其之四

※今話は所謂「物尽ものづくし」のため、読み飛ばして下さって構いません。なお後刻、幕間として※一~※五についての私註を施します(予定)。

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尼鷺アマサギ講説こうぜちは続く)「次に、歌を遊ばされるにも種々しゅじゅ慣習ならいは多うございます。【四病しへい八病はちへい、これは避くべきこと、そして先程も申し上げました六義りくぎ風体おもむき歌体かたいは長歌、短歌に旋頭歌せどうか混本こんぼん折句おりく沓冠くつかむり六体りくたい、これに畳句じょうく、連句、隠題かくしだい誹諧はいかい無心所着むしんしょじゃく廻文歌かいぶんか水躰すいていの掛かりなどあり、また五音連声ごいんれんじょう五音相通ごいんそうつうして、五七五七七の継ぎ目正しく、疎句そくのつぼに親句しんくかぎを掛くるが善いことです。】(※一)

 【次に秘説は三人みたりおきな、九章の密伝、十二人とおふたたりの化身、自性論じしょうろん灌頂かんじょう阿古根浦あこねのうら口伝くでん、住吉のわすれぐさ金札きんさつの伝、星宮ほしのみや口伝くでん玉伝ぎょくでんの秘事、千早振ちはやぶる深義じんぎ古今二字こきんにじの秘密、同十二の徳義、仁和中将にんなちゅうじょうが二義、人丸ひとまろの三所の墓、小野が時代不同】(※二)……かようなる習事ならいごとの幾千万、枚挙にいとまはござりませぬ」とて一先ず言了げんおわる。

 さて此処ここいらで乳母めのとに代わりて管絃にも言成ことなすとしよう。【琵琶は廉承武れんしょうぶより八代、大納言経信つねのぶより四代、治部卿じぶきょうの尼の弟子、住吉の法橋ほっきょう証誠しょうせいが流れをけており、それこそ白楽天が音を訪ねし潯陽しんようかわ舟中しゅうちゅう撥音ばちのと博雅三位はくがのさんみが蝉丸に夜のききを伺うた逢坂おうさかの藁屋のとこの調べにも異なるまい。大鳥だいちょう新白象しんびゃくぞうなど云う琵琶は本朝における宝物ほうもつ比類たぐえなき名器なれど、器用すぐれし楽人がくのと管領かんれいもとにぞ弾かるるのである。】(※三)

 【琴は延喜の聖主より六代、嵯峨供奉さがぐぶ賢円より五代、白幕しらまくより三代の弟子、安芸局あきのつぼねの流れにあり。それこそ釈尊いまだ世に在る頃おい、大樹緊那羅だいじゅきんならの弾きし瑠璃の琴、迦葉尊者かしょうそんじゃ袖飜そでひるがえされし曲、始皇帝の荊軻けいかが害を免れなさった華陽夫人かようぶにん爪音つまおともかくやあらんと思われ、これは飛ぶ鳥とてつるまでの妙音とぞ承る。曲には殊に春鶯囀しゅんのうでん迦陵頻かりょうびん渋河鳥しんがちょうがこれ壱越調いちこつちょうりょの曲、鶏徳けいとく平調ひょうじょう放鷹楽ほうようらく乞食調こつじきちょう新鳥蘇しんとりそ角調かくちょうにして右の大曲たいきょく、なれど常のそれにはあらず、拍子につきても慣習ならいあり、盤渉調ばんしきじょうには鳥向楽ちょうこうらく鶏明楽けいめいらくなどがある。】(※四)

 再び尼鷺アマサギ乳母めのとの講釈を垂るることには「管絃に携わろうとするに、調子にうとうては叶うはずもござりませぬ。この道は、口に触れ手に取るのみにあらず、耳のさときを以て肝要と致しますゆえ、耳の聡敏そうびんならねば、天下あめのしたろす人の、無智なるが如くにて」との由、また「第一に【五音ごいんはこれきゅうしょうかくと云い、各々の音振舞おとぶるまい五音博士ごいんはかせに見えまする。きゅう壱越調いちこつちょうの音にして君になずらえ、しょう平調ひょうじょうごんの音にして臣になずらえます。かく双調そうじょうもくの音にして民になずらえ、黄鐘調おうしきちょうの音にしてなずらえ、盤渉調ばんしきじょうすいの音にしてぶつなずらうるのです。この五音を四季、方角、呂律りょりつに配すれば、双調そうじょうが春、東、呂、黄鐘調おうしきちょうが夏、南、律、平調ひょうじょうは秋、西、律、盤渉調ばんしきじょうは冬、北、律にして、壱越調いちこつちょうはこれ中、央にてりょとなり、これに変徴へんち変羽へんうを加うれば七音しちいんとなりまする。変徴へんち上無調かみむちょう変羽へんう下無調しもむちょうに当たりますれど、或いは変羽へんう上無調かみむちょうに当たるきゅうの音とも云うようです。また、上無調かみむちょうには林鐘調りんしょうちょうとの、下無調しもむちょうには角調かくちょうとの異称もございます。六調子は五調子に大食調だいしきちょうを加うるりょにて、七調子は大食調だいしきちょう平調ひょうじょうを合わせて一つとし、或いは上下の無調を加えて二つとして七調子となりまする。十二調子とは十二律のことでございます。八音はちいんきんせきちくほうかくぼくと云い、夫々それぞれきんは鐘、せきけいは弦、ちくは管、ほうは笙、けんかいぼくしゅくの楽器に応じております。そうそう、呂律りょりつのこと、律は雄鳳ゆうほう啼声なきごえにしてその音はすがしく長く、りょ雌凰しおう啼声なきごえにしてその音は濁りて短いのでございますよ。】(※五)

 そのほか習事ならいごとにつきても粗々あらあら申し上げましょう。

 礼記の一篇なる楽記がっきには『がくらくである。君子は楽しみながらその道を会得し、小人は楽しみながらそこに欲を得る。道を以て欲を制するときんば楽しみて乱れず、欲を以て道を忘るるときんば惑いの生じて得ることはない』とあり、また『楽は金石のこえであり、絲竹管絃のなりを云うにあらず、陰陽の和順を云うのである』とも、また『有徳の君は楽を以て人を楽しませ、無徳の君は楽を以て身を楽しむ。人を楽しませる君のろす国は長く続き、身を楽しむ君のそれは久しく続かない』ともあることです。管絃記の云うには『夏の禹帝は停笙ていしょうこしらえて迎鳳けいほうの楽とし、亮管りょうかんを作りて迎麟こうりんの楽とした。停とは住の意にして亮は信の意である。すなわち笙を吹きて鳳凰を停めんとするゆえに停笙ていしょうと云い、管を吹きて麒麟を信ずるのゆえに亮管りょうかんと云う』とのこと……後は姫様ひいさま、是非とも楽書要録という書物をご覧ぜられませ」ということで、ようや尼鷺アマサギ講説こうぜちおおせた。

 ついでに、乳母めのとの語り漏らす横笛のこと、兵衛命婦ひょうえのみょうぶの吹くも余り似合わしうないとしておよ女性にょしょうは吹かないけれど、郢曲えいきょく女性にょしょうとて歌いしものであり、古例これいあらたむるに神楽、催馬楽さいばら韓神からかみ風俗くにぶりなど歌われし中にも、催馬楽さいばらの石川、鈴鹿川、白馬あおのうま、川口、鷹山たかやま田中井戸たなかのいど無力蝦ちからなきかえる、長沢は律の歌、飛鳥井、鷹子たかのこ鶏鳴とりはなきぬ難波海なんばのうみ狭鰭河さはたがわりょの歌とある。また、風俗歌ふぞくうた大鳥おおとりなども風致ふうち宜しきものとして歌われたとか云うことだ。


(「第一 和歌、管絃、郢曲事」了)


※「華やかな狂気」という曲を聴きながら

 https://youtu.be/giboplYdQhM

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