第18話 共に歩むこと

 竹林の中に、ピンポン玉の音が響く。

 設置された訓練設備のひとつで、ペッパーが打ち続けていた。

 ソルトは休憩し、座して汗を拭きながら、シノブと言葉を交わしていた。


「……そうか、ソルトは中学では卓球部に入っていなかったでござるか。

 どうりで実力の割にウワサを聞かぬわけでござる」


 シャツを膨らませて清涼な空気を取り込みながら、ソルトは答えた。


「ちょうどその頃、お袋が体調崩してて、いろいろ余裕なかったもんで。

 部活はやらずに妹の面倒見て、夜中に卓球やってたんス。

 親父が昔つるんでた中に、卓球できる人がいたんで、その溜まり場に混じって」


「そこで、それだけの実力を身につけたのでござるか」


「やるなら強くなりたいっスから、まあいろんな練習を試しましたよ。

 時間は有り余ってる人らでしたからね、バカな練習にも付き合ってくれました」


 ドリンクを飲み干し、話し続けた。


「三年のときに、一回だけ大会に出て。

 その一回戦でペッパーに当たって、まあ負けてその一戦しかやってないんスけど。

 だからオレの実力をペッパーだけが知ってるみたいな状況になって、まあそんで今に至るわけです」


「それで一緒の高校に入って、部活に入って辞めて、でござるか。熱烈なものよな。

 もっともソルトも三年かけて想い人にアタックしたわけでござるから、どっこいどっこいでござるか」


「そこいじらなくてもいいじゃないスか……」


 シノブは笑った。

 そして不意に、視線を遠く見上げて、物憂げに言った。


「正直なところ。少し、ねたましい。

 おぬしらにはまだまだたくさんの時間があって、これからもダブルスを続けられるのだと思うとな」


 ソルトは、シノブの顔を見た。

 シノブは覆面の奥で、自嘲するような笑みを漏らし、話し続けた。


「高校の三年間、ハカセに誘われて卓球をして、本当に楽しかった。

 卓球をしていなかったら、高校生活は本当に、家業を継ぐまでの猶予期間でしかなかったでござろう。

 だからこそ……拙者はこれから仕事をして、ハカセは大学にゆく。

 一緒だった二人の時間が、これから交差せずに離れてゆくのかと思うと……さみしいのでござるよ」


 シノブはそして、口をつぐんだ。

 ピンポン玉をはじく音だけが、竹林の中を響いていった。

 ソルトは正面を向いて、ややあって、口を開いた。


「会えばいいじゃないっスか、これからも」


 今度はシノブの方が、ソルトを見た。

 ソルトは正面を見すえたまま、話し続けた。


「これからも、会えばいいんスよ、仕事しようが大学行こうが。

 さっき言った、オレの卓球の相手してくれた人たちも、今でも親父と酒飲んだりしますよ。

 仕事してたりしてなかったり、後ろめたい事情があったりなかったり、いろんな人がいますけど、それでも会って、一緒の時間を過ごしてます。

 そうすりゃいいんスよ、そうしたいなら」


 ソルトはそれから、指差しながら苦笑してみせた。


「アイツなら、きっとそうしますよ」


「ペッパーか」


 指差す方を追って、シノブは視線を向けた。

 竹林に阻まれて姿は見えないが、ずっとピンポン玉を打ち続ける音と、舞い上がる汗が陽光に照らされ、白くくゆる様子は見てとれた。


 シノブは、物思いにふけった。

 ペッパーは、ソルトを見つけ、ただがむしゃらに、他の何かを投げ捨ててでも、ソルトを拾い上げた。

 ハカセもまた、シノブを見つけ、これまで導いてきた。

 もしも、シノブが。

 自分で何かを望み、何かを為そうとしていたら、何かが変わったのだろうか。


 笑い声をひとつ。シノブは竹に背をもたれ、顔を伏せてみせた。


「やはり、おぬしらのことが、妬ましいでござる」


「そうっスか」


 鼻でひとつ笑ってみせて、ソルトは立ち上がった。

 汗を吸ったタオルを隅に投げ、そして正面に向けて、声を張った。


「ペッパー! 交代だ! オレは休憩を終わるぞ!

 オマエもちょっとは休んどけ!」


 ひときわ甲高い打球音が、竹林にとどろいた。

 ミシミシと音を立てて、竹の一本が、ぽっきりと折れて倒れた。

 その向こう側から、ペッパーが顔を出した。

 したたる汗もそのままに、背中から湯気を立ち上らせて。

 その視線と汗の輝きは、花火のように苛烈だった。

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