前日譚

ソルトとペッパー、出会う(前)

 日差しが熱い。


 戸刈剃斗とがりソルトは一度青空を見上げて、赤茶けた髪を一度かき、それから背後、大会会場を振り返った。


(中学最後に、いい思い出ができたな。

 一回戦負けだけど、楽しかった)


 満足げに微笑み、それから帰路につこうとした。


「戸刈剃斗!」


 呼びかけられ、剃斗は足を止めて、振り返った。

 黒髪の、いかにも優等生といった雰囲気の少年。

 息を切らせて、その目はまっすぐに剃斗を見ていた。


「オマエ、さっき試合した、平波吉平ひらなみきっぺい……」


「なぜ、キミは卓球部じゃない?」


 吉平は詰め寄り、剃斗の肩をつかんだ。

 ぎょっとする剃斗に構わず、吉平は詰問した。


「ボクは試合前、対戦相手が正規の卓球部員でないと聞いて失望したし、キミのスポーツマンらしからぬ姿を見て嫌悪感さえいだいた。

 それがどうだ、打って分かるキミの才能! 何より、あんなにも純粋な目をして卓球をする人間を、ボクは知らない!

 キミはいったい何者なんだ!?」


「何者って……才能とか言われても、オレはテメェにほとんどボロ負けだったじゃねぇか」


「あんなものはラケットの性能差に過ぎない!

 安物のラケットを、それもラバーだってまともにメンテナンスしていないようなものを持ってきて、どういうつもりだ!

 本気で挑んでいる人間をバカにしているのか!?」


「あン?」


 吉平に向けられた剃斗の目が、しかめられた。

 吉平はそれを気にした様子もなく、まくし立てた。


「戸刈剃斗、キミは高校、どこに行くつもりだ?

 九十九未来学園つくもみらいがくえんか? 県内屈指の強豪校だ。

 キミの能力ならきっとついていけるだろう。

 それとも県外に出るか? 有力な高校に行けば才能をどんどん伸ばせるはずだ。

 あるいはクラブチームに入るか? 海外留学を視野に入れてもいい。

 才能さえあれば、どんな選択肢だって選び放題だ……!」


「……」


 いらつきを込めて向けられた剃斗の目が、はっきりとした嫌悪を経て、やがて冷たい拒絶の色をたたえた。

 剃斗は吉平を突き放し、言った。


「テメェはさ。中学卒業したら、当然誰もが高校行くって、そう思ってんだろ」


 眉根を寄せる吉平に、剃斗はただ、冷めた目を向けた。


「いいラケット使ってたよな。高いんだろ、ああいうの。

 ……テメェはオレを愉快だと思うのかもしれねぇが、オレはテメェが不愉快だ」


 きびすを返し、剃斗は立ち去った。

 取り残された吉平の、その背後から、同級生の声がかかった。


「おいペーナミ! 早く戻れよ!

 次の試合が始まるぞー!」


「オマエ本当もうちょっと協調性っての持てよ!

 勝手にどっか行くしダブルスは誰と組んでも息合わねーしさー!」


 吉平は同級生に返事をせず、剃斗が去った先を見つめ続けた。


「戸刈剃斗。キミが何を考えているのか、ボクには分からない。

 ただ試合の中で感じた、キミの卓球の輝きは、みすみす手放せるものじゃない……!」


 こぶしを強く握り締め。

 日差しはずっと、熱い。

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