、真玄さねはるが「かほどこれ身の黒白こくびゃく色異いろことなるに、由緒とは何事ぞ」と問うと、「我等が先祖の嘉躅かちょく、殿は今までご存じにてはござりませなんだか」と、【『史記』に載る逸話】(※一)を引きつつこう云うのである。

 「往昔そのむかしけいに夫婦あり、夫を遊子、婦を伯陽と云いました。両人の偕老を契りしは遊子二八、伯陽三四の歳のことなれど、実はすでにして遊子一六歳、伯陽一二歳(廿二カ)にしてかたみに志は一途、二人してこの上なく月をで、ゆうべには月のいづるをちて遠里えんりに誘い、あかときには月のるを可惜あたらしう思うて高嶺たかねに登るような睦まじさでございました。伯陽が齢九九にして先立つと遊子は嘆き悲しみ、共に愛でた月をば彼女の形見として夜毎よごと、眺めるようになります。そしてある夜、鴉に乗った伯陽が暗天に飛び往く様を見留めた遊子は愈々いよいよもっ銷沈しょうちんし、齢一〇三にして自らも儚うなりました。遊子は天星あまつぼしとなり、自らもまた鴉に乗って天駈あまかけ往き、天河あまのがわ目方まえにして彼岸あちらを望む場処ところにまで辿り着きます。河の彼岸あちらには伯陽がいる、だのに帝釈天たいしゃくてん日毎ひごとこの河にて水浴みあみなさる故、水に穢れの生じて河を門度とわること叶わぬのです。りながら、七月七日は帝釈天が善法堂に御参ごさんの日にて水浴みあみなさらず、この日にだけは河渡りを許されました。一年ひととせ一度ひとたび逢うとはいえ、人間ひとのよには一日一夜いちじつひとよのこと……この時に鴉とかささぎと羽を並べつらなりて天河あまのがわに橋を架け、彦星を織女たなばたつめに通わせたその橋をば【烏鵲うじゃく橋】(※二)と申します。【漢王の伝】(※三)には『烏鵲うじゃく、橋のほとり紅羽こうようを敷き、二星ふたぼしの屋形の前に風冷々たり』ともあり、これすなわち紅にはあらねども、くれないの葉に言寄ことよせて羽の字をようと読み、七夕しちせきの名残惜しき別離わかれの涙がかささぎの羽にみてくれないになるのだと伝えております」と真玄さねはるに語るのであった。

 これを聴いた真玄さねはる、柄にもなく急々そわそわそぞろき出して、やがてこう思うのである。「むこになりたい」と。


【私註】

※一:以下の挿話は『史記』には見えず、酷似するものが『古今和歌集序聞書三流抄』に載るという(底本脚注、訳者として未見)。

※二:七夕伝説の一つ。和歌にも「天の川あふぎの風に霧はれて空すみわたるかささぎの橋」( 清原元輔、拾遺集 巻一七・秋雑歌一〇八九)などと詠まれた。「烏鵲うじゃく」はカササギの別名を指すが、「鵲」一字でも「かささぎ」と訓むことから「烏鵲」を「からす」と「かささぎ」とに区別したり、「かささぎ」と一聞してこれをさぎの類と誤解する憶説を生じたらしい(スズメ目カラス科のカササギは、ペリカン目サギ科のサギとは全く別種である)。なおカササギは肩羽と初列風切羽および胴周りが白く、自余は黒い、謂わば「黒の中に白を併せ持つ鳥」であることには、今話を解釈する上で注意を要するかも知れない。

※三:この挿話も『古今和歌集序聞書三流抄』(前出)に載るとされる(底本脚注、訳者として未見)。


※ダリウス・ミヨーの“La cheminee du roi Rene, Op. 205: I. Cortege”を聴きながら

 https://youtu.be/j5neCpEJapY

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る