第42話 俺たちはここにいる

「しゃアッ!!」


 ソルトとペッパーはハイタッチした。

 ヒメはチッチッと舌を鳴らし、爪を噛んだ。

 ガーディアンがちらりと向けた視線に対し、ヒメは落ち着いて返事した。


「ゴメンねガーちゃん、今のはあたしが甘かった」


「いいよ」


 ガーディアンの声は思いがけずしっかりとしていて、ヒメは彼の顔を見上げた。

 ガーディアンは流れる汗をそのままに、穏やかに笑った。


「その分だけ、長く試合ができるから。

 今、ぼく、とっても楽しいよ」


 顔を正面に向け、言い切った。


「どのみち、ぼくらが勝つんだから。

 長く楽しんだ方が、お得じゃん」


 その充実感と、静かに燃える勝利への意志を感じ取り、ヒメは見とれた。

 それからゆっくりと微笑んだ。


(ガーちゃんが、こんなにもしっかりと闘気をもって臨もうとしている。

 だったら、あたしが日和ひよったことも、意味のないことじゃなかったのかも)


 ぺろりと唇をなめて、ヒメは卓球台に向き直った。


「オーケー、ガーちゃん。

 それなら目一杯、楽しみましょうか」


「うん!」


 試合継続に向けて構える。

 イエローカードを取り上げられてやきもきしていた審判は、両ペアが試合をする体勢になったことにほっとして、玉の行方を見守った。


 熱気と殺意とプラズマ放電が渦巻く!

 泣いても笑っても、いよいよ最終局面だ。

 全力で打つ。最高の打球を。いつだって全力だったが、それよりももっと。


(だって、後悔したくないから。

 こんな戦い、次またできる保証はある?

 できたとして、今を手抜く理由にはならないけどね!)


 嵐のような横回転!

 審判の顔面スレスレを飛び去る暴打は、軌跡を曲げて逆サイドまで駆け抜ける!

 ペッパーは追いつく、卓球台に虹を架ける、ガーディアンは無慈悲に叩き返す、その先に雪の気配!


(ああ! なんて素敵な命の削り合い!

 あたし、今、生きてる! 今ここに、存在してる!)


 互いに強打を叩き込む!

 十一対十一!


「アハハハッ! 見せつけてあげるわ!

 あたしは姫川ひめかわ凛太郎りんたろう

 姫川凛太郎は、ここにいる!」


「そうかい」


 目の覚めるような逆回転カットをかけて、ソルトは口を開いた。


「奇遇だな、オレは戸刈とがり剃斗ソルトだ。

 戸刈剃斗も、ここにいるぜ」


 十二対十二!


「があァッ!!」


 パワーと技術の精密な打球が叩き込まれた。


「ぼくは、衛守えもり牙帝がていだ!!

 衛守牙帝は、ここにいる!!」


 十三対十三!


「言う流れか?」


 虹色の順回転ドライブ

 汗でつやめく黒髪をたなびかせて、ペッパーは言った。


平波ひらなみ吉平きっぺいはここにいる。彼女はいない」


 十四対十四!


 熱気は高まり続ける。

 流しそうめんでも冷やしきれないほどに。


 拒絶するような逆回転カットが飛び、致死の打撃が抱き寄せて跳ね返し、虹が架かればその先に魔道の技が冴え、そして雪が! プラズマが!

 ここまで叩き合ってようやく一点!

 それをまた繰り返して、ようやく一点! 十五対十五!


「あり得ぬ光景でござるな」


 観客席でシノブは、覆面の奥の唇を震わせた。


「こんな、異次元の光景。

 拙者たちは、何を見せられているのでござろうか」


「何を?」


 ハカセは隣で、落ち着いて眼鏡を直した。


「卓球に決まっているでしょう」


 プラズマ放電がまき散らされる!

 雪の気配が台上の熱気を塗り替え、虹のプリズムが侵略し、光の国の王威がそれを押し返す!

 巻き上がる熱波と衝撃波が観客に被害をおよぼさないよう、スタッフと覆面部隊が奔走する!


 シノブはうなずいた。


「そうか。卓球か」


 ピンポン玉が甲高い音を響かせ飛ぶ!

 汗をバシャバシャと流しながら、ヒメは悲鳴を上げるように笑った。

 その顔がわずかにしかめられたのを、パンダ先生は見逃さなかった。


「異様なハイペースでの長期戦。

 これは、心臓に爆弾をかかえるヒメ君にとって……危険なのでは?」


 なおも飛ぶ殺人打球!

 そして場所をゆずろうとしたヒメのひざが、がくりと折れた。


(崩れた!?)


 ペッパーは強く打つ。ガーディアンは返す。

 ソルトは体勢復帰できていないヒメを見やり、そこからどれだけ手を伸ばしても届かない位置を狙い、叩き返した。


 滑るような歩法。


 ヒメは追いつき、プラズマ放電する殺人打球を炸裂させた。

 ゆらりと揺れながら、ヒメは高らかに笑った。


「崩れるワケないでしょうがバァーカ!

 このくらいで音を上げるように見えるほど、あたしはか弱く見えたかしら!?」


「はっはァ!」


 ソルトは鼻で笑い、ダバダバと流れる汗もそのままに口角を吊り上げた。


「安心したぜヒメさんよォ!

 せいぜいそのまま、振り落とされないようについてきなァ!」


 打つ! 打つ!

 汗はとめどなく散り続け、一打ごとに雲となって天井に積乱する!


「いや、無理だろ、コレ……!」


 観客席。

 九十九未来学園のトリチャンは、自身も汗を流しながら両手を握りしめた。


「心臓がどうとかのレベルじゃねぇじゃんよ……!

 こんなペースで続けてたら、マジでみんな、死んじまうんじゃねぇか!?」


 スポンサー代表、旋風嵐太郎は考える。

 止めるべきか。両者優勝にするか、もしくは後日延長戦か。

 止めるなら声を出さねば……そう思って手に取ったマイク、機能しない! 湿度でイカれている!


 汗の雲が結界のように取り囲む!

 観客の視界も満足に届かないような状況、台風の目のような狭い空間に、選手四名と審判が取り残され。

 なおピンポン玉の音は、響き続ける。

 二十二対二十二! ……二十三対二十三!

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