ソルトとペッパー、出会う(後)

「というわけで戸刈剃斗、キミの身柄を拘束させてもらった」


「オイふざけんな!! 何考えてやがんだテメー!?

 このロープほどけよクソッタレが!!

 テメーらもなんでコイツに加担してんだよ!?」


 地域の体育館。

 隅でぐるぐる巻きにされて座る剃斗と、正面に立つ吉平。

 剃斗の両脇で、剃斗の友人二人が申し訳なさそうに愛想笑いした。


「ごめんよー剃斗、ウチらもあんま手荒なことはしたくなかったんだけどさー」


「ほら来月さ、新作ゲーム出るじゃん?

 クリスマスまで待ってたら受験真っ盛りでゲームなんて買ってもらえるワケないからさー」


 吉平は剃斗の眼前で、紙幣をヒラヒラさせた。


「キミの友人を買収した。

 戸刈剃斗、この金でキミの時間と自由を買わせてもらう」


「フィクションの悪い金持ちみてーなことしてんじゃねーよ!?

 テメーオレが何にムカついたか一ミリたりとも理解してねーな!?

 それともわざとか!? わざとやってんのか!?

 オレをおちょくってんのかテメーはよ!?」


「おちょくっている?」


 吉平は目を細め、かがみ込み、息のかかる距離まで剃斗に詰め寄った。


「それは、戸刈剃斗、試合をしてからこの一週間、誠意を持って何度声をかけても何度会いに行ってもまともに取り合おうとしない、キミのことではないのか?」


「通学路で待ち伏せしたり学校や家にまで突撃してくるのを誠意っつーのはストーカーの理屈なんだよ!!

 ちゃんと授業受けてんのかテメーはよぉ!?」


「さて、そんなどうでもいい話で時間を浪費する道理はない。

 さっそく本題だが」


「どうでもよくねーよ!?

 オレの基本的人権を尊重しろクソッタレ!!」


 吉平が合図をすると、何名かの卓球部員がやってきた。

 彼らを見やりながら、吉平は言った。


「戸刈剃斗。ダブルスをしよう。

 ボクとキミで組んで、彼らと試合をする。

 勝ち負けは関係ない。ただ全力でやってくれれば、それでいい」


「……なんのメリットがあるってんだよ」


 いぶかしむ剃斗の顔を、吉平は見つめた。


「それはボクにとってか? それともキミにとってか?」


 それから吉平は、顔を横へ向け、一台だけ出してある卓球台を、まっすぐに見た。


「最高の卓球ができる。

 ボクはそう、信じている」


 なし崩しに、試合開始。


「戸刈剃斗! 打ったらここまで下がれ!

 交互に打つんだ、くるくる回転するんだ!」


「テメェ簡単に言ってくれるなよ!

 オレはダブルスなんて経験ねぇんだぞ!」


「安心しろ! ボクも苦手だ!」


「テメェは何言ってんだ!?」


 打つ。打つ。

 急造ペアの不恰好な立ち回りでは、そうそう勝てるものではない。


(勝ち負けは関係ないって言ったって、マトモにやれずに負けんのはストレスだなクソッ!

 そもそもなんでこんなコトやらされてんだよ、ああもうムカつくなァ!

 全部全部、いい気になるんじゃ、ねぇぞッ!)


 叩き込まれた相手の強打を、剃斗は大きく後退して逆回転カットで拾った。

 飛翔する打球を、吉平は目を細めてながめた。

 それから吉平も、鮮やかな順回転ドライブで攻撃する。

 剃斗はその軌跡を見やった。


(クソムカつくけど、コイツの攻撃はマジでスゲェんだよな。

 こないだの試合だって)


 打ち続けながら、剃斗は思う。

 先日の試合、剃斗は終わった後、いい思い出ができたと思った。

 吉平との卓球は――そういうものだったのだ。


 打つ。打ち続ける。

 なじんでいく。てんでバラバラだった二人のリズムが、徐々にお互いを理解し、噛み合っていく。

 それは燃え盛る歯車のように。

 噛み合ったリズムが、気持ちも駆動させる。その先を欲求させる。


(オレがイライラしてるのは、きっとヘタクソな卓球をしてるからだ。

 もっと、もっとうまく打ちたい!)


 気持ちが押し出させた逆回転カットは、まだ理想には遠い。

 足りないのは技術か。道具の質か。あるいは想いの力なのか。


(まだ、まだオレはこんなモンじゃねぇ。

 もしもコイツと一緒に、戦い続けることができるってんなら――)


 力の限り、叩き込む。





 剃斗は座り込み、ぜーはーと息を切らした。

 対戦相手の一人が、汗を拭きながら寄ってきた。


「やーキミ、ペーナミの調子に付き合わされて災難だなー。

 アイツ絶対人に弱みを見せないタイプだし、やりづらいっしょ」


 見上げた剃斗に、対戦相手は笑い、そして言った。


「でもさ、だから本当、珍しいよ。

 アイツが自分から、一緒に卓球したいだなんて言い出すのはさ。

 人に頼ったりするの苦手なヤツなのに、本当、初めてのことだと思うよ」


 剃斗は、うまく返事ができなかった。

 対戦相手が立ち去り、代わりに別の者が立った。

 平波吉平。

 汗の蒸気を立ち上らせ、ただまっすぐな目を向けて。


「キミもボクも、こんなものではないはずだ。

 もっともっと強くなって、輝ける戦いができると信じている。

 そんな未来を、確かにボクはキミに見た」


 吉平が、左手を前に突き出し、告げた。


「戸刈剃斗。キミの卓球にホレた。

 ボクと一緒に、最高のダブルスを体感しに行こう」


 剃斗は一瞬、ぽかんと見上げることしかできなかった。

 口を開きかけて、また閉じて、しばらくそのまま押し黙った。

 それから視線をそらして、わざとらしくため息をついて、ようやく剃斗は喋った。


「……炎陽高校だ」


「うん?」


「志望校だよ。オレが行こうとしてる高校だ」


 言ってから剃斗は、せせら笑うような顔をしてみせた。


「大それた理由じゃねぇぜ。

 オレにはホレた女がいて、そこの卓球部に行けばその人に会える。

 ただそれだけの理由だ。ふざけてるだろ?」


「構わないさ」


 吉平は、真面目くさった顔で剃斗を見続けた。


「そこに行けば、キミと一緒に卓球ができるワケだな。

 それが分かれば、十分だ」


「……ちょっと待て、テメェまさか、一緒の高校に行く気か?」


「そのために進路を聞いたんだが?」


「……はー、もういいわ、ツッコむ気力もねぇよ。

 テメェの人生なんだし好きにしろ。

 オレはなんの責任も取らねぇからな」


「無論だ。好きにさせてもらう」


 吉平は座り込み、視線の高さを合わせて、改めて手を差し出した。


「これからよろしく、戸刈剃斗」


「……ったく」


 剃斗はしぶしぶ握り返して、それから何の気なしに聞いた。


「平波……あー、ペーナミって呼ばれてたか? 他のヤツらから。

 オレもそう呼べばいいか?」


「ああ……」


 吉平はそこで、困ったような顔をした。


「名字と名前の両方に平の字があって、名前の方の読みを名字に当てて、ペーナミ。

 でも響きがしっくりこなくて、ボクはあまり気に入ってない」


「ふぅん?」


 剃斗は天井を見上げて、考えて、言った。


「ペーナミ……ペー……波ってハとも読むよな。

 ちょっともじって、ペッパー。

 ペッパーならどうだ」


 吉平は、ぽかんとした顔をした。


「……キミがソルトで、ボクがペッパー?」


「イヤなら別にいいけどさぁ」


「いや」


 吉平は目を細め、ふいに顔をほころばせた。


「悪くない、な。

 ペアになれたって感じで、うん、うれしい」


 剃斗は思いがけず、その顔に見入った。

 その表情がなぜだか剃斗には、妹と同じか、もっと幼い子供のように見えた。


――もしかして、コイツの不遜な態度って、わがままを言える相手を求めていたんだろうか。


 そんな考えが浮かんで、剃斗はそれからかぶりを振った。


(……んなワケねぇか。ガキじゃあるまいし)


 顔を戻すと、吉平は――ペッパーはもう、真剣な顔をしていた。

 それに応えるように、ソルトはひとつ鼻を鳴らして、立ち上がった。




 二人が最強のペアになるまでには、もうしばらくの時間がかかる。

 それでも二人の人生は、今この時から、寄り添い始めた。




ツインツイストドライブトライブ! 卓球ダブルス青春殺伐高校男児バチバチ炎獄血風劇


――完、そして人生は、終わらない――

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